第73話 『テポルヴァ事変』 1



◇◆◇



「何だか、妙な雰囲気だな・・・。」

「そうですな。『魔獣』や『モンスター』の姿も見当たりませんし・・・。やはり何か“異変”があったのではないですか?」


『冒険者』として、独自にこの世界アクエラと『ロンベリダム帝国この国』の『捜索』と『情報収集』にあたっていた『LOL』のメンバー、アラニグラとキドオカは、とある『依頼』を受けて移動中の道程でそんな言葉を交わしていた。

それに、少し先を歩いていたN2、アーロス、ドリュースも振り向いて顔を見合わせた。


「こんな事はこっちの世界アクエラに来てから初めてですよねぇ~?『魔獣』や『モンスター』どころか、小動物も見当たりませんし。」

「何だか、ヤバイ事が起こる“前兆”なんじゃねーすか?ほら、向こう地球でも、自然災害の前に動物が“異常行動”を起こすとか聞いた事あるし。」

「あ~、何かニュースとかで聞いた事あるかも・・・。」

「ふむ、アーロスさんの発言は一理あるかもしれませんね。天候は・・・、雲一つない快晴ですから、そうそう天気が急変する事も考えにくい。あるとしたら大地震の“前兆”と言ったところでしょうか?津波に関しては、『ロンベリダム帝国この国』は海に面している土地もありますが、我々が今いる場所は海からは随分離れた内陸部ですからね・・・。」

「・・・もしくは、『戦争』、とかな。こっちの世界アクエラなら、ありえない話じゃねぇだろ?」


アラニグラの発言に、皆ごくりと息を飲んだ。


『冒険者』として、これまでそれなりに『依頼』をこなしているN2達だったが、『魔獣』や『モンスター』の討伐はともかく、『人間種』同士の『争い事』に関わった事は今までなかった。

(まぁ、正確には『冒険者』同士のちょっとしたいさかいに巻き込まれた事はあるが、それも“ケンカ”程度の事で、本格的な『盗賊団討伐』の様な、人の『生死』に関わる様な事に関わった事がないのであるが。)


「・・・『依頼』の途中ですが、一旦引き上げて様子を見た方が良いかもしれませんね。」

「だな。『テーベ』の『冒険者ギルド』に戻って、『情報収集』をした方が良いかもしれん。」

「そうですね。」

「異議な~し。」

「それがいいですよ。」


すでに自分達の『力』がこの世界アクエラにおいて群を抜いている事にN2達彼らは気付いていたが、『戦争』となると話は別だ。

N2達彼らだって、好きこのんで『争い事』に関与したい訳ではない。

と、そこに、何とも形容しがたい“何か”が繋がる感覚がして、N2達彼らの脳内に直接“声”が響き渡った。


ー皆さん、聞こえますかっ!?ー

ーっ!タリスマンさんかっ!?ー

ー『DMダイレクトメッセージ』・・・。こんな時間に・・・?もしかして“緊急事態”ですかっ!?ー

ー察しが良いのぅ。そちらでも何か“異変”でもあったかの?ー

ーま、ちょっとした『違和感』程度でしたがね。それで、どうしましたか?ー

ーそれがですね・・・。ー


DMダイレクトメッセージ』の優れた点は、遠距離の人物との『リアルタイム』な『情報交換』が可能な点だけではなく(もちろん、それだけでもこちらの世界アクエラでは破格の『通信手段』ではあるが)、『フレンド登録』している複数人と『同時通信』が可能な点であった。

これにより、仲間同士の『情報』の『共有』がスムーズとなり、臨機応変な対応を可能としているのである。

特に、『TLW』の様な仲間同士での『協力プレー』が重要になってくる『ゲーム』では、ある種必須の“機能”と言えるだろう。


ーマジで『戦争』かよ・・・。ー

ー嫌な予感が当たってしまいましたね・・・。ー

ーそれで、皆さんは今どちらにっ?ー

ーその『テポルヴァ』の目と鼻の先です。『インペリア領』付近の森林地帯の『魔獣』や『モンスター』が最近不自然に活性化・凶暴化している様なので、その原因の調査と場合によっては“間引き”と言う『依頼』を受けていたのですが・・・。ー

