第26話 罰
アーサーが帰った後、スノウリリイはぼんやりしていることが増えた。そもそも、彼女は静かにしていることの方が多いことを私は今更思い出していた。アーサーの前だと少しだけスノウリリイの様子は違うのだ。表情がよく変わって、いつもより少し饒舌だ。
最近の明るい様子を見ていた彼女を周りは皆心配しているようだった。特に国王様が。
私たちもルカもすっかり忘れていた。アーサーが正式に色々手続きをして保護したドラゴンだということをだ。周りから見るとその彼が急に忽然と消えたと大騒ぎになった。私たちはアーサーが本当は人間だということを知っているけれど、他の人は知らないことを分かっていたのにちゃんと理解していなかったとしか言いようがない。
彼を人間としてではなく、ドラゴンとして城から出すのが正解だったのだ。もちろん、そんな言い訳を今更することは出来ない。彼がドラゴンで人間なのは、フラム帝国の国家機密なのだ。そこで私がした言い訳は、「間違えて逃げた」という稚拙なものであった。私は詰め寄られてそう咄嗟に言ってしまったのだが、スノウリリイはこれに合わせてはくれなかった。彼女は堂々と「帰りたがっていたので元の場所に帰してあげた」と国王様に言ったのだ。
確かに何も間違えてはいない。彼はちゃんとルカが送り届けてくれるだろう。けれど、この何も説明できない状況で許されるわけがないのだ。ドラゴンは危険な生き物だ。それをこんな都会のど真ん中に逃がしてしまえば事故になり兼ねない。更にこれは正式な機関から預かっているドラゴン。
もうめちゃくちゃに怒られたし、スノウリリイはめちゃくちゃ泣いた。間違えて逃げたではなく、元の場所に帰してあげたというのは言ってしまえば自分から逃がしたと同然なので、更に怒られる羽目になったのだ。彼女自身が責任を取ると言って、一人で世話をしていたのにこんな結末になればこうなる。いつかのマリアのお茶会の後の事情聴取後以上にやり合った親子は、スノウリリイの一か月の間の宮から出ないという罰を与えることで決着がついた。彼女は何も言わず、それを受け止めたようだった。
建国祭はあと何日もない。そこで外出禁止を食らってしまえば、建国祭の参加も見送りということだ。とはいえ、王女が参加しないわけにもいかないので式典だけの参加になった。スノウリリイは初めて城下に出て、お忍びでマリアと建国祭を回る約束をしていた。彼女のショックが大きいのは見てわかった。彼女に罰を与えた国王様自身が気にしているぐらいだ。
「スノウリリイ、ごめんね。私が早く気が付いて、アーサーをドラゴンとして正式に贈ることにしようって言っとけば・・・」
一瞬間があって、まさかまた彼女が喋らなくなったのかと焦ったが、ちゃんと彼女はこちらに言葉を返した。
「いいの。後悔してないから。ヴィーが謝る必要なんてないよ。マリアには悪いことしたけれどね・・・。お手紙書いて謝る予定。それにわたしは叔父様とヴィーが何と言おうと、アーサーをドラゴンとして帰そうとは思わないし」
「え?どうして?」
「だって、ドラゴンなら檻に入って、また魔力封じもしないといけないでしょう?そんなのダメ」
「スノウリリイ、すごいそれ気にするよね。何かあるの?」
「だってアーサー、すごく怖がっていたよ。檻も首輪も。たぶんここに来るまでに痛い目や怖い目にあったのもそうだけど・・・、独りぼっちでずっと檻にいたのもきっと怖かったと思うよ」
それであんなにこだわっていたのね・・・。
「だから出来るだけ一緒にいたいと思って、部屋に暇さえあれば来ていたんだけれど・・・。もしかしてアーサー迷惑そうだった?」
「いいや、すごい嬉しそうだったよ」
「良かった・・・。私だけ楽しいんじゃないかなと思っちゃった」
久しぶりにスノウリリイは穏やかな表情になる。そして、更にいたずらっ子のような顔をした。
「確かに建国祭は残念だけど、例の婚約者候補の皆さんとあんまり喋らなくていいのは良かったと思っているの」
そう言えばそうだったね。皆来るんだった。一体どんな男の子たちなのか。
「あっ、悪いなー」
「ふふ、現実逃避かもしれないけど。だってわたし、人見知りなんだもの」
飛び切り悪い顔をして彼女は笑う。その顔にはやはり後悔はなかった。父からの罰には納得しているし、自分の選択には自信を持っているんだ。彼女の変化に喜びと少しの寂しさを感じるばかりだった。
ドラゴンのことを希少生物の管理をしている神殿の方に連絡すると、最初は神殿から調査に来るという返事が来たのだが、しばらくすると気にしなくていいという通達が返って来た。ルカからもしばらくすると連絡があり、フラム帝国が今回のことを神殿に説明したということだった。お咎めなしにアクアノーツ側は首を傾げるしかないが、神殿側が納得しているならこれで安心だろうということになった。
