第19話 綺華、看破される
「な、なんの冗談でしょうか……?」
綺華は戸惑いがちに目の前の人物へと言葉を投げる。
「冗談……? 前に言ったわよね、私は冗談もお世辞も嫌いなの」
目の前の少女、小野宮 夏音は拳銃を構え、静かにこちらを見据えていた。
「それ、
「あはは」と努めて明るく振る舞う。
が――
パァン! という渇いた音と共に、銃弾が綺華の頬を掠めていった。
次いで軽い金属音が耳を打つ。薬莢が地を跳ねる音だ。
「本物だと身を以て知りましたよ……」
冷や汗が背中を伝ってゆく。
ここからは対応を間違えたら一発で死――かもしれない。
「夏音さん、一体、何が目的なんです?」
「あなた達、一限目の時、授業を抜けて
「屋上? ああ、少し風に当たっていただけですよ」
一瞬の隙をも見せぬ夏音に冗談めかした様子で答える。
屋上。という単語が出た時点で無駄かもしれないが――
「じゃあ、質問を変えるわ。
「何者って、そりゃあ、凛さんの従妹で――」
「嘘」
キッパリと言い切られ、綺華は言葉を止めた。
「あなたが学校に提出した書類も戸籍も全てデタラメ。この世界に狐雨 綺華という人間は存在しない。普通の人間は騙せても小野宮の人間にはそのような小手先の技は通用しないわよ」
「ご忠告どうも……」
投げ渡された資料を確認し、綺華は引きつった笑みを浮かべる。国と繋がっているGSAの力を以ってしても欺けないとは思いもしなかった。
そこまで分かっているならば――
「夏音さん。あなたには全てお見通しなのではないですか? 私の口から正体を語らなくとも分かっているのでは?」
「あまり私を失望させないで、綺華さん。それともやっぱり、あなたにとって私達との関係はただのまやかしだったの?」
「そういうわけでは――」
「ないのなら、この場であなたの口を以って真実を語りなさい。それがあなたの潔白の証明となるのだから。今一度問うわ。狐雨 綺華、あなたは何者で私達の何?」
「私は
意を決し、綺華は自身の狐耳と尻尾を見せる。
「なるほど。それがあなたの正体ね。それで何が目的なの?」
「私の目的は……『凛さんを守ること』――ただ一つです……」
「それを信じろと言われて、素直に信じられると思う?」
「それは――!」
夏音の言葉に言い淀む。
今の自分は彼女から見て、信用に足る人物ではないだろうから。こんな状況では何を言っても無駄かもしれない。
だが――
「信じなくてもいいです……本音を言うとちょっと悲しいですけど……たとえ、全てを敵にまわしても私は……私は! 凛さんを守りたい! あの人にはいつだって笑顔でいて欲しいんです!」
「……そう。それがあなたの本当の気持ち……よく分かったわ」
夏音は一言置き、続けた。
「あなたは私の友達、狐雨 綺華よ」
「え――?」
「アイツの事を語る時のあなたの目……とても優しくて、真剣だった。つまり、それだけ本気なのでしょう?」
拳銃をホルスターへとしまい、夏音は笑う。その表情は先程までの険しいものから一変、普段の彼女のものだった。
「私達はまだ出会って間もない。でも、嘘を吐いているかどうかは、目を見れば分かるもの」
「いつから気付いていたんです……?」
「最初から。あなた達が空き教室で話していた事を聞いてしまっていたからね」
その言葉に綺華はへたり込む。
「まぁ、私に話さなかった事に関しては目を瞑ってあげる。理由は大方想像できるしね」
「本当に全てお見通しだったわけですね……」
彼女の恐ろしさを改めて知り、渇いた笑いを浮かべざるを得なかった。
「ここで一つ、私から提案!」
指を一本立て、夏音はわざとらしく続ける。
「今のやり取り、凛には内緒にしない? 私としても、アイツには余計な心配かけたくないからさ」
「そうしていただけるならありがたいですが、その前に話してください。あなたの事を……!」
小野宮 夏音。彼女は普通の人間とは違う。ならばハッキリさせなくてはならない。
彼女が敵なのか味方なのか――
「やっぱりそうなるわよね。いいわよ、教えてあげる。端的に言えば、私の目的はあなたと同じ。でも、あなた達と手を取るつもりはないわ」
「どうしてですか……?」
目的が同じなら、互いに協力し合うべきではなかろうか。
「何故ならそう、私の最終目的は凛を婿として
高らかに語る夏音に、綺華は唖然とする。
「……えっと、どこからツッコミを入れるべきでしょうか……取り敢えず、婿なのに娶るはおかしいかと……」
「そんな事どうでもいいのよ。正直、アイツなら嫁と言っても問題ないんじゃない?」
「なるほど……」
確かにそうかもしれない。
線が細く華奢な身体つきに中性的な顔立ち。そして、可愛らしい反応――どこをどう取っても女の子扱いできる。
そういえば誰かが言っていた気がする――『男だろうが、女の子として扱えば女のコになる』と――
つまりはそういう事なのだ。完全に理解した。
「というわけで私はあなた達の敵ではない。アイツを守りたいと思うただの社長令嬢よ」
「ただと言うには随分とパンチが効いておりますね……」
「それはお互い様じゃないかしら?」
「そうかもしれませんね……」
互いに笑い合う。秘密を持ち合いながらもこうして絆を分かつ事ができる――
なんて素晴らしい事なのだろうか。
そんな折、屋上の扉を開き、一人の人物がやってきた。
「二人とも、お待たせ」
綺華の――否、二人の待ち焦がれた人物――雨村 凛がそこにはいた。
急いで来たのか、肩で息をしており、額には薄っすらと汗が滲んでいた。
「遅いわよ、まったく……待ちくたびれたわ。ね? 綺華さん」
「そうですね、私ももうお腹ペコペコですよ……!」
「悪かったって……ぁ、綺華……」
何かに気づいた様子で凛は綺華へと顔を近づけてくる。
「な、なんでしょうか……?」
急な出来事に思わず息をのむ。恋い焦がれる彼に見つめられているからだろうか、鼓動が跳ね上がり、体温が上がってゆく。
「ほっぺ、怪我してる……今、絆創膏貼ってあげるから動かないで」
そう言うと凛は内ポケットから絆創膏を取り出し、慣れた手つきで綺華の頬へと貼り付けた。
「これでよし……!」
「あ、ありがとうございます……」
あまりに咄嗟の出来事に綺華はそう言うのが精一杯だった。
「女子力高すぎない……?」
「これぐらい普通だろ。さ、お昼ご飯を食べようじゃないか……!」
凛の号令に合わせ、二人は昼食の準備を始めるのだった」
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