第四節 戦いはツアーの後で

第24話 ツアーの始まり

「いい天気だなぁ……」

 蘭葉駅前の広場で雨村 凛は呟いた。

 時刻は正午より少し前――休日の午前とは何故こうも晴々しい気分にさせるのだろうか。

 まぁ、抱えた問題は多く、解決はおろか、思案すらできていない状況だが――

「そうですねぇ〜、なんだかんだ言って、私も意外と現代風な衣装に慣れてきたんじゃないでしょうか?」

 そう言って、隣で語るは綺華。

 彼女の装いは普段の若草色の着物ではなく、長めのスカートと白いブラウス。そして肩にかけるは薄手のカーディガン。

 鮮やかな金髪と真っ白なブラウスのコントラストに思わず見とれてしまう。

「おや、凛さん……そんなに見つめてどうしたんです? もしかして見惚れちゃいました……?」

「……そうかもね」

「む、意外と余裕そう……ちょっと雪羅さんから聞いていた話と違うかな……」

 聞いていた話とは何なのだろうか。まぁ、どうせロクでもないものに違いないだろうが――

 せっかくなので少しばかり攻めてみようか――?


「綺華……」

「ん? なんです……? 凛さ――ひやっ……!?」

 顔を近づけると、綺華は可愛らしい悲鳴をあげた。

 彼女のキメの細かい肌がほんのりと赤みを帯びてゆく。

「り、凛さん……!? すこっ、少しばかりお顔が近いような……!」

「今日の服……凄く似合ってる……」

「〜〜〜〜ッ!」

 それは紛れもない本心――少しばかりこちらも恥ずかしいが、こういった事はキチッと伝えた方がいいに決まっている。

「も、もう……! 凛さんったら……! お世辞が上手なんですから……」

 髪をかき上げる綺華だったが、その耳は真っ赤だった。

「僕はそういうの苦手なんだけどね……」

「夏音さんと同じ事言ってます……!」

 共に過ごす時間が長いせいか、彼女の考えが伝染うつったのかもしれない――


「ねぇ、綺華……ちょっと気になったんだけどさ――」

「企業秘密です……!」

 先回りされてしまった。

「耳は狐雨 綺華として過ごす時は普通の場所に生えるようになってるんですよ……」

「それってどういう仕組みなのさ……」

 ぶっきらぼうに答える綺華に問う。

「そ・う・い・う! 仕組みなんですっ!」

「分かったから……」

 迫真の顔で詰め寄られ、凛はため息混じりに同意を示した。


「あのカップル、仲良いね……」「ホントだね〜いいなぁ……アタシもああいうカレシ欲しいなぁ……」「アンタじゃムリだよ。というか、パッと見、どっちも女の子じゃん」「て言うか、金髪の人、スタイル良すぎ……」

