バージョン6.5 お世話係の3人

 スマートシティーにおいて、ポイントをスコアと交換してランクがSランク以上に上がる場合、レベルアップ検定を受検する必要がある。この検定に不合格の場合、スコアは上昇してもランクは上昇しない。



「ここまで来れば、楽勝ですね! (全部、ノーマルエンドですけど……。)」

「そうだね。あと6人までこぎつけたよ。けど、まだ油断ならない!」

「佐智子のことはいい加減、諦めたらどうです?」

「たしかに、そうしてしまえば気が楽になるけど……。」

「言い忘れていましたが、ハーレムエンドは四尺玉1000連発です!」

「じゃあ、佐智子さんも攻略しないと! (ていうか、ハーレムエンドって?)」

「いいえ、早々に追放してしまえば、分母に入りませんから!」

「それって、佐智子さんを犠牲にして俺が幸せになるってことにならない?」

「お嫌でしたら、佐智子の方に出て行ってもらえばいいだけです」

「同じことのような気がするなぁ……。」

「佐智子だけでなく、ひかりさん問題も残ったままです!」

「そう考えると、まだまだ先が思いやられるなぁ……。」

「悩む必要はありませんよ!」

「そうだね! 目の前のことを一生懸命やればいいだけだね!」

「その通りです!」

「よしっ。踏ん切りが着いた。早速ぱっくんしよーっと!」

「その前に、聞いていただかないと。(清様、がっつき過ぎですよっ!)」

「そ、そうだった、そうだった」

「参ります! 名付けて『デバイスの追加機能発表会』。(ぱちぱちぱちぱち!)」


 それは、清にとっては目から鱗の新機能だが、AIにとっては目からビームの新機能。AIは目から銀幕に映写する機能を追加したのだ。さらに、映像データの修正・編集まで行える。この機能は、映画作りを大いにサポートしてくれそうである。


「ひょっとして、俺のために?」

「はい。清様のお気持ちを知ってしまった以上、そうせざるを得ません!」

「AI! ありがとう。本当に、ありがとう! (愛してるよ、AIだけに)」

「そのようなお言葉、身に余ります! 私は、清様のモノですからっ!」


 清は強い味方を得て、さらに前向きになった。


 この日、便所掃除係とそのお手伝いで、朝食を兼ねてのミーティングを行う予定になっていた。清が食堂に着いたときには、32人の住民のうち、31人が揃っていた。そのなかには佐智子もいて、いなかったのは大森ひなのだけだった。


「あーっ。佐智子さん。おはようございます……。」


 清はなるべく低姿勢に挨拶をした。


「おはようございます。今日は、貴方にお願いがあって来たのよ……。」

「えっ? 俺に、佐智子さんがお願い? それは嬉しい何でも言ってください!」

「祥子と由香とれいこの3人に、貴方と一緒に便所掃除をさせてあげて欲しいの」

「なっ、なんとっ! 大歓迎だよ! でも、どうして佐智子さんから?」

「頼まれたのよ、3人に。頼んでくれって」

「じゃあこの際、佐智子さんも一緒に便所掃除をしません?」

「はぁ? 何故この私が、貴方なんかと一緒に便所掃除をしなきゃならないの!」

「いっ、いや。別に深い訳は。(貴方なんかって、キツいよ……。)」

「私は、男の人が大っ嫌いなのよ! だから、貴方のこともキライなの!」

「あはははは。そうですよねぇーっ!」


 清は白目だった。そんな2人のやりとりをこれまで黙って聞いていた晴香が口を開いた。


「清くん。私は、貴方と便所掃除をしても良いわ! その代わりお願いがあるの」

「晴香さん! ありがとうございます! (捨てる神ありゃ何とかだねっ!)」

「私の持ち場を、2人分にしておいて!」

「えっ? どうしてそんなことを? (1人分でもありがたいのに!)」

「例えば、お手伝いさんが増える度に会議ってのも不経済でしょう!」


 晴香は一瞬、佐智子をちらりと見たあと、今度はガン無視して清の方を向いてウインクしながら言った。それは、佐智子が合流した際にスムーズに担当便器を決められるようにという配慮だと清は受け取った。