ーそちらの『情報』と合わせて考えてみると、一連の“異変”は繋がっていたのかもしれんな・・・。ー

ーふむ、なるほどのぅ。ま、いずれにせよ、皆が無事ならとりあえず一安心じゃの。そちらも『テーベ』に引き返すつもりだったのなら、儂らとはそこで合流するとしよう。ー

ーすぐに『テポルヴァ』の『住人』達の“避難誘導”をしなくても良いのですか?ー

ー出来ればすぐにでも事に当たりたいところだが、これはの『紛争』じゃ。いくら儂らが皇帝の『客分』と言えど、それを『証明』する“手段”がない以上、所属不明の『集団』が『戦地』でウロウロしていたら、どちらの『勢力』からも『攻撃対象』になりかねんぞ?ー

ー・・・確かにそうですね。ー

ーその点、儂らは『親書』や『紋章』を預かっているし、『伝書鳩』などを使った『緊急通信』も各関係機関に筈じゃから、合流しておおやけに動いた方が良いじゃろ。“緊急事態”の時こそ焦りは禁物じゃ。ー

ーそう、ですね。了解しました。ー

ーうむ。では『テーベ』で落ち合おう。ー


ティアがそう締めくくると、プツッと“何か”が切れた感覚がして『DMダイレクトメッセージ』が切れた。

その後、N2達は手早く『テーベ』に引き返すのだったーーー。



◇◆◇



「防御陣形を崩すなっーーー!!!」

「「「「「「「「「「応っ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


『テポルヴァ』の駐留軍は健闘していた。

ただでさえ、この世界アクエラは『魔獣』や『モンスター』の脅威がある上に、もとより、『カウコネス人』と対立している『ロンベリダム帝国』側からしたら、『国境』付近の『街』が『要塞化』するのは当然の流れであろう。


時代や状況によっても変わってくるが、事『要塞戦』においては、『攻め手』が圧倒的に不利であろう。

特に、豊富な『兵糧』+堅牢な『要塞』+高度な『治水技術』を結集した『堀』を持ち、ここに更に『魔法技術』が加わる訳で、『ロンベリダム帝国』側の優位性は揺るがない。

『カウコネス人』達が、もし本格的な『攻城戦』を仕掛けるのなら、圧倒的兵力で『テポルヴァ』を完全包囲して補給線を分断し、『兵糧攻め』を始めとした長期的な『戦略』が有効となるが、『時間』を掛ければ掛けるほど、『ロンベリダム帝国』側の態勢も整ってしまう訳で、こちらもあまり現実的ではなかった。

それ故、『一斉放棄』開始から半日近く経った今は、『ロンベリダム帝国』側が有利に事を推し進めていた。


「しかし、妙だな・・・。」

「どうされました、ツェッチーニ隊長?」


駐留軍の“現場指揮官”・ツェッチーニがひとりごちた呟きに、“副官”のトロメーオは疑問の声を上げた。


「いや、妙に手応えがない。最初の襲撃の手際は『敵』ながら見事なモノだったのだが、その後の抵抗があまりにも小さ過ぎる。そこに少々『違和感』を覚えてな・・・。」

「いえいえ、ヤツらは『蛮人バルバロイ』ですよ、隊長?『いくさ』の『作法』など知らぬ『野蛮人』共ですから、卑劣にも『宣戦布告』もせぬまま、『軍事拠点』ではなく『市街地』を襲撃して、ただだだ『略奪行為』を働こうとしたのですよ。ところが、『帝国兵強敵』である我らが、思いの外素早く反撃に転じた事に恐れをなして、ほうほうの体で逃げ出したのではないですか?」

「・・・。」


ハハハッと楽観的にそう評したトロメーオの言葉に、若いな、とツェッチーニは思った。

『戦争』は綺麗事だけではないから、ツェッチーニは『ロンベリダム帝国自分達』が『絶対的』な『正義』などとは露ほども思っていなかったからだ。


以前にも言及した通り、こちらの世界アクエラでは『法律』も『人権』も、ましてや『国際法』も『形式的』な『いくさ』の『作法』なども、有って無い様なモノである。

それ故、『武力』で簒奪した『領有権』や『支配権』であろうとも、では肯定されるのだ。

今現在、『強国』として台頭している『ロンベリダム帝国』も、もとをただせば、『先住民族』より『支配地域』を簒奪した『他民族侵略者』達なのである。

しかし、「勝てば官軍」ではないが、『強者』であったからこそ、ここまで成り上がる事が出来た訳で、仮に敗退して『カウコネス人』達と『立場』が逆転したとしても、本来なら文句を言える『立場』ではないのだ。