「神殿ってアーサーがドラゴンになれること知っているの?」
「たぶんね」
スノウリリイと二人お茶を飲みつつ、こんな会話をする。神殿と呼ばれているのは、この世界でも特殊な機関であるルチア神聖国だ。国という名前が付いているが、実際は国というよりは馬鹿デカい神殿が都市になったものと言える。領土はこの世界で一番狭い。アクアノーツの王都よりも小さいのだ。恋ヒスでもお馴染みの国で、たくさんの神官と聖女を抱えているのだ。恋ヒスには神聖国舞台の大聖女を選ぶシナリオもあった。
「神殿だけは神の愛し子全員の細かい情報まで知っているからね」
「へーそうなんだ。ちなみに今って他に愛し子いるの?」
「もう一人だけいるよ。確か砂の国にだったかな。もうおじいちゃんらしいけれど。七人全員が同じ時代に揃っていることは珍しいんだって」
「じゃあ、アーサーとスノウリリイみたいな同じ年はもっと珍しいんだね」
「うん、そうだね。会えたことだって奇跡みたいなものだよ」
そう言うとスノウリリイは遠くを見る表情になった。また目は窓の外に向いている。
「今頃誕生祭、終わった頃だね」
「そろそろ、ルカも帰ってくるね」
「うん。あのね・・・ヴィー」
「ん?どうしたの?」
「いや・・・やっぱいいや。明日、建国祭のドレス選ぶの一緒に来てくれる?」
「もちろん。久しぶりに宮以外だね」
「これだけは仕方ないからね」
「いいドレスが選べて良かったね」
「星の国のドレスはやっぱりいいね。でも、ピンクなんて似合わないんじゃない?」
「いやいや、それ言っているのスノウリリイだけだよ。どんな色でも似あうよ、その綺麗な髪なら」
スノウリリイはそっと自分の髪に触れる。その顔は浮かないものだった。
「綺麗じゃないよ。わたしもママみたいな金色か、パパたちみたいな青がよかった。こんなのおばあちゃんみたい。同じ愛し子でもアーサーの髪はあんなに綺麗なのに」
スノウリリイは自分の見た目が家族の誰とも似ていないのをとても気にしている。見た目は似ていなくても、そっくりなところはいっぱいあるけれど、見えないところが似ているだけじゃ不安になるのだろう。でも、彼女はやっぱり綺麗だし可愛い。それを伝えたくて、口を開こうとすると誰かに先を越された。
「僕には貴女がその白い髪も相まって雪の精霊にしか見えませんけれど」
だ、誰???振り向くが誰もいない。スノウリリイがふっと視線を上にする。庭の木・・・?
「そこにいるの?」
がさっという音がして、少年が一人木から降りて来た。手には本を抱えている。
「はい、ごきげんよう。スノウリリイ第一王女殿下。そして神獣様」
少年は優雅にお辞儀をする。身なりのいい服装とどことなく見たことのある顔だ。彼の正体がわからないままの私と違い、スノウリリイは気が付いたようだ。
「貴方がリオート帝国の皇太子殿下ですね」
「はい、お会いできて光栄です」
彼は満面の笑みを浮かべる。確かに銀色のおかっぱ頭に少し目つきの悪い目・・・あの皇帝に似ているんだわ。それにしても、あの皇帝の言うことは本当だったらしい。彼はあの華やかさのない皇帝と比べると、まるで絵物語の騎士のような美少年だった。少し目つきの悪い目が、むしろ彼の幼さを忘れるぐらいに凛々しさを与えていた。背は一つ下なこともあってか、まだスノウリリイより少し低い。
めっちゃ可愛い!!!こんなに将来有望でしかない子でもゲームの関係者じゃないとは。さすが異世界。イケメンファンタジア。
「勝手に登ってしまってごめんなさい。父に一人で待てと言われて、退屈で。でも貴女に会えたのは幸運でした」
「そうなのですね」
スノウリリイは王女モードというか人見知りモードに入っている。顔が整っていればいるほど無表情って怖いから笑ってほしい。
「そろそろ僕は父のもとに戻ります。また建国祭でお話しできるのを楽しみにしております」
「ええ、私もです」
スノウリリイが形式的な答えを返すと、彼は少しだけ残念そうな顔をした。彼が去っていくと、スノウリリイは空気の抜けた風船のように座り込んだ。
「緊張した・・・」
「ほらほら、ドレスがしわになるよ」
裾をいじってあげると(猫の手では少し限界がある)、スノウリリイは大きなため息をついた。
「わたし、大丈夫かな・・・」
彼女の婚約者候補との顔見せ・・・いやほとんどお見合いは早くも前途多難を感じさせた。
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