第34話

「それなら良かった」



「ねぇ、会長さんは遊んだりしないの?」



「あー……あの人は俺たち後輩を見てるだけだから」



頬をポリポリと掻きながら、なぜか微妙な表情をする。その視線は私ではなく会長さんを見ていた。



「黒炎君。良かったら、私達とビーチバレーしない?」



「人数が一人足りないんだよね~」



黒炎くんが会長と距離を離れるや否や、女子たちは私そっちのけで黒炎くんに喋りかける。私がいること気付かれてない? いや、おそらく気付いていても自分たちが黒炎くんと遊びたいから誘ってるんだろうなぁ。



「で、でも朱里が……」



「えー、付き合ってるわけじゃないし良いじゃん」



「ほら行こう、黒炎君」



グイグイと腕を引っ張られ黒炎くんは女子たちと一緒にビーチバレーをしに行った。私はその光景をただ見てるだけしか出来なかった。



“付き合ってるわけじゃない” たしかにその通りだ。



(わかってる、そんなこと!)



私は海に潜った。

このまま海が私の汚い気持ちを流してくれればいいのにと思いながら。



まだ付き合ってすらいないのに、ヤキモチなんて変な感じ。



付き合ってないっていうか、告白も出来なかったし。



せっかく、可愛い水着を新しく買ったのにパーカー着てるんじゃ意味ないか。

私の水着姿を見たら黒炎くんは可愛いって言ってくれるのかな?



もしも言ってくれたとしても、それは幼馴染としてなんだろうけどね。



「……いっ!?」



いきなり足に激痛が走る。必死に上にあがろうともがいても全然いけない。

どうやら、足をつったみたい。



どうしよう。このままじゃ、溺れちゃう!



「たすけ……!」



バシャバシャと水面が揺れているのが気付いたのか、みんなが騒いでいた。



「え、なんであなたが……!」



「そうですよ! 先生たちを呼んだほうが」



「それだと手遅れになります」



薄れゆく意識の中で、私は心の中で黒炎くんの名前を呼んでいた。

一歩間違えたら死ぬかもしれないっていうのに、私の中は黒炎くんでいっぱいなんだ。



あれ……誰かが私を助けに来てる? そんな気がする。



誰なの? 私は差し出された手を握り返すことしかできなかった。



「大丈夫ですか。それと息は苦しくありませんか」



「え……は、はい。もう大丈夫です」



私は気が付くと会長さんにお姫様抱っこされていた。

こういう時、助けに来るのは黒炎くんだと思ってたのに。



「ひとまず日陰で水分補給と手当てをします」



「は、はい」



会長さんはそういうと私を抱えたまま、歩き出す。まわりは「まさか、あの堅物会長が人を助けるなんて!」と言った目線をこちらに向けている。



視線が痛い。ただでさえ会長さんは学校でも目立ってる存在なのに。

でも、こんな平凡な後輩を助けるなんて私自身も意外だった。



「朱里、大丈夫か!?」



黒炎くんがどこからか私を心配して来てくれた。



「柊黒炎。幼馴染が危ない目に遭ってるときに助けに来ないのは幼馴染失格ですよ。大切な幼馴染なら尚更……」



だけど、会長さんは厳しい言葉を黒炎くんにかけた。その目は氷のようで私の背筋まで凍るようだった。



会長さんは私を離すことなく、黒炎くんの前を通り過ぎた。



「っ……俺だって出来るなら一番最初に助けたかったのに」



黒炎くんが何かを呟いていたようだけど、私にはその言葉がなんなのか聞こえなかった。

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