まぁ、大抵の場合は、自分達のした事は「棚にあげて」忘却するのが人の世の常ではあるのだが。


「まぁ、確かに今の状況では、我々だけで『攻勢』に出る事は難しいですが、心配せずとも『援軍』が来れば、この『騒動』もすぐに鎮圧出来ますよ。」

「だといいがね・・・。」


ツェッチーニも、客観的に見た彼我の『戦力差』を鑑みれば、トロメーオの言う通り『ロンベリダム帝国自分達』が敗退する事は想像出来なかった。

しかし、『歴戦の雄』であるツェッチーニは、何か言い知れぬ妙な『胸騒ぎ』を拭い去る事が出来ないでいたーーー。



◇◆◇



「やはりこんな事は、『戦士』として恥ずべき行為ではないのかっ!?これでは『ロンベリダム帝国ヤツら』と同じではないのかっ!?」

「いえいえ、ホンバさん。これも立派な『兵法』ですよ?実際に『戦果』と『損害』を比較してみて下さい。」

「うっ!む、むぅ、し、しかしっ・・・!」

「ね?この方法は非常に『有効』ですよ?あなたがたの“願い”は『ロンベリダム帝国』から『故郷』を奪還する事でしょう?『目的』の為に『手段』にこだわっている場合ではないと私は愚考しますがね・・・。」

「くっ!」


現・『カウコネス人』側の『実質的指導者』であるホンバと呼ばれた30代ほどの筋肉隆々の男は、その『セレスティアの慈悲ティアーズドロップ』のエルファスの言葉に反論出来ずに荒々しく出て行ってしまった。

それに、エルファスは溜め息を一つ吐く。


(ふんっ、『戦士の矜持』ですか・・・。くだらないですね。そのが今のだと言うのに。ま、『カウコネス人彼ら』がどうなろうと私の知った事ではないですが、私達の『』の為にも、もう少し踊ってほしいところですね・・・。)


『カウコネス人』がとった“作戦行動”は非常にシンプルであった。

『ゲリラ戦』。

『戦力』的に劣勢の者達が、優勢な者達に対して効果的に『戦果』を上げる事が可能な戦法である。

客観的に見れば、『ロンベリダム帝国』と今現在の『カウコネス人』の『国力』・『総人口』・『保有戦力』などを比較した場合、マトモな『戦い』にすらならないほどの『戦力差』がある。

それ故、これまで『故郷』を奪われた『カウコネス人』達は、『ロンベリダム帝国』に対する積年の恨みを持ちながらも、『精霊の森』に落ち延びてからは、おおやけに反抗する事はなかった。

、十中八九『カウコネス人自分達』が敗退すると分かっていたからだ。

また、先述した通り、『ロンベリダム帝国』側の“事情”で、『カウコネス人彼ら』から『支配地域』を簒奪してからは、『カウコネス人彼ら』と『全面戦争』に発展する事もなかった。

それにより、非公式ではあるが、長きにわたる事実上の停戦状態が維持されていたのである。


ところが、そこに突如として現れたのが『セレスティアの慈悲ティアーズドロップ』のエルファスであった。

彼は、瞬く間に『精霊の森』に散り散りになっていた『カウコネス人』達を纏め上げ、『物資』や『武器類』を何処からか調達して来て、更に『効果的』な様々な戦法まで授けてくれた。

これにより、特に若者達から絶大な支持を集め、一部熱狂的な『信奉者』からは『救世主』などともてはやされた。

もとより、閉塞された環境は若者にとっては望ましいモノではない訳で、そこに一筋の光明が見えれば、後は雪崩れ込む様に『ロンベリダム帝国』との『開戦』を望む声が上がり始めるのは時間の問題だった。

事ここに至れば、それに反対する事は難しい。

『世論』に押し切られる形で、『一斉放棄』が決定されたのであった。

しかし、この『救世主』は非常に、『カウコネス人』達になるべく被害が出ない形で、『ロンベリダム帝国』側には手痛い被害が出る様にと、『遊撃戦』、所謂『ゲリラ戦』を行う事で、各『部族』を説得して回ったのである。

