第37話

 部活帰りの真夏のその日、私はとても浮かれていた。これからの心が躍る予定に胸を弾ませていた。


 まず、明日予約していたゲームの新作が届く、次の日は単身赴任の父が久しぶりに帰ってくる。今日の模試も自己採点したらめちゃくちゃ良かったから結果が届くのが楽しみだし、「推し」の俳優の主演舞台も決まったってさっきネットニュースで見た。まあ、チケット取れるかはわかんないけど。昔読んでいた少女漫画の続編もあるっていってたな。でも一番はやっぱり「先輩」とのお出かけの予定!!!いやー、絶対片思いだと思っていたのに、いつの間にフラグ立ってたんかな。まさかあっちからって、んふふふふふ、アハハハハハハハ!おっ、信号青じゃん、今日運ホントにいいな~。でも電車は混んでるな、まあ、これはいつものことだからなー。




 ん?




 一瞬、背筋にすうっと寒気がする。クーラー?それにしては生暖かい気配…。気配って何。まさか、痴漢?ああ、人が多過ぎてそんなのわからないよ。よく見ると、私のようにきょろきょろ周りを探る様に見ている何人かいる。私だけじゃない?一体何が…。


「・・・・・、・・・・・、ッツ?!」


 またしても、何か気配を感じた。さっきと同じ感覚だ。でも何だろう、なんとなくなのだろうけど、いや、もしかしたら気のせいなのかもだけど。


 近くにいる?


 大きな衝突した音がした。隣の車両からなのか、煙がこちらにも来て周囲が一瞬で灰色に変わった。こんなに早く煙が回るなんて…。電車同士がぶつかった音なのかな。


「あああああああああああああああ!」


「キャー!!!」


 男性の叫び声と女性の悲鳴が聞こえた。もう、大人がそんなパニック起こしたら、皆不安になるじゃん。声のした方をぱっと振り向くと、


 男性の腕の先が無くなっていた。


「あああああああああああああああ!」

「ギャー!!!」

「キャー!!!」

「なんなんだ、これは!!!」


 男性だけじゃない。目の前に立っている子ども連れの母親、お年寄り、うるさそうなおばさん、紙袋をたくさん持った人々…。車両にいたたくさんの人々のその身体の一部が無くなっていた。いや、無くなっていたじゃないこれは、今も消えている、消え続けている。何かに切られたのではなく、端の方からじわじわと紙を燃やした時のように焼け落ちるように体が消えていく。さっきから煙は回っていても、炎が上がっているわけじゃない。もちろん、通り魔だの何か犯罪が起きているわけでもない。


「あああ、クソっ、こんなところ早く出てやる…、あっ、開かない?!」


 扉の近くの人からの悲痛な声がした。ここから出ることさえもできないなんて・・・・

 そういえば最初に異変が起こったあの人どうなったのかな。


「ひっ…。」


 さすがに声が出る。最初に叫んでいたその人は、もう足がかろうじて残っていただけだった。断面が紅く燃えている。ヤバい、さすがにちょっと吐きそうだ…。思わず、パッと自分の口を押え・・・・・・・られなかった。


 もう既に私の手首も影も形も無くなっていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 あ

 ああ

 あああ

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 熱い。熱い。熱い。熱い。見た目だけじゃなくて本当に燃えていたんだ。熱い。痛い。痛い。痛い。痛い。熱い。ああ、足の方も消えて。熱い。熱い。熱い。熱い。正常な思考ができない。すぐ浮かんでも熱い。熱い。熱い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。熱い。怖い。


 消えていく体と思考の中で、最後の記憶は何かが楽しそうに笑っている声だった。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・?。


 次第に意識がはっきりとしていく。知らない天井だ・・・。目が覚めた私の始めに思ったことである。ゆっくりと起き上がると、周りを見渡してぎょっとする。いや、知らない天井どころじゃないよ、ここどこだよ。私が寝ていたのは保健室に置いてあるようなベッド。そのベッドが、右にも左にもぎっしりと見渡す限りに並んでいた。その数は百を超えている。ベッドは一部に空きがあるが、ほとんど埋まっていて、老若男女問わず死んだように眠っていた。


 病院?でも、この部屋まるで大きなパーティーをするためのホールみたい・・・。はっと思い出したように手のひらを見た。ああ、よかった、ちゃんとある。身体はどこも怪我をしている様子はなさそうだ。じゃあ、さっきの夢だったのかな。それにしてはやけにリアルな・・・。とりあえず少しこの辺見て回るかな。ベッドの脇には私のローファーとカバンがちょこんと揃えて置いてあった。格好も制服のままだ。靴を履きカバンを持つと、周りのベッドを避けながら、眠る人を起こさないように静かにその部屋から出た。