「はい。分かりました! そういうことなら、遠慮なくそうさせてもらいます!」

「ちょっと待って。だったら、清くん、私のも2人分にして!」


 そう申し出たのは、あきだった。あきはちゃんと知っていた。ここにいないもう1人の住民のことを。だから晴香と同じようにいつでも譲れるようにと名乗り出たのだ。これには、他の住民たちも反応した。


「そんなの、新入りのあきがやることじゃないわ! 私がやるわっ!」

「いいえ。私がやるんだから!」

「私よ!」

「……わ……た……し……よ……。」

「私!」

「私よっ!」

 ……。


 気が付けば、佐智子を除く全員が立ち上がっていた。そして、佐智子を2重に取り囲んで、プレッシャーをかけていた。そのプレッシャーを、佐智子は自分が頼りにされているんだと感じてしまう。そして、頼られたら面倒を見るというのは、佐智子の父親のモットーで、佐智子が受け継いだものだった。だが、佐智子が素直に手を挙げたわけではない。佐智子は大きな葛藤の中に身を置いていた。手を挙げれば周囲の期待に答えることができる。だがそれでは清を王として認めたことになってしまう。佐智子は迷いながらも、動き出す。


「仕方ない……。」


 佐智子は言いながら右手のひらで4分円の弧を描きそこでプルプルと手を震わせた。ここから先は、もう後戻りができないゾーンに突入する。その手前でギリギリの抵抗をし、夋巡に喘いでいた。佐智子は周囲を見渡した。キラキラと輝く瞳が幾重にもなって佐智子を取り巻いていた。期待の現れだ。晴香は決着したことを確信し、レモンで色付いた紅茶をずずずっとすすりながら飲み干した。


「……こっ……ここは、私が!」


 佐智子がそう言ったときにはもう迷いはなかった。上げられた手はビシッと真上に伸びていて、しっかりと耳についていた。


「どうぞどうぞ!」

 ……。


 どさくさに紛れて、清も斉唱に加わった。


 これで清が王でありこの都市が王都御殿型であることに同意した住民は31人になった。便器は32に分けられ、あきに代わり佐智子が2人分を受け持つことになった。見上げた責任感だ。


 ミーティングが終わりかけたとき、高井姉妹から映画や舞台のはなしがあった。昨夜よく考えて、3人では到底できないことだという結論に至り、殊勝にも他の住民に支援を求めたのだ。一同、静まり返るなか、最初に口を開いたのはさくらだった。


「映画と舞台。オワコンだけど、何故か格好いいわっ! それが清くんの夢ーっ?」

「本当は、映画は作るより見る方が好き。けど、最近の映画は3Dばかりで……。」

「……銀幕! 銀幕に映写するタイプの昔の映画」

「そっそうそう。あきさん、よく分かったね! 俺が好きなのは、銀幕映画。あと舞台!」


 あきは、清専用の飛行機に乗った際に舞台上にスクリーンがあるのを見逃していなかった。というよりも、気になっていた。ゴーグルを付けて見る3D映画が主流の昨今、銀幕というのはあまりにも古いが、不思議と最新式の機内環境に調和していた。一同の中には、銀幕と聞いてもピンとこない者もいた。そんな中、数多くの作品を列挙する者がいた。ひかりだ。


「『スマートシティーの休日』・『便所掃除協定』……。」

「そうそう。俺も全部見たよ! 最高だよね!」


 ひかりの挙げた作品は、どれも清のお気に入りだった。2人はいつの間にか互いの感想を言い合うようになった。そして気が付けば、2人きりになっていた。他のみんなは、既に便所掃除の支度をしていた。