そして、その『結果』がであった。


「流石ですね、エルファス様っ!」

「エルファス様の策は見事に当たりましたぜっ!」

「見たか、『帝国兵ヤツら』の慌てふためくツラをっ?」

「アッハッハッハ、ざまぁねぇよなぁ~!」

「トロい連中だぜっ!」


身体の所々に、様々なシンボルをかたどった『刺青タトゥー』を入れた『カウコネス人』の若者達が、エルファスの登場にそう沸き立つのだった。


『カウコネス人』の風習的に、『戦士』達は皆『刺青タトゥー』を入れるのが一般的なのだが、これには『一人前』を示す儀礼的意義の他に、アニミズム(自然崇拝)から来る呪術的・宗教的意味合いも存在した。

『地球』でも、こうした風習は世界各地に様々存在するのだが、こちらの世界アクエラでは、『刺青タトゥー』の『効果』はもう少し『実用的』でもあった。

以前にも言及したが、こちらの世界アクエラに生きる者達は、『魔法使い』の様な特殊な存在でなくとも、大なり小なり『魔素』に何らかの影響を受けている。

その『魔素』の具体的な『利用技術』が、『魔法技術』であり、『魔闘気』であり、『魔工』であったりする訳である。

その中には、すでに失われた『技術』や『結界術』の様な失伝しつつある『技術』も数多く存在し、『刺青タトゥー』もその失伝しつつある『技術』の一つであった。


刺青タトゥー』、正確には『呪紋スペルタトゥー』には、『魔獣』や『モンスター』などの『自然界』の『強者』や『自然現象』そのものをかたどったシンボルを肉体に施し、その『力』と一体化して自らのモノとしようとするアニミズム(自然崇拝)が根底に存在する。

そして、こちらの世界アクエラでは、『魔素』の『力』の影響を受け、実際に『呪紋スペルタトゥー』所持者には『身体能力』に補正が掛かるのである。

とは言っても、『魔法技術』や『魔闘気』・『覇気』ほど洗練されたモノではなく、『レベル差』を覆すほどの『効果』はないが、これが有るのと無いのでは雲泥の差がある。

曲がりなりにも、『カウコネス人』達がこれまで滅亡を免れた事が、この『呪紋スペルタトゥー』の『力』の証左と言えるだろう。

もちろん、『麻酔』などないこの世界アクエラでは、施術にとてつもない苦痛を伴うし、一度刻み込めば消す事は出来ない。

『魔素』を完璧に制御している訳でもないので、肉体的・精神的損耗も激しいなど、『メリット』に対して『デメリット』が非常に多い『未発達』な『技術』でもあった。

(これは、閉塞した一部『部族』だけの『技術』であったが故に、『技術』の発展が伴っていない弊害でもあった。)


「いえいえ、皆さんの『お力』あっての事ですよ。まぁ、『ロンベリダム帝国彼ら』の慢心もあったのでしょうけどね?ですが、あなたがたは、本来この程度は出来る『戦士』達なのです。『相性』が悪くて今は『敗者』に甘んじていただけですよ。非才の身である私程度の『知識』でこれほどの事が出来るのですからっ!!!」

「「「「「っ・・・!!!!!」」」」」


エルファスの芝居がかった言動に、若者達は内から込み上げるモノがあった。

まるで、自分達が“”かの様な感覚。

中には、うっすら涙を浮かべている者達すらいた。


「しかし、これは“始まり”に過ぎません。『ロンベリダム帝国彼ら』も、そしても、一度ではないでしょう。ですが御心配には及びません。皆さんはこれまで来たのですから、続けていけばきっと状況は好転するでしょう。私も微力ながら御手伝いさせて頂きますので・・・。」

