第11話 武骨なお城と台所
僕は、
見上げると、岩山に
尖った岩山の頂上には大きな玉が浮かんでいて、その表面から水が滾々とあふれ出ている。
「んぱぁ……ばぶぅぅぅ(すごい……どうなってるんだろう)?」
思わず声が出てしまう。
「あらぁ、どうしたの? ごきげんでちゅねぇ~」
んぱんぱと声をあげて興奮していると、乳母さんが様子を見に来ちゃったよ。
乳母さんは満面の笑みで僕の顔を覗き込み、オムツが湿っていないことを確認すると満足げにうんうんと頷きながら椅子に戻っていった。
ふーっ、少し落ち着こう。
僕は息を整えてから視線をマップに戻した。
水があふれ出る謎の球体にカメラを寄せてみると、その表面には細かい模様がびっしりと刻み込まれていた。
〈
スクリーンに浮かんだ説明によると水魔法ではなく転移魔法の術式らしい。
(出口)と書いてあるので、近くの川か池の中に(入口)の魔法陣を設置して水を引いているのかな、水魔法で水をゼロから作り出すより転移させる方が効率的ってことなんだろうね。とりあえずカメラで転移の魔法陣を撮影しておいた。
カメラをグラウンドレベルに戻して改めて下から見ると、玉から湧き出た水が滝となってお城の岩肌を流れ落ちるさまは壮観で、轟音を響かせて滝つぼに落ちた水は、豊かな流れとなって城下を潤す。陽の光を受けて架かる虹が城の武骨さを少し和らげている。
カメラを入口に戻す。
お城の大きさに比べて、入り口が妙に小さい。
その高さは、両側に立っている衛兵の背丈ほどしかなくて、もっと大柄な兵士であれば頭をぶつけてしまうだろう。横幅も大人1人が両手を広げた程度だ。
その一方で、扉は随分と分厚い。
開け放たれた扉を見ると、ゆうに厚さ50センチはあるかという重々しいもので、むかし映画で見た銀行の地下金庫を思い出させる。
衛兵の横を通り抜けて中に入るとトンネルのような通路が5メートルほど続く。これがそのまま壁の厚さだろうから、どれだけ魔物に警戒してるんだという話だ。
こうまでしなければ防ぐことができない魔物って、いったいどんなやつなんだろうか?
これは城というより要塞だね……
僕の中で城と言えば、前世で夢の国と言われていたデートスポットのシンボルになっていた建物だ。
白い尖塔が何本も組み合わされたような繊細で美しいイメージのものが思い浮かぶわけだけど、いま僕がいる建物は、それとはかけ離れた無骨なものだ。城だからと言って一括りにしちゃいけないんだね、平和の象徴もあれば対魔物最前線基地もある、建造の目的が全く違うわけだ。
そんなことを考えながらトンネルを抜けると、そこは大きなホールだった。天井は高く、アーチ状の構造で強度を保っている。パッと見、教会の大聖堂のような感じだ。
神さまっぽい彫像が正面の壁に設置されているところを見ると、実際教会としても使われているのかもしれない。
ローテンブルム王国ではモーレ教という宗教を国教として保護していて、ここタキトゥス領においてもその信仰は篤い。
そのことは、僕のことをモーレ教3神の一柱であるアムートの使徒と言ってありがたがる様子からもうかがえる。
その彫像の前は床が一段高くなっていて、真ん中にタキトゥスの紋章が入った演台が置かれている。
僕はホール内を一巡りしてから入口に戻り、今度は左側に伸びる廊下にカメラを進めた。
しばらく進むと、長いテーブルが幾つも置かれた大きな部屋に出た。
どうやら食堂のようだ。
奥の壁には、大きなタペストリーが掛けられている。
カメラを寄せてみると、神の光に守られて魔物と戦う戦士たちの様子が描かれていた。画調はあろうことかスーパーリアリズムだ。