「ラストシーンといえば『猿のスマートシティー』には驚かされたよ!」

「SF超大作の到達点ともいえるわ!」

「いやいや。ヒューマンドラマにも見応えがあった」

「『素晴らしき哉、AI生』も、最高よね!」

「あぁっ! 現実にはいないだろうけど、映画の中には悪い奴がいるんだよな」

「キューティクルのない天使もいると良いのにね!」

「違いないや! でも、友達が多い人生って、最高だろうな!」

「そうよね。映画って、本当に良いものよね!」

「あはははは。それは言い過ぎ……。」

「演劇も、魅力的なものがたくさんあるわ!」

「何と言っても『レ・ミゼラブル』が最高だよ!」

「渋いのね。宗教観が半端ない作品だけど……。」

「人が人の心を打つというのは、そういうものなんだよ、きっと!」

「私は、『美女と野獣』が好き!」

「ジャン・コクトーだね。芸術のデパートと呼ばれた!」

「切ないこいばなだけど、しっかりハッピーエンドに持ち込んでくれたわ!」

「でも結局、みんなで観ることができるってのが1番の良さだよ!」

「そうね。私も幼少期に家族で観たのを忘れないわ!」

「映画も舞台も、サイコー! って、あれれ……。」


 清はようやく食堂に2人きりなのに気付いた。それを見て、ひかりも気付いた。


「私たち、いつのまに、2人きりに……。」

「そうみたいだね!」

「じゃあ私、便所掃除に行くから!」

「それでは、また今度。さよなら、さよなら……。」


 みんなの便所掃除を手伝ったあと、清はふと、ひなののことが気になった。ひなのとは、親しくお喋りをしたことがないばかりか、その姿でさえほとんど見ない。ここまでくれば、ひなのと一緒に便所掃除がしたいと思うのも、無理はなかろう。清は9階へ戻り、AIにひなのの姿を見せるように命じた。


「ひなのは、清様に全く興味がないようです」

「じゃあ、何に興味を持っているのかなぁ」

「修行です。勇者になるための修行に明け暮れています」

「修行……なのか……。」


 このときのひなのは御遷御殿の直ぐ北にある山岳地帯の森林公園で修行をしていた。いつかは魔王を倒すと本気で考えていたから。ひなのはもう、とどめを刺すための武器を決めていた。それは、弓矢。


「兎に角、きっかけを作らないと!」

「では、参りましょう。便所掃除王、出撃せよっ!」

「ラジャー!」


 ノリで9階を飛び出した清だったが、ひなのと接触する方法は何も思いつかなかった。AIもひなのが修行している場所の近くにある大きな建物に清を連れて行くこと以外、何も思いつかなかった。そんなときのAIは、決まって体育会系のノリへと変わる。


