第9夜 鬼

「お前ら生粋の鬼共は、“あやかし”みてーに化けられるモンばっかじゃねーからな、その爪、角、牙、ありとあらゆるモンが人間とは違う。」

東雲しののめの蒼い眼はぎらりと光る。角を持たない鬼は何ら人間とは変わらない。黒髪に風貌も青年そのものだ。ただ、1つ不気味なのがこの眼だ。

「そこに“ヒト喰イ”だ、お前はどうなんだ? 傍に人間がいんのに喰わねーのかよ。俺よりもお前の方が“半端者ハンパもん”だよな?」

東雲のその言葉に楓の蒼い眼は、ちらっと少年に向いた。心配そうにこの状況を見つめる“碧の眼”。赤み掛かった茶髪からその眼は覗く。

「喰わねーよ、オレは。」

と、言ったが実際のところ楓にもわからないのだ。平安の時代に生きていた頃は、喰っていた。それは“食欲”として沸くもので、自身で制御出来るものではない。“本能”である。

だが、退魔師“螢火の皇子ほたるびのみこ”に会い、“蒼月の姫そうげつのひめ”から“深蒼の勾玉”を貰った時から、“ヒト喰い”への渇望は無くなったのだ。更に、人間を食べなくても生きていける。身体が衰弱する事もない。人間と変わらない食事で済んでしまう。楓は“そうなった”のだ。

それは今も何ら変わる事はない。今も。


(思えば…….俺は楓の事を何も知らない。今は普通に“人間ヒト”と、変わらない生活をしてるが……、実際は人間を喰う鬼だ。)

葉霧は、東雲と対峙する楓を見つめた。“鬼”と言う生物であるが、同時に“楓”と言う個が最早、彼の中で確立してしまっている。

それが“楓”なのだと、まるで個性の様に受け止めてしまっている。

だが、こうして話を聞いてみるとやはり、浮かぶ。

“鬼なのに何故……彼女は、人間を喰わないのか”

人間の“食欲”と同様の、本能。

それを何故、彼女は欲しないのか?

それが、葉霧に浮かんだのだ。


「だから何でだ?」

黒い長めの前髪から楓同様の蒼い眼は、睨みつけた。吐き捨てる様に東雲は、そう言った。

「喰いてーと思わねぇ。」

楓は真っ直ぐと東雲を見たのだ。

東雲は、妖刀修羅刀の刃を右肩に乗せると

「は? お前は“鬼”だ。人間の匂いと血、それで食欲が沸く。それは止められるモンじゃねー。人間がウマそーな匂いでハラが鳴るのと、同じ原理だ。」

そう言ったのだ。

半分、呆れてる様な表情をしたのだ。

だが、楓はぶんっと妖刀夜叉丸を振り下ろした。

「うるせー! オレは喰わねー!」

怒鳴る楓に、東雲はふんっと小馬鹿にした様に笑う。

「大事な人間に嫌われたくねーからか? お前のその“威勢”は、誤魔化してんだよな?」

「うるせーよ! まじぶっ殺す!!」

頭に血が昇ったのか、それとも的を得た意見だったのか、楓は刀握り右足で地面を蹴った。

ロケット噴射の様に刀を突き出し、東雲に飛び込んでいったのだ。

東雲は左手を構えた。

飛び込んでくる楓に手を向けた。

「“邪竜”。」

東雲の左手から放たれたのは黒い炎の龍であった。それは彼の鬼火がその姿を現したのだ。

「!!」

楓は突っ込んでいたが、目の前から大口を開け黒龍が飛んでくるのを見て、顔色を変えた。

(間に合わねー!!)

鬼火を発動する時間も、避ける時間すらも彼女には与えられなかった。

大口開けた黒龍は、楓をばくり。と、頭から齧り付いたのだ。

「楓!」

葉霧は、黒龍に飲み込まれた楓に飛び出そうとした。黒龍が楓の頭を齧りつき、その胴体を天を仰ぐ様に起こした。楓の足だけがその口からはみ出していたのだ。

まるで蛇が獲物を食らう。そんな光景だった。

それも、黒龍は楓の身体を丸呑みにしたのだ。

「邪魔するなよ。見れるんだぜ? お前の知りたがってる“本来の鬼娘”が。」

東雲は、葉霧ににたぁと不気味に口角あげて笑ったのだ。

「どうゆう意味だ?」

葉霧がそう聞いた時だった。

楓が飲み込んだ黒龍は、胴体だけであったがその姿を完全体の龍へと姿を変えたのだ。

東雲は、身長170を超えている。

180超える葉霧よりは低いが、それでも大きい方だ。人間の青年からすれば。

細マッチョな彼の隣で、黒炎に包まれた龍は長い尾を揺らした。

大蛇、正にそれが目の前に現れたのだ。

「なんなの?」

共に、楓と東雲の戦いを見ていた“霊能師の生き残り”、穂高沙羅は目を見開く。

「やっぱ……“生粋”だな? いや、コイツは格が違う。飲み込んだだけで、俺の力は倍増した。わかるか? コイツのお陰で、俺の力も“覚醒”した。」

「え?」

葉霧は東雲の声に目を見開く。

東雲は、40メートルはある天井まで届きそうなほど、その体長を巨大化させた黒き炎の龍の隣で、葉霧に左手を向けたまま笑ったのだ。

「なんでこの女が封印されたか考えた事があるか? あの“最強の退魔師”……螢火の皇子が、ビビった理由を。」

沙羅は飛び出していた。

東雲の左手からそれは放たれたからだ。

「葉霧っ!!」

沙羅は葉霧の前に立ちはだかったのだ。

三日月のカタチをした大鎌を構えて。

東雲が放ったのは、黒き黒龍。

楓を飲み込んだ龍だ。

「穂高っ!!」

葉霧は、目の前で沙羅がその黒龍に齧り付かれ飲み込まれたのを見て叫んだ。

「沙羅っ!!」

叫んだのはーー、新庄拓夜であった。

彼女は、黒炎の龍に飲み込まれた。


「剣や槍、ナイフ、武器で殺されるより人間ってのは、こうゆう“得体の知れねーモン”に殺される方が、ゾクゾクするだろ? 明日にはネットニュースになってるかもな?」


あっはっはっ!!

東雲はーー、高らかに笑った。

楓と沙羅を飲み込んだ黒き炎龍2頭は、葉霧と拓夜を睨んでいた。

その“黄色の眼”で。

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