「うぉおおおおぅっーーー!!!」

「エルファス様っーーー!!!」

「俺は、やるぞぉっーーー!!!」

「応、やらいでかっーーー!!!」


最終的にエルファスの『演説』の様なの数々に、若者達は熱に浮かされた様に熱狂し、酔いしれていた。

ニコラウスやヴァニタスのお株を奪うかの様な、見事な『扇動者アジテーター』っぷりであった。


『カウコネス人』の若者達とて、ただの愚か者の集団ではない。

最初から『余所者』であるエルファスを信頼する者など、皆無であった。

しかし、先述の通りエルファスは『』を残してきた。

そうして、少しずつ『信奉者』が集まり、それがとなり今回の『一斉放棄』へと帰結した。

そして、その『成功』は、若者達に『希望』と言う名の甘い“幻想”をもたらした。

若者達はもう、その『沼』から脱け出す事は出来ないだろう。

自らの“破滅”が、その隣にやってくるその時までーーー。



◇◆◇



「これは、ひどいっ・・・!!!」

「なんというっ・・・!!!」


『LOL』のメンバー達が、『テポルヴァ』に辿り着いたのは、『カウコネス人』達の数度の襲撃が終わった後であった。

LOL彼ら』は、この時初めて、『紛争』のの一旦を目の当たりにしたのだった。


カウコネス人彼ら』は計算され尽くした電撃戦を徹底し、地の利を生かし、致命的な一撃ではないにしても、着実に『ロンベリダム帝国』側の損害を増やしていった。

例えば、食料の『略奪』や『破壊』。

例えば、女子供の『略奪』や『殺害』。

例えば、街道(補給線)の『破壊』。

例えば・・・。


狙われるのは『市街地』ばかりだ。

それも、駐留軍の警戒網の『穴』を突いたモノばかりで、『帝国兵』が駆け付ける頃にはすでに『カウコネス人彼ら』は撤退した後、と言う徹底ぶりであった。

これには、駐留軍は手を焼いていた。


本来『ゲリラ戦』は、“嫌がらせ”以外の何物でもない。

敗戦濃厚でなければ、正規軍はまず行わない戦法であるからこそ、それに“対処”する『戦術論』がまだまだ確立していなかったのである。

『地球』においても、古来よりその手の戦法は見受けられたのだが、しっかりと体系化したのは意外にも近世に入ってからである事から、この戦法をただの“嫌がらせ”から、『戦略』や『戦術』に昇華するまで、いくつもの『技術的』な『ハードル』が存在する事が推察出来る。


しかし、それが『成功』すれば非常に効果的であり、次第に『帝国民』・『帝国兵』双方の疲労がピークに達してくると、やがて不満が、憎悪が噴出し始め、正常な『判断力』が欠如していく。

その不満や憎悪が、『カウコネス人』に向かっている内はまだ良い。

しかし、『カウコネス人』に何度も後れを取っている駐留軍の“”にその矛先が向かうのも、まぁ、これも一種の人間の『心理』であろう。

完全に『負のスパイラル』に陥った『テポルヴァ』の街中は、ギスギスとした空気が蔓延していた。

中には、『テポルヴァ』を逃げ出した者達も多く存在する。

しかし、この世界アクエラの『外の世界』は非常に厳しい世界だ。

『護衛』もなく一般人が『魔獣』や『モンスター』、『盗賊団』の蔓延る『領域』を乗り越えられるかは、一種の『賭け』であった。


では、『冒険者ギルド』は何をしていたのだろうか?

『冒険者ギルド』は、一応『国』から独立した『組織』であり、『政治的闘争』とか『紛争』などに関与しない事をそのむねとしているのだが、とは言え、事実上『国』からの資金も流れ込んでいる訳で、多くの場合は、まぁよくある話ではあるが、『国』の意向を忖度そんたくする事がままある。

元々、『傭兵』まがいの事も『依頼』として受けていたので、そこに対する『管理意識』は結構ガバガバだった。

しかし、それは『冒険者ギルド』側の“スタンス”であって、『冒険者』にはそんな“事情”は関係ない。

多くの『冒険者』は、慎重的でシビアで現実主義者リアリストであり、『国』に対する帰属意識や愛国心など持ち合わせていない。

ヤバいとなれば、即座に逃げ出すのは、まぁ、当たり前の話であろう。

そうでなければ、生き残れない『』で生きているのだから。

それ故、勘の良い『冒険者』達は“異変”を察知して、多くの『冒険者』達も、一度目の襲撃の時点で、さっさと『テポルヴァ』を立ち去っていた。

ちゃっかりしている『冒険者』は、“金持ち”と独自に『契約』して、『護衛』と言う『名目』で『テポルヴァ』を出ていたりもする。

そんな訳で、『冒険者ギルド』には、動かせる『人員』がいなかったのである。


ルキウスも、その辺の“事情”は読んでいた。

だからこそ、『LOL彼ら』を派遣したのである。

『監視』をしていたのは、何も『LOL彼ら』の方ばかりではない。

ルキウスも、当然『LOL彼ら』を『監視』させていた。


LOL彼ら』は確かに『圧倒的強者』であり、この世界アクエラでは、『貴族』クラスの者達でないと受けられない高度な『教育』を受けている様だし、実際に頭も回る。

しかし、ニルの発言を借りると「何だかな印象を受ける」と言っていた様に、圧倒的に色々と『』が足りていなかった。

それもその筈、『LOL彼ら』は『』での『強者』であり、この世界アクエラの『強者』達とは違い、修行や研鑽を重ねてその『力』を得た訳ではない。

それ故、本来なら“レベル500カンスト”クラス、とまでは行かないまでも、『上級冒険者』クラスの者達には察知されてしまう恐れのある『監視者』の存在に気付かれる事もなかった。

