第13話 隠された書庫

 次に僕が向かったのは、書庫だ。


 ネストを視察した時、診察室に本が何冊か置かれているのを目にした。書物が存在する世界であれば、必ず書庫があるはずだよね。


 この世界の情報を手っ取り早く集めるには、やっぱり書籍が一番。

 と言うことで、カメラを飛ばしてお城の中をふらふらと探して回った。


 なかなか見つからなくてお城の中を何度も行ったり来たりしちゃったよ。で、ようやく見つけたそれらしい部屋は3階の端にあった。

 

 僕は廊下の突き当りまでカメラを進め、ただの石壁にしか見えない場所にカメラを寄せる。


 見つからないわけだ、どうして隠しているんだろう……

 マップ上では〈認識阻害:レベル1〉と書かれた入口と、その奥に部屋が表示されている。


 僕はカメラをそのまま進めて石壁の隠し扉を通り抜けた。

 

 えっと……

 狭い、とにかく狭い。


 その部屋はやたらと細長く、部屋というより短い廊下といった方がしっくりくる感じだ。画面を通して湿気た空気の重さやカビ臭さまで伝わってくるのは気のせいかな?


 カメラをぐるりと360°回転させて部屋の中を確認する。

 左右は石壁で、後ろにはいま入ってきた入口がぽっかりと口を開けている。内側からは認識阻害は掛けられてないね、まぁ必要がないからだろうけど、まるで早く出ていけと言われているみたい。


 正面にカメラを戻すと、薄っすらとホコリを被った本棚が一つ。

 ただそれだけ。


 棚にカメラを近づけて本の背表紙を見る。

 うん、文字は読める、神さまありがとうございます。

 

 ざっと見たところほとんどが小説かな。

 それにしてもやたらとタイトルが長い……

 そして、下の方の段には背表紙にタイトルも入らないような薄い本が横倒しに積まれている。うん、実に趣味性の高いセレクションだ。


 うーん、これは……

 僕は思わず唸ってしまった。


 先程見たネストの高度な医療技術や、領民たちの会話や振る舞いから受ける印象と、この残念な本棚のイメージにギャップがありすぎる。


「んっ? これはなんだろう……」

 残念な本棚から受ける違和感に、まだ据わってもいない首を傾げていた僕は、本棚の映像に薄っすらと重なる文字に気が付いた。


〈認識阻害:レベル3〉、〈隠ぺい術式:レベル4〉

 おぉ、この部屋の入り口にかけられていたものよりレベルが2段階も高い認識阻害と、さらにその魔法の痕跡を隠すためかな、高レベルの隠ぺい術式が重ね掛けされているのを見つけた。これは使えそうな魔法だね、サンプリングしちゃおう。


 レベル4の隠ぺい術式……超級と言われるこの世界で最高峰の魔法で隠しているわけか、本気ですね。


 改めてマップを見直すと、この部屋の隣に大きなスペースが隠されているのに気が付いた。どうやらこっちが本当の書庫みたい。


 よく分からないけど、蔵書を隠さなきゃならない理由があるのかな。

 禁書を山ほど抱えているとか、タキトゥス領の文化レベルを隠したいとか? まぁ、なんらかの理由でダミーの書庫を用意しているんだろうけど、それにしてもこれはやりすぎというか、やらなさすぎというか……とにかくひどい。

 

 僕はもう一度ダミーの書庫を見回してから、とても残念な本棚、これが隠し扉なんだけど、それを通り抜けて次の部屋にカメラを進めた。


「ぱぷぅ(やっぱりね)……」

 僕はそう呟きながらカメラをあおった。

 その部屋はずっと上の階まで吹き抜けていて、四方の壁は全面本で埋め尽くされている。壁に巡らされた木製の回廊が、いかにもアカデミックな雰囲気でいい感じだ。


 本を日光から守るためだろうか、それとも情報を秘匿するためかな、その部屋には窓が一つもなく、部屋の真ん中に置かれた重厚なテーブルと書見台の周りだけが魔法の明かりで仄かに浮かび上がっている。


 この世界の文化水準はまだよくわからないけど、辺境タキトゥスの地理的なハンデを考えると、この蔵書量は異常なんじゃないだろうか。


 カメラを飛ばして背表紙を見て回る。

 この辺りは宗教関係、こちらは歴史関係、地理関係、生物学関係か……へぇ、こんなものもあるんだ。


 分野ごとに書籍がまとめられているのは普通の図書館と同じだけど、領主として執り行う式典や来賓を迎える際のプロトコルがまとめられた儀典要綱、国内外貴族の紋章図録、領内の戸籍簿といった行政に関する記録や資料類も製本されて並べられているのは、さすがは辺境伯蔵書というところだろう。


