第7夜  暴れたあとの償い

 ーー倉庫の中は静まり返った。


 黒坊主が死滅したことで、それまで葉霧と沙羅に襲い掛かっていたあやかし達の、動きが止まったのだ。


 だが、その目は狂暴なままであった。

 ただ、目の前で黒坊主を殺し鬼火で大勢のあやかし達を、焼き尽くした楓ーーに、怯んでいる様子であった。


「次はてめぇらか?」


 楓は刀を握り、あやかし達に振り向いた。


 あやかし達はその身体を退く。


 本能で、“狩られる者”側だと認識したのか、微動だにしなかった。


 葉霧も沙羅も一種の硬直状態に、ただ様子を伺うしかなかった。


「オレ達は……なにを……」


 と、その中であやかしが呟いた。


 それを皮切りにする様に、その場にいたあやかし達の様子が、変わったのだ。


「……ここは?」

「いや……なんでこんなとこに……」

「変な坊さんが来たんだよな?」


 と、辺りをきょろきょろと見回し始めたのだ。


 化け狸、バケ狐、化け猫、河童、鬼。獣人系……と、様々な姿をしてはいるが、その表情は困惑していた。


 さっきまでの獰猛さと狂暴さはない。


「……薬の効果が切れたのか?」


 葉霧はそう呟いた。


「あ。なんか“失敗作”だったから、改良したみたいなことも、言ってたわ。」


 と、沙羅はふと“きょう”の言葉を思い出した。

 葉霧はそれを聞くと、近くにいる青緑色の身体をした小柄な河童に、


「何があったか覚えているか?」


 と、そう聞いた。


 楓はその様子を見ると、夜叉丸を背中に背負う。

 葉霧と沙羅の方に向かう。


 河童は水色の眼を向けた。

 葉霧よりも背が低く深緑の甲羅を背中にしょった河童だ。


 その顔はどことなく幼い。


「あ……。オレ達この近所の工場で働いてるんだ。そこに突然、坊さんと……迷彩柄の服着た男が来たんだ。」


 河童は水かきのついた手をしている。

 葉霧の方を向くと、話を始めたのだ。

 その隣には、化け猫の男性。


 服はそれぞれだ。獣人系のあやかし達は、服装は人間と変わらない。ジーパンやポロシャツ、作業服などを着ていたりする。


「迷彩服の男が、なんか“丸いボール”みたいの投げたら、紅い煙みたいのが出たんだ。そしたら頭がぼ〜っとして、気がついたらここにいた。」


 と、河童はそう言った。

 すると


「ああ。そうだった。そうだ。」

「俺もそうだ。」


 と、廻りのあやかし達も次々と、頷き始めたのだ。


「その後は?」


 そう聞いたのは、葉霧だ。

 咎めている様子ではない。その表情は険しさを滲ませているだけで、怒っている様子ではなかった。


「ああ。坊さんが錫杖振りかざしたんだ。そしたら黒い煙が出て……なんか……“暴れたくなった”んだ。」


 と、河童は戸惑った顔をしていた。

 困惑した様にその目が揺らぐ。


「気がついたら……こんな状態だよ。」


 と、そう言ったのは白い狐の男のだ。顔は狐。姿は人間だ。


「暴れた時の事は覚えてねぇのか?」


 と、楓が聞くと


「カーッとなってたのはわかるよ。なんか身体も熱かったし、けど、なにをしていたのかはわからないよ。気がついたら今。ここにいる。」


 と、河童はそう言った。

 周りのあやかし達も頷いていた。


(“錯乱状態”に陥っていた。と言うところか。まるで……“闇喰い”や“憑き神”みたいな話だな。)


 葉霧は、以前。目にした者達の事を思い出した。とり憑かれた者達は、正に今……ここに居るあやかし達と、同じだった。


 気がついたら何も覚えていない。

 狂暴化して暴れる。

 一緒であった。


 ただ、妖狐釈離や氷瑚ひょうごは別だ。

 彼等は記憶があった。それは“自身の中で戦っていた”からだ。


 ここに居る者達は、とり憑かれた人間と同じ状態にいた。


「具体的に何を言われたかは、覚えていないのか?」


 葉霧は河童にそう聞いた。

 周りのあやかし達は、怪訝そうな顔をしながら話をしているからだ。


「いや。“目を覚ませ”としか言われてないな。」


 と、河童はそう言った。


(……なるほど。彼等を使って何をするつもりだったのか……は、何となく想像がつくな。“人間を襲わせる”のが、目的だったんだろう。)


