第一部

第2話 寝取られは絶対ありませぇん!

「お〇ん○ん様、今日もお元気ですね♡」


 朝。

 何やら下半身あたりで呟くような声が聞こえて、俺は目を覚ました。


「あら。昨日は抜いていらっしゃらないんですか? それは大変ですね。やっぱり私が毎朝抜いて差し上げる必要があるのかもしれません」


 毎朝、幼馴染の藤咲雪ふじさきゆきが俺の屹立したムスコと話をしている。何を言っているのかわからないと思うが、安心してほしい。俺もわからない。


 しかし放っておくとまた以前のようなことになりかねない。俺は頃合いを見てユキに声をかける。


「ユキ」


「あ、ヒロさん。おはようございます」


「おはよう」


 俺は欠伸を押し殺しながら挨拶を返す。


「昨日はオ○ニーをしなかったんですね」


「なぜわかる……」


「お〇ん○ん様が言ってます」


「いやお〇ん○ん様は喋らないからね?」


「それでも、心は通じ合えるんですよ?」


 どうやら俺の幼馴染は我がムスコと意思疎通ができるほどに通じ合っているらしい。怖い。純粋に、怖い。


 そもそもムスコに心はあるのだろうか。教えてエロい人。


「朝ごはんできてますから。一緒に食べましょう」


「毎朝毎朝すまんねぇ……」


「それは言わない約束ですよ。ヒロさん」

 

 毎朝お決まりとなっている会話をして、俺たちはベッドから出る。

 ユキは最後にムスコと目線を合わせて「また明日、お会いしましょうね」とか言っていた。やはり怖い。




 そうしてユキと2人で朝ごはんを食べたのち、高校へ向かう。



 通学路。隣を歩くのは、幼馴染の女の子。それだけ聞けば、なんとも羨ましがられる光景だなぁと思う。


 ユキは美人だ。

 整った顔だちに、シルバーブロンドの髪。

 クールな印象を与える少し鋭い目。

 名前の通り、雪のように白く透き通った肌。同じく透き通るような声。


 そして何より、スタイルが良い。何がいいっておっぱいが大きい。一言で言うなら、エロい。それは多くの男性諸君の目を釘付けにするほどだ。


 しかしユキは自分に色目を使ってくる男にはすこーしだけ塩対応が目立つ。撃沈した男は数知れず。

 そんな彼女が俺の前でだけは、色んな表情を見せてくれるのだから堪らない。


「ヒロさんヒロさん」


「ん……?」


「どうかしましたか? 私をジッと見つめて」


 俺が見ているのに気づいて、ユキが不思議そうに聞いてきた。

 美人だとか考えていたなんて言うわけにもいかないので言葉を濁すことにする。


「いんや。なんでもない」


「そうですか。私に見惚れていたんですね」


「いやなんでもないって言ったんだが!?」


「ヒロさん。人がなんでもないと言って、なんでもなかったことがあると思いますか?」


「それは……どうだろ?」 

 

 たしかになんでもある時にしかその言葉は使わないような気もする。いつだってなんでもないと言った時に限ってとんでもないことが起こるものだ。


「ヒロさんが私を見ていた。どうかしたのかと問うとヒロさんはなんでもないと言う。それはつまり、私に言いにくいことを考えていたということです。さっきは少し優し目な言い方をしましたが、実際には私を見てえっちなことを考えていたということが予想されます」


「なんで最後えっちなことに繋げたんですかねえ!?」


 おっぱい大きいとかエロいとも考えていたけれども!! ども!


「違うんですか? きっと今朝私に抜いてもらえなかったことを悔いていたんでしょう。だからえっちな妄想をしてしまったんですよね? 昨日抜いてなくて溜まっているヒロさん」


「だーかーらー! その話もうやめません!?」


「ちゃんとオ○ニーはしないとダメですよ。お〇ん○ん様も苦しそうでした」


「わかったから! わかったから天下の往来で卑猥な単語を口にするのやめよう!?」


 こういうところがなければ、本当の本当に、ただ羨ましがられるだけの光景なんだけどなぁと切に思う。


 かなしいかな、俺の幼馴染はいつからか性に奔放になってしまった。

 羞恥心はどこに置いてきてしまったのだろう。


「そこまで言うならしょうがないですね。あ、ところでヒロさん。今日からは新学期ですよ」


「強引に話題変えたなぁ」


 だがユキの言うことはその通りだ。

 今の季節は春。通学路には薄紅の花びらが舞っている。


 俺とユキは今日から高校2年になるのだった。


「また同じクラスになれるといいですね」


「どうだかなぁ」


 俺たちが幼馴染で、仲も良いということは学校側もすでに知っているだろう。生徒同士の仲も鑑みてクラス編成を決めるなんてことも、あるかもしれない。


「ヒロさんは私と同じクラスにはなりたくないですか?」


「いやなれるならそれに越したことはないと思うけど」


「なら良かったです」


 ユキは目を細めて嬉しそうに微笑を浮かべた。そしてさも当たり前のことを言うようにこう続ける。


「幼馴染はいつでも同じクラスだと、相場が決まっていますから」


「それは漫画の話だろ」


「はい。だから私がちゃんと、そうなるように掛け合ってきました」


「はあ? 誰と?」


「学校の偉い人です」


「何それ怖い」


「私……その、……そのですね……」


 ユキはとても言いづらそうにもにょもにょとしながら言葉を紡いでいく。


 俺と同じクラスにしてもらうために、学校側と交渉してきたということか?