 ――などという通りすがりの女子高生達の言葉が耳に入り――

「「……!」」

 恥ずかしさのあまり、お互いに視線を逸らしてしまった。

「わ、私が凛さんとカカカ、カップル……」

「言うな……変に意識しちゃうだろ……」

「変って……元はと言えば、貴方が蒔いた種ではありませんか……」

 ごもっともな意見に閉口する。


「おっまたせー! 皆大好き、夏音ちゃんが来たぞー!」

 声の方を見ると、満面の笑みでこちらにブンブンと大きく手を振る夏音の姿があった。

 トレードマークのリボン、ロングスカートにヒール、薄手のジャケット。相も変わらず良いセンスだ。

「待ち合わせの時間、ぴったりですね」

「ああ。そうだね」

 答え、夏音の方へと歩を進める。

「それで? 今日はどうするんだ? 綺華に街を案内するって話だけれど……」

「そうね、色々考えたんだけれど、やっぱり色々なところ歩いて紹介する。ってのが一番かなって」

 まぁ、そうなるだろうな。凛は胸中で呟く。


「という訳で、早速! 駅前広場の反対側、彼方に見えますは蘭葉市が誇る一大施設! 通称――らんばぽーとよ!」

 ズビシッと指を差し、夏音は高らかに語った。

 らんばぽーと――それはショッピングモールやアミューズメント施設が複合された超一大施設――蘭葉市の象徴であり、経済の要なのだ――

「おぉっ……! すっごいですねぇ……!」

「ふふっ……! そうでしょう……!」

 感嘆する綺華に夏音は薄っぺたな胸を張り、誇らしげに語った。

「夏音さんが言うって事は、あの施設……まさか――」

「そう! 小野宮グループ企業 小野宮建設と蘭葉市による一大プロジェクト、プロジェクトRランバ! その集大成よっ!」

 カッコよく言ってはいるが、その中身は駅前再開発だ。

 まぁ、そこにツッコむのは野暮というものなのでやめておくが――


「今からあそこに行くんですか……!?」

 瞳をキラキラと輝かせ、興奮気味に問う綺華。その姿はさながら純粋無垢な子供の如く――

「残念だけど、今日は寄らないわ。時間が足りなくなってしまうから」

「あぅ……」

 実に分かりやすい落胆――ずーん。と音が聞こえてきそうだ。

「ま、今度また行けばいいのよ。凛の奢りで」

「おい」

 唐突な流れ弾に凛は声を上げるが、夏音はさして気にした様子もなく、続けた。

「はーい、じゃあ出発! この私、小野宮 夏音プレゼンツ蘭葉市ツアーの開始よっ!」

「レッツゴーです……!」

「……もしかして、今日も厄日なのか……?」

 凛は呻き、前を行く二人を追いかけるのだった。



「凛君、綺華ちゃん。夏音ちゃんと共に移動を始めました」

「了解。そのまま監視を続けて」

 GSA蘭葉支部、司令室にて――

 雪羅はオペレーターの言葉に答えた。

 目の前の巨大スクリーンに映されているのは市街を歩く凛達の姿だ。

「カメラの感度も良好。無理言って施設稼働を早めて正解だったわね……!」

「司令……これって盗撮では……?」

 そう半目で問うてきたのは夜凪 ソフィア。GSA蘭葉支部 副司令官にして雪羅の右腕。

「人聞きが悪いわね、ソーニャ。いい? これは凛達を守るために必要なの」

「必要……?」

「ええ。敵はいつ攻めて来るか分からない……だから私達はこうやって常にあの子達の行動を見守らなければならないのよ」

 雪羅は淑やかに語る。そう、これは彼らを守るために必要な事なのだ。


「して、その本音は?」

「凛を見守りたい! お姉ちゃんはいつだってあなたの事が心配なの! できる事なら常に目の届く場所に置いておきたい! むしろ全てを管理したい! そう、これは愛! 愛なの! 愛故の束縛――!」

 かつて、コレは過保護と言われた。歪んだ愛情と揶揄された事もあった――

 だが、雪羅は迷わない。何故なら愛なのだから――

「司令、今までよくコレで仕事できてましたね……」

「司令はリンの前では頼れる姉でいたいようですから……」

 ウットリと愛を語る雪羅の姿に、ソフィアは呆れつつもオペレーターの問いに答えた。

「愛! アイ! あいぃぃっっ〜〜!」

 雪羅の熱いラブコールはその後、数分の間続いたのだった――



「……ッ!」

 市街を歩く凛は突如感じた怖気に身体を震わせた。

「凛、どうかしたの?」

「いや、なんか急に悪寒が……」

 夏音の問いに答える。

「風邪でしょうか? ちょっと心配ですね……」

「体調管理には気を配ってる筈なんだけどなぁ……」

 頬を掻き、ぼやく。

 ここ数日は規則正しい生活を心がけてはいるものの、どこかで気の緩みが出ていたのだろうか。もう少し、健康について真剣に考えてみた方がいいかもしれない。

「ま、健康において最も大事なのは思いっきり遊ぶ事! だから、存分に楽しみなさい!」

「その理論はどこから出てきた……」

「ほら、『病は気から』って言うでしょ? だから、思いっきり楽しんで『病を吹き飛ばそう!』って事」

「なるほど……一理ありますね! 流石、夏音さん!」

 瞳を輝かせ、夏音を見つめる綺華。この妖狐、ちと純粋すぎやしないだろうか。怪しい話にホイホイ騙されないか心配だ。


「おや、そこにいるのはもしかして、凛と夏音かい?」

 不意に声をかけられ、一同は声の主へと視線を向けた。

 そこには一人の少女が立っていた。

 カットシャツとスラックスを纏うショートカットの少女。凛のもう一人の幼馴染である神上 皐月が立っていた。

「皐月さん……」

「わぁ……! 皐月さん、久しぶり!」

 皐月の姿を認めるなり、夏音はすかさず彼女に抱き付いた。

「とと、久しぶりだね夏音。最近は大学の課題が忙しくてね……連絡すら出来なくてごめんね」

 皐月はそんな夏音を抱き留め、優しく頭を撫でた。

「凛さん、この方は……?」

「そっか、綺華は会うの初めてだったね。この人は神上 皐月さん。二つ上の先輩で、僕達の幼馴染だよ」

「幼馴染さんでお姉さんですか……」

 説明してやると、綺華は納得したように「うんうん」と頷いた。


「今し方、紹介に預かった神上 皐月だよ。よろしくね」

「私は狐雨 綺華です。凛さんの従妹で最近こっちに来たばかりなんです」

「そうか、蘭葉市は良い所だよ」

 皐月は微笑み、綺華に語った。

「そうだ、皐月さん。今、綺華さんに街を案内しているんだけど、一緒にどう?」

「素敵なお誘いだが、今回は遠慮しておこうかな。先約があるのでね。――と、すまない。そろそろ行かなくては」

「ちぇ、それなら仕方ないか……」

 夏音は名残惜しそうに皐月から離れた。

「また今度誘ってくれ。じゃあね、凛、夏音、綺華」

 ひらひらと手を振り、一同から離れてゆく皐月。

 その背中を見つめ、綺華は呟いた。

「……なんだか大人って感じですね……」

「そうだね。考え方もしっかりしているし、あの人は凄いよ」

 尊敬や憧れ――彼女へと抱く感情を込め、凛は答えた。



「神上せんぱーい。こっちです」

 喫茶店に入るなり、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 ため息を一つしたのち、その人物の前に座る。

「さて、用件はなんだったかな……? 文丸」

 皐月は静かに目の前の人物――文丸 コウを見つめた。

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