第十六章 ヒビキはプロジェクトの進捗を報告に行く

第十六章 【ヒビキ】

 何日ぶりかでカイシャ来てみたけど、あたしの机あった。なければないで清々したのかもしれないけど。で、なんであたしの机に足のっけてふんぞりかえってんだ、カワイ。

「あ、ねーさん。カイシャ出てきていいんですか? 謹慎9月末までってもっぱらの噂ですけど」

 それはすでに噂でもなんでもないだろ。

うるさいからついて回るなって。あたしは厚生室の住人に用があるの。


 いるかな? いたいた。北村シニアマネ。

「ヒビキくん。よく来たね。進捗はどうだい」

「大方は見えて来たんですけど、聞いてもらえますか?」

 これまでに分かったことを障らない範囲で話してみた。北村シニアマネは聞き終わると、しばらくバランスボールでブーラブーラして、

「さすがだね。そこまで分かったならどうしてここに?」

「まだ宮司さんの奥さんのことが把めてないからです」

「関連があるって思ってるんだ? 社長の案件と」

「はい」

「なぜだい?」

「町長みたいな余所者が、400年続いたかれらのネットワークを勝手にできるとは思えないからです」

「裏に誰かがいると」

「多分、千福オーナーが」

「なるほどね」

「20年前に何かあったんじゃないかって」

「私が、辻沢不動産を落とした時って言いたい?」

「はい」

「何故?」

「3カ月では短すぎるからです。お師匠さんが教えたのなら『碁太平記白石噺』新吉原揚屋の段は3カ月ではあがらない」

「何かあって、強制終了させられたと?」

「そうです」

「まあ、お稽古がどれくらいかかるかは教わる人に拠ると思うけれど、当たらずとも遠からずだよ。ヒビキくん、よく調べたね」

 ここにガラ携の持ち主、調由香利が登場することになるとは思わなかった。レイカのママだ。

 調由香利は知る人ぞ知る美人で、辻沢の男どもが秋波を送っていたのはよく知られた話。ところが北村シニアマネが千福オーナーのところでジョーロリを習ってたころ、何の前触れもなく身籠ったという噂が流れた。彼女をものにした幸せ者はいったい誰か、町の話題はそのことで持ちきりになったが、それが東京の大学の先輩と知れると、辻沢の男どもは大きな落胆を通り越して怒りを露わにした。辻っ子じゃだめだったのか? ごら! と。

 でも、それは表向きの話。当時、宮司の奥さんであるお師匠さんは宮木野神社を出て、千福オーナーのところに居候する形で生活をしていたが、そこに大学を卒業し辻沢に戻った調由香利が行儀見習いに来ていた。ところが突然、お師匠さんは宮木野神社に帰ってしまう。それは、ちょうど北村シニアマネが辻沢不動産を落とした日だ。そして、そのあとすぐ調由香利懐妊の噂が立ったのだという。

 どういうことか。その相手というのが実は千福オーナーだった。そのことを知ったお師匠さんが辻沢不動産の登記簿、権利書その他いっさいを持って千福の屋敷を出、それを北村を介して社長に託したのだ。腹いせだったという人もいるが、どうして社長に渡したのかは今も分からない。以後、二人の交流は絶えた。

 その後、被害にあった辻王の家刀自、レイカの祖母が生まれてくる子の後見人になるとともに、世間体を気にしてカゲ婿としてレイカの父親を迎えたという。

「調家は宮木野さんの直系。千福家は志野婦さんの直系。いわば、が姉を犯した形になったわけ」

 志野婦神社の隠された真実。志野婦は実は男。だから志野婦神社の山車は陽物チ〇ポコ山車。

「ジョーロリが唯一無二の楽しみだった千福オーナーは、絶交とともにそれも断たれてしまってね。それで宮木野が定めたシキタリをことごとく否定し始めた。人を襲わない。人の為すことには黙って従う。その他いろいろね。まるで駄々っ子さ。それに便乗したのが町長。彼は二人の不和を利用することで、我々のネットワークの金と票をかき集めることに成功し町長になるきっかけを掴んだ」

 我々?

「北村シニアマネのお家の屋号って、もしや」

<遅延証明>でも<小房の粂八>でも<鬼平の密偵>でもなく。

「ロ乃辻だよ」

 千福の所に3カ月も入り浸れたのは宮木野の血筋、六辻家の一つだったゆえ。


「お師匠さんは、清算しようとしてるんですかね?」

「そうかもね」

「社長も同じく」

「多分」

「なぜでしょうか?」

「うーん。私にもよくは分からないんだけどね」

「脅迫されたからでしょうか?」

「脅迫? ないよ。あったとして、そんなものがあの二人に通用すると思うかい?」

 やっぱ、ないか。

「調由香利の死は?」

「そうね、それもあるかもね。でも薄いな」

「じゃあなぜ?」

「辻沢をきみたち若い人に託したくなったんじゃないかな。キレイにしてね」

 そんな理由で? でも、それくらいしか思い浮かばないな。社長はともかくお師匠さんがああだから。

 ありがとうございました、北村シニアマネ。これで3プロジェクトの相関が見えた気がします。

 プロジェクト完遂のご褒美で厚生室無くなったら、北村シニアマネにバランス・ボールチェア、プレゼントしますね。紫のがすっぽり収まるやつ。

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