「まぁ、ヤってみるより方法はありませんよ! あとは何とかなりますから!」

「でも、人里離れて修行するひなのさんが、どうしてお世話係になったんだろう」

「記録によれば禅譲。前のお世話係が卒業する際にひなのを指名したのです」

「ひなのさんには、指名されるだけの何かがあるってことだよね」

「ひなののスペックは、そのほとんどにおいて最高クラスです!」

「そんな人がどうして、魔王討伐なんて言い出すんだろう?」

「強さ故、ということなのでしょう」

「じゃあ俺が、ひなのさんに勝てばきっと……。」

「……無理ですよ、今の清様ではね」

「そんな、食い気味に否定しなくっても……。」

「……無理なものは、ムーリ! 自惚れないでください」

「じゃあ、俺はどうすれば良いんだろう?」

「そんなの、御自分でお考えください。何でもいいからやってみてください!」


 AIに突き放される清だった。


「悩みごととか、弱点っていうのはないんだろうか……。」

「ありますよ。ひなのはおっぱいにひどいコンプレックスを感じています」

「それはまた。相当小さいってこと。(Aとかかなぁ?)」

「AAです。トップとアンダーの差が6cm程度の」

「それは、すごいや……俺より小さいかも」

「だから修行しているのですが、修行すればするほど抉れていきます!」

「えっ、エグいなぁ! (抉れているだけにね……。)」

「……。」


 バスが大きな建物の前に停まった。ここには便所がない。正確には、便所はあるが、便器がない。使用頻度があまりにも低いから、200年ほど前に撤去された。だから人が寄り付かない。だからひなのにとっては都合がいい。ひなのは、いざ異世界へ行くことになった際に、用をたすのに抵抗を感じないよう、日頃から森の中の適当なところに穴を掘り、埋めている。清が接触を試みたときは、その直後だった。清は白々しく言った。


「あのーっ。この辺にひなのという女の人はいませんか?」

「会って、何とするでござる?」

「はい。一緒に便所掃除をしようと誘おうかと思って……。」

「……帰れ! ここは其方のくるところではないでござる!」

「そんな、一方的に! 俺にだって、目的があるんだから!」

「仕方ない。寄らば、切る!」


 ひなのは弓を置き、刀のようなものに手をかけた。清は思わず低い姿勢をとった。


「何をっ! (お、俺って悪役じゃん……。)」

「……。」

「……。」


 しばらくの睨み合いののち、ひなのが刀のようなものから手を放して言った。


「つまらぬモノを切るところであった。其方、丸腰でござるな!」

「いいや。俺には、コレがある! 映像は、剣よりも強いんだ!」

「……面白い。それほどの猛者ならば、遠慮なく手合わせ願おう!」

「えっ? いや、良いよ。良いですよ。俺は、ひなのさんとお喋りが……。」

「……其方が勝てば、ひなのは其方のモノとなろう!」

「……! (どっ、どうしよう! 煽っちゃったみたい……。)」


 さっき置いた弓をひなのは清に渡した。そして20mほど離れたところに、何故か持っていたリンゴを置いた。


「さぁ、射抜いてみよ! さすれば、ひなのは其方のモノでござる」

「射抜けば、ひなのさんは俺のモノ……でも、それじゃダメなんだ!」

「何だと? 其方、ひなのが欲しくないのか? ぺちゃに興味はないと申すか?」

「……! (やっ、やばい……怒り出したよっ! どっ、どうしよう……。)」

「さぁ、吟味するでござる。刀の錆となるか、それとも……。」

「……何度言ったら分かるの? 俺はお喋りしたいだけなんだ!」

「なっ、何? そのような世迷言を……。」

「どうしてさ。男なら、かわいい女の子とお喋りしたいのは、当たり前!」

「……そ、其方はひなのがかわいいと申すのか?」

「あっ、あぁ。海開きのときに見かけて思ったよ。かわいいって!」

「……だが、相当なぺちゃ振りでござる……。」

「そんなの、関係ない!」

「……かなり、エグく抉れているでござる……。」

「そんなの、関係ない!」

「……彼氏いない歴イコール年齢でござる……。」

「そんなの、関係ない! (俺もそうだし……。)」

「……おっぱい、ぴしゃんでござるぞ……。」

「そんなの、関係ない!」


 ひなのは、みるみるうちに目を潤ませていった。そして、もの腰も女性らしくなっていった。まるで、呪いから解放されたお姫様のように。


「……分かったでござる……其方の探している……ひなのは……私です!」

「そんなの、関係ない!」

「えーっ! (うわぁーん! ひどいわ、この人……。)」

「あっ、ごめんなさい。関係は、これから、これから!」


 こうして、清がひなのの呪いを解いたみたいなはなしの流れになり、ひなののござる言葉は消え失せ、清と一緒に便所掃除をヤルことに同意した。清は、呆気なく32人全員の同意を取り付けた。それは、清がこのYKTNに来てからまる2日も経たないうちだった。後世、この足掛け3日は、『奇跡の48時間』と呼ばれることになった。

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