 葉霧はそう思う。


「う……」


 と、声がしたのはそんな時だ。

 新庄は目を開けたのだ。


「拓夜!」


 沙羅は直ぐに駆けつけた。

 その様子をあやかし達も見ていた。


「あの人間は……怪我をしているな。もしかして……オレ達か?」


 と、河童は葉霧にそう聞いた。


 すると


「そうよ。責めるつもりはないけど……。教えとくわ。」


 沙羅がそう答えたのだ。

 その表情もまた困惑していた。


 お互いに被害者。それがわかったからだろうか。


「そうか………」


 と、河童は言うとぺたぺたと水かきのある足で、地面を歩く。沙羅に支えられて身体を起こした新庄の傍に、近寄ったのだ。


 しゃがむと


「気を悪くしないでくれ。人間。覚えていないんだ。」


 と、水かきのついた両手を、少しあげた。


 その手には蒼白い光が集まる。


「え……」


 新庄は河童が右側の側頭部に、手を翳すのを知って驚いた。

 河童は傷口に手を翳していた。


 光に包まれた両手を。


 楓と葉霧もそれを見つめていた。

 身体を支える沙羅は、目を見開く。


「治癒能力があるからさ。治すよ。悪かったな。人間。」


 と、河童はそう言ったのだ。


(……あやかしが……俺の“傷”を癒やしてるのか?)


 新庄は少し温かい頭の上の感覚に、驚いていた。

 これまで“あやかし”は、彼にとって“捜査対象であり敵”であった。


 だから、とても驚いていた。


「消えてく……傷が。」


 沙羅は蒼白い光に包まれている、新庄の傷口を見てそう言った。傷口がどんどんと薄まってゆく。


 河童は、新庄の傷が癒えるまで続けた。

 完全に傷口が消えると、手を離した。


「もう大丈夫だ。」


 と、新庄を見下ろした。


「……」


 新庄は右手で頭を触る。


「え? すごい。何ともない……」


 手に触れたのは髪であった。それに頭のカタチそのもの。

 さっきまでの痛みすら消えていた。


「ありがとう」


 新庄はそう言っていた。

 その顔はとても驚いていたが、恐がっている様子ではなかった。


「いや。いいんだ。オレ達がやったんだから。」


 河童は酷く申し訳無さそうな顔をしていた。

 新庄はその顔を見ると、何処と無く微笑んでいた。


(まさか……こんな触れ合いするとか、思ってなかったな。来栖さんの話とか聞いてたし、今まで会ったあやかしも……おっかないのばっかだったし……)


 と、新庄はそんな事を思っていた。

 目の前の申し訳無さそうな顔をする河童を見て。




 ✣



 正気に戻ったあやかし達は、それぞれ人間に化けて倉庫から、出て行った。


 河童は最後まで河童のままで、


「あの坊さんが言ってたんだ。この“現世であやかしの時代”が来る。って。何の事だかわかんないけど……」


 と、そう言った。


 葉霧と楓はそれを聞きながら、河童の瞳が揺らぐのを見ていた。


「……今回みたいな事があったら……オレ達“あやかし”は、きっと人間を襲うだろうな。あやかしだから。」


 河童はとても悲しそうにそう言った。


 その姿をグレーの作業着を着た二十代後半ぐらいの、人間の青年に変えると、倉庫を後にしたのだ。


 楓と葉霧は、その後ろ姿を見つめていた。



 その後ーー、事件のあらましを楓と葉霧は、新庄が運転する車の中で聞いた。


 今回の騒動は、“飲食店で喧嘩をしていた男女”が始まりであった。店内で喧嘩をしていた男女を、店長が注意を促した。それに激怒した男性が、女性を連れ店を飛び出した。


 店長は、無銭飲食と女性が危険だと判断して通報。屋上に向かった事を告げた。

 直ぐに、来栖と新庄が駆けつけ……屋上で遭遇した。


 逃げてしまったあやかしの行方を探していた時に、この“倉庫付近”の人間から通報があった。

 不審な人物が彷徨いている。と。


 その為、負傷した来栖の代理で一緒に来ていた沙羅と、新庄はこの倉庫に訪れた。

 そこで、自我を忘却したあやかしに襲われた。


「驚いたわ。あの“黒い煙”に当たった途端よ。人間からあやかしに変わったのよ。それも“突然”」


 と、車の助手席で沙羅はそう言った。


「……逃げたあやかしは?」

「わかりません。もしかしたら……“死んだあやかし”の中にいたかもしれません。」


 新庄はハンドルを握ってそう言った。


 楓と葉霧は、顔を見合わせていた。

 後部座席で。


(……東雲……。現世を“混沌の世”にでもするつもりか?)


 楓は右手を握りしめていた。

 その眼は鋭く光っていた。

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