 いったいどんな話をしてきたというのか。ま、まさか賄賂か? いつのまに我が幼馴染はそんな悪の道に……。


「ヒロさんと同じクラスにしてもらうために私……偉いオジさんたちとあんなことやこんなことを……」


 …………は? え? なにそれ? そ、それってまさか……。


「私も最初は嫌で、苦しくて辛くてしょうがなかったんですけど、でもオジさんたちとっても上手くて……だんだん気持ち良くなってきて……最後には私から進んでご奉仕しちゃってました……」


 ユキはまるでその時のことを思い出すように恍惚な表情をする。頬は朱に染まり、目はトロンとし始める。そして何やら悩ましい吐息までついていた。



 そんな彼女を見て、俺は絶望するしかない。

 


 そんな……ユキが……? 学校の偉い人たちに? バカな。そんなことあってたまるか。そんな……そんなエ○同人みたいなこと!


「そ、そんなの嘘だ! 嘘だと言ってくれえええええええええええ!!!!!! ユキぃぃぃぃぃぃ……!!」


 俺はまさに必死の形相でユキの肩を掴む。そして泣きながら叫んだ。天下の往来で。大声で叫んだ。

 

「まあ嘘なんですけどね」


「……へ? う、うそ? ほんとに?」


「本当です」


「よ、良かったぁ……」


 その安心はといえばもう計り知れないほどだ。

 危うく学校を爆破するところだった。いや、わりと本気マジで。


「乱暴されたというのは、本当なんですけどね」


「ばかなあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 再びの絶望。俺の視界は闇に染まる。そんな二段構えは聞いていない。


 ユキが、ユキがぁ……。やっぱりこんな学校、いやこんな世界消えて無くなるべきなんだぁ……。ユキを汚したこんな世界なんてぇ……。


「というのも、冗談です」


「こ、今度こそ、ほんとに?」


「はい。本当です。安心してください。私の処女はヒロさんのためにとってあります。どうです? ドキドキしましたか?」


「ド、ドキドキなんてもんじゃねえよふざけんなよ!?」


「ヒロさんの溜まりに溜まった寝取られ願望を消化できたみたいで何よりです。今夜のオカズは決まりですね」


「俺に寝取られ趣味があるみたいに言わないでくれる!?」


 本気で項垂れる俺。今回はちょっと、心にきたよ……ユキさん……。ハートブレイクだよ……。


 俺には寝取られ趣味も、ましてや寝取られ願望なんて微塵もない。

 純愛一筋だ。純愛以外なんていらないのだ。

 

「ふふっ。ごめんなさい。ちょっとふざけすぎました。寝取られネタは控えることにしましょう」


「控えるんじゃなくて金輪際やるな」


 涙を制服の袖で拭きながら本気で訴えかける。


「それは私の気分次第です」


「そんなぁ……」


 またこんな苦しみを味わおうものなら軽く53万回は死ねる気がした。


「でも、そうですね。さっきのはすべて真っ赤な嘘ですが。やっぱり、同じクラスにはなれるといいですね」


 俺を見てニッコリと、花が咲くように笑うユキ。これはきっと俺くらいしか知らない、ユキの本当の笑顔だ。


 そんな顔を見せられたら、もう怒るに怒れないじゃないか。


「……そうだな」


「こうやってヒロさんをからかうのは私の生きがいですから。教室にいる間それができないなんて、ストレスでお〇ん○ん様に全てを捧げてしまいたくなります」


「その生きがいほんとやめて。あと結局卑猥な単語喋りすぎなんだよなぁ……!」


 もはやいつものことではあるが、騒がしい登下校だ。最近までは春休みだったから少しだけ油断していた。

 近所の住人や、同じく登下校している生徒たちに不審な目で見られていたことは言うまでもない。


 でもあの会話を聞けばこの光景を羨ましく思う人なんていないかな。

 俺は涙ながらにそう思う。


 しかしそれでも、俺の幼馴染はエロ可愛い。それもまた間違いないと、俺は思うのだ。


「ヒロさんヒロさん。早く行かないと遅刻してしまいます。遅刻したらきっと、えっちな罰が待っていますよ」


 少し先を歩き始めていたユキがこちらを振り返って言う。銀色の美しい髪がさらさらと揺れる。

 バッグを持った両手を後ろに組んで、ほんの少し前屈みの姿勢だ。

 そしてこちらの様子を窺うような、上目遣い。


「また、どうかしましたか? まさか私にえっちな罰を受けてほしいんですか?」


 言動はどうかとも思ったりするけれど、俺の幼馴染はやっぱり可愛い。そしてエロい。


「いんや。今行くよ」


 俺はそんなことを思いながら頬を緩め、ユキのもとまで小走りで駆け出したのだった。

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