 そしてなんといっても魔術関係の本! それが結構な数置いてある。

『魔術書大系1~12』、『魔術学会論文集』、『魔道倫理規定』といったお堅い感じの書籍から、『初級魔法1週間チャレンジ』や、『サールでもわかる火属性魔法』といった軽いノリの入門書まで一通りそろっている。


 あぁ、早く読んでみたいなぁ……

 こんど母さんに重力魔法を教えてもらおう。

 あれを使えば本を動かせるよね。


 しばらく蔵書の背表紙を確認しながら書庫の中をカメラで行ったり来たりフワフワと漂っていたら、吹き抜けの最上階に不思議な場所を見つけた。


 あれっ? ここから先にカメラが進まないや、なんだろう?

 マップを見ると〈結界:レベル1〉〈干渉検知:レベル3〉〈蛍光呪術:レベル2〉と表示されている。

 いろんな仕掛けが設置されていてなんだか物々しい。


 結界っていうのは何となくわかるけど、干渉検知? これってカメラも入れないのかな? それに蛍光呪術ってなんだろう?


“チンチロリン”

〈干渉検知:特定のエリアに対する物理的、魔法的な働きかけを発見する術式。検知信号は他の魔法の発動トリガーとして利用されることが多い。エリアを仕切る結界面に術式を付与することで発動する〉


〈カメラも入れないのかな?:加護能力であるカメラは魔力を使用しないが、微弱なエネルギーの揺らぎを生じるため、レベル3以上の干渉検知には検出される可能性がある。カメラは干渉検知に連動した蛍光呪術の被呪を避けるために自動防御機能により干渉領域への侵入を抑制中〉


〈蛍光呪術:対象物(生物に限る)を蛍光色で発光させる呪い。ピンク、イエロー、ライトグリーンの三色の呪いがあり、解呪されるまで光り続ける。発光には対象物の生命力を使用するため、光り続けると死に至る〉


 うゎぁ……カメラの自動防御機能に助けられたみたい。

 神さま、いつもありがとうございます。


 この機能がなければ僕は結界の干渉者として呪われ、ピンクかイエローかライトグリーンのどれかの色で光りながら死んでしまうところだったよ……なんておかし……いや、恐ろしい呪いなんだ。


 生まれていきなり言葉を話したかと思えば、生後6日目で蛍光色に光りながら退場って、笑っちゃうよ。

 いや、笑い事じゃないんだけどね。


 あらためてマップを見ると、〈結界〉〈干渉検知〉〈蛍光呪術〉それぞれの文字の横に〈解除〉という表示が出ている。


 おや? 今の僕でも解除できちゃいそう……

 どうしようかな?


 でも、これだけ厳重に隠しているのには理由があるはずだよね。

 下手に触らない方が良さそうなので、術式をサンプリングだけして今日はこの辺にしといてやろうと出口にカメラを向けた。また今度じっくりと調べようっと。


 ん? 帰り際にふとテーブルの方を見ると、書見台の上に本が開かれたままになっている。なになに、“命名の儀”執り行い手順について? あぁ、さっき厨房のおじさんたちが話していたやつか……誰かがこの本で段取りの確認をしているんだな。


 ふむふむ、“命名の儀”は生後2度目の安息日を迎えた新生児に名を付け、貴族籍への登録を広く宣言する儀式である……か。


 “命名の儀”は子の続柄によって内容が変わるらしく、最も決まり事の多い長男の儀式についての説明が見開きの片側半分を占めている。次に長女の項が反対ページの半分を、そして、残りのスペースに次男、次女以下がひとまとめにされている。


 僕は次男なので比較的簡素なものになるみたい。

 ちょっとホッとしたよ。

 あまり仰々しいのは疲れちゃうからね、きっと。


 来賓は、式の立会人として国王が寄こす使者と、神聖国から司教またはそれに準ずる神職が来るのみで、それ以外は近隣の領からの使者が来る場合もあるが、ほとんどは領内の者達で内々に済ませる程度らしい。


 神聖国か……また庭師が仕掛けてくるかもしれないなぁ。

 対策を考えなきゃ。

 国王の使者というのは楽しみだけど。


 僕は生まれて今日で6日目だ。

 明日が1度目の安息日なので、“命名の儀”が行われる2度目の安息日まであと8日ということか。

 それまでにはもう少し防御の術式を強化しておかなきゃ。


「ふぁぁ」

 色々と見て回っていたら眠たくなってきちゃったよ。

 今日はここまでかな。


 おっと、この書見台にカメラをセットしておかなきゃ。

 これで本が読めるよ。

 と言っても人が読んでいるところを横から覗くだけなんだけどね。

 それでも一歩前進。


 じゃあ。おっぱい呑んで寝ますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る