一応『TLW』時の『スキル』を“”いたので『気配察知』スキルは持っていたし、実際、『LOL彼ら』としては最大限注意を払っていたのだが、“持っている”のと“使いこなしている”のでは天と地ほどの違いがある訳で、『諜報』関係に特化した『監視者』には与しやすい相手でもあった。

その中では、同じ『諜報』関係の『職業』であるキドオカが一番厄介な相手だったが、それでもルキウス側には、『LOL彼ら』の『情報』はほぼ筒抜けであった。


そうして集まった『情報』を分析し、ルキウスは自身の最初の“読み”が当たっていると確信した。

LOL彼ら』は、ルキウスにとって、操りやすい相手である、と。


「すぐに負傷者を治療致しますっ!ククルカンさん、手伝って下さいっ!『回復魔法』を持っている他の皆さんもっ!!!」

「ええっ!!!」

「いや、また何時襲撃があるかも分からん。『帝国兵』達の疲労もピークに達している。ウルカ殿とククルカン殿ほどの『回復魔法』に特化していない儂らまでもが治療に専念するのは、些か『合理性』に欠けるじゃろぅ。むしろ警戒に専念して、新たな被害者が出ない様に立ち回った方が懸命じゃろぅ。そうすれば、避難もスムーズになる訳じゃし・・・。」


を目の当たりにしても、ティアは比較的冷静であった。

彼女の“スタンス”は、どこか『冒険者』に近く、あくまでも自分と『LOL仲間達』の事を第一に考え、『ロンベリダム帝国この国』の“事情”に深入りするつもりは毛頭なかった。

ティアのその判断は、『異邦人』としては正しい。

彼女は非常に聡明な女性だった。

しかし、人には『感情』がある訳で、時にな『選択』をする事もある。


「こんな時に何を言っているんですかっ!!??」

「・・・えっ??」

この世界アクエラでは『医療技術』が発展していないんですっ!『回復魔法』は『技術』ですから、『ライアド教』が一括で管理していますし、今この場で『回復魔法』を使えるのは『LOL私達』の『』しかいないんですっ!大変でしょうが、警戒は『帝国兵』の皆さんにお任せして、『LOL私達』全員で手早く治療を済ませてしまった方が、避難ももっと早く出来るでしょうっ!?」

「う、うむ・・・。」


ウルカは『ライアド教』に『外部協力者』として出入りしている。

それ故、目を覆いたくなる様な『患者』を数多く目撃していて、この世界アクエラの『医療技術』の遅れに以前から心痛めていた。

ウルカのその判断は、『人間』としては正しい。

彼女は非常に心優しい女性だった。

だからこそ彼女は、“騙されやすい”素養もある訳なのだが・・・。


「まあまあ、ウルカさん落ち着いて下さい。ティアさんの言う事ももっともです。ここは『セオリー』に則り、『警戒班』と『治療班』に分かれた方が無難でしょう。むしろ議論している時間の方がおしい。」


そこに仲裁に入ったのはエイボンであった。

今は仲間割れをしている状況ではない。

それは、『LOL仲間達』全員が『共有』している『意識』でもあった。

他のメンバーも、努めて明るくエイボンの意見を首肯した。


「そうですね。『戦闘職』系のメンバーが『警戒班』に、『支援職』系のメンバーが『治療班』に別れましょう。」

「俺の『スキル』だと、逆に治療の邪魔になりかねんからな。」

「俺なんて自分自身を癒す『スキル』しか持ってないですよ~。」

「そう、ですね・・・。すいません、ティアさん。少し感情的になりました・・・。」

「あ、いや。儂も言葉が足りなかった。すまん。」


微妙な空気がウルカとティアの間に流れるが、それを打ち消す様に、タリスマンが『リーダー』としての鶴の一声を上げた。


「それでは、行動を開始しましょう。」



この『戦場』と言う『非日常』の『精神状態』で起こった少しの意見の対立をにした事で、後に『LOL彼ら』の『関係性』を修復不能なまでに『破壊』してしまうとは、その時誰も想像していなかったーーー。


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