「うわっ、長っ。」


 部屋も広かったが、廊下も長いらしく、先がまったく見えないほどだった。廊下はテレビで見るような西洋風な宮殿とか博物館とか美術館のようで、私の発した声が石畳に響いていた。にしても、さっきから起きている人に一人も会わないな。誰かに話を聞きたいのだけど。真っすぐの長い廊下を歩いていくと扉が開いた大きな部屋があった。私のいた部屋も大きな両開きのドアが開きっぱなしになっていたけれど、ここも同じみたいだ。


 そっと誰かいないか覗いてみるが、パッと思わず後ずさった。広いホールに、百以上のベッドに眠るたくさんの人間・・・。全く同じだ。もしかして・・・私は更に隣の部屋まで走る。隣も、その隣も、そのまた隣も。ベッドと眠る人の部屋だった。ますます気味が悪くなって、廊下を走っていくと、ついにベッド部屋以外のものに辿り着いた。




「おはようございます。気分はどうですか。」


 そこは、よくある受付とか案内所のようだった。若い女性が二人座っていて、話しかけてきた。


「あ、あのココって一体・・・。」


「はぁい、とりあえずぅこちらの書類への記入を先にお願いしまぁす」


 巻き毛の語尾のくせ強めの胸の大きなお姉さんの方がぐいっと紙とボールペンを押し付けてきた。強引な・・・。まだ何も聞いてないのに。怪しい書類じゃなかろうか。いらないツボとか買わすんじゃないの。私の怪訝な顔に気が付いたのか、もう一人の黒髪ロングの綺麗なお姉さんは、


「大丈夫です。手続きの後にパンフレットお渡しいたしますから」


 と言ってくれた。説明してはくれないのね・・・パンフレット・・・。お姉さんたちはどうにも書類を書かないと動いてくれないみたいなので、とりあえず目の前の紙を片付けることにした。なになに、名前、住所、電話番号、家族構成、学歴と職歴・・・特別なものじゃなさそう。どうでもいいけどこういう履歴書とか調査書みたいなのの趣味、特技とかすごい困る・・・。私が謎の書類に悪戦苦闘する中、お姉さんたちのおしゃべりに耳を傾ける。


「今日はお二人の調子どう?」


「いつも通りです。イヴァ様の方が遅れています。」


「うーん、丁寧なのは良いことなんだけどねぇ。ちょっと仕事が遅れるとぉ困るよねぇ。こちらも皆さんお待たせするの申し訳なくなっちゃうし。かといって、アデル様の方を増やすとそれはそれでアデル様のご機嫌が最悪だしぃ・・・。サトリちゃんはぁ、どう思う?」


「下っ端の私には何とも。まあ、この緊急時は急いでほしいですよね。この人数捌くのいつになることか・・・」


「本当だよ~。大体ねぇ、人手が足りてないの・・・」


 どうやらお姉様方は会社(?)に不満があるらしい。というか、黒髪美女のサトリさんの方が後輩なんだね。


「サトリちゃんがいてくれてぇ本当に良かった~!!私と雪姉さんだけじゃキツイもの」


「それはこちらのセリフですよ」


「えっ、嬉しい~!!♡♡♡♡」


「あの・・・、書けました」


「はい、ありがとうございます」


 私が目の前にいるのにいちゃつきだした二人だったが、話しかけるとちゃんとお仕事モードみたいだ。


「あのこの状況について教えてもらっても?ここは、病院?」

「ごめんなさい、詳しくは私たちからは言えないんですぅ。とりあえず病院じゃないです。でも、あなたがこれで痛い思いとか怖い思いとかすることは絶対無いから安心してくださいね?ただちょっと覚悟とかはいるかもだけど・・・」


「先輩。」「う、うん。ありがとうサトリちゃん。」


「それでは、ヨコヤマさん、この箱から一枚紙を取ってください。」


 ガサゴソ。引いた紙を先輩お姉さんに渡す。


「イヴァ様でぇす」


「はい・・・。ではこちらを」


『267』


 そう書かれた紙と鍵、例のパンフレットらしきものを手渡された。


「こちらの番号でお呼びしますぅ。少々お時間かかるので、この番号と同じ部屋でお待ちください。お部屋はこの上の階です」


「番号を呼ばれたら、部屋に出るだけで着きますのでご安心ください」


「それでは、せーの、「「良い転生を!!」」。」

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