うーん、これを見ながら食事をするとか、ちょっと勘弁してほしい……
その血なまぐさいタペストリーの下には、さらに奥へと続く扉がある。
奥の部屋は配膳室で、朝食後のこの時間は誰もいない。さらにその先に進むと厨房に出た。
厨房……ここは念入りに調査しなくちゃ。
今は母さんや乳母さんの美味しいおっぱいで暮らしているけど、近い将来乳離れしなきゃいけないのは見えている。その先何を食べることになるのかは、当然のことだけど、とても気になる。
厨房はかなり広く、そして明るい。
天井近くに明り取りの窓が横に長く開いていて、青い空が覗いている。
まず目に入ったのは大きな鍋だ。
学校の給食を作るやつに大きさも形もそっくりの物が一つ、火にかけられて湯気がもうもうと立ち上っている。
中を覗くと、大きく乱切りにされた野菜の合間に鳥の足のようなものが突き出ていて、ぼこぼこと煮立つ泡の中で踊っているように見えた。
時々何かの頭らしきものが浮かび上がってくるのを、鍋をかき混ぜているおじさんが、掛け声をかけながら大きな木のヘラで叩いている。
その様子はまるで剣術の練習のようにも見える、つまり、料理としてはとても大雑把な感じだ。
ざっと見渡したところ、調味料は白と茶色の二種類の粉、おそらく塩と砂糖かな、あとはさっき広場の市で見たパペルという香辛料と、何かの液体が1種類あるだけで、まぁ、味も推して知るべしというところだろうか。
うーん、今のうちに調味料とか料理のレシピなんかの情報を集めて、来たる日に備えておかないと、文字通りマズイことになりそうだ。
「いゃー、それにしても驚いたねぇ……エイ! 若返っちゃうんだからなぁ……トリャ!」
「スワニーさまが嫁入りされたときのことを思い出したよ、ちょうどあんな感じだったよねぇ」
大鍋の中で浮き沈みする何かの頭をへらで叩くおじさんと、その横で大きな鳥をさばいているおばさんが大声で話をしている。
ここでもあの噂で持ち切りだ。
「早いもんだなぁ、あれからもう10年か……エイ!」
「あっという間だったねぇ……それにしてもスワニーさまだけ若返っちゃって、御館さまは大丈夫かね?」
「うーん、そこだよな、この元気鳥のスープで精を付けてもらわなきゃ、トリャ!」
「突貫イノシシも丸ごと放り込んだし、今夜あたりまたお子を授かるんじゃないかい?」
あぁ、あれはイノシシの頭なのか、ちょっと安心……っていうか、あの若返りのせいで、こんなところでも人に気を遣わせているのか、ごめんなさい。
「ははっ、そうだな! あっ! お子といえば命名祭の料理、どうするよ? 今度の坊ちゃんはアムートさまの御使いさまだ、普通のモノは出せないだろ」
おじさんがへらを振り下ろすのを止めて考え込んでしまった。
えっと、アムートさまの御使いって僕のことだよね……まだ名前がないからそう呼ばれているのか。きっとその命名祭とやらで名前のお披露目があるんだろう。
ふと母さんの笑顔が頭に浮かぶ。
「あなたのお名前、決めましたよ」
あの時、母さんは確かにそう言った。
どんな名前を付けてくれるんだろう……
「それなんだけどね、騎士隊の若い衆から聞いたんだけど、御館さまは今度の『暗い森』の調査で大物を狙ってるそうだよ。あっ、これはスワニーさまには内緒だよ、驚かせるんだって言っていたから」
「そうかそうか! そりゃ楽しみだな、腕が鳴るぞ、トリャ!」
おじさんが、また元気にヘラを振り回し始めたの見て、僕は次の場所にカメラを移動しようとした。そのとき……
「お嬢様! いけません! ヒルダさま~っ!」
叫び声が聞こえた。
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