第三節 戦う理由

第16話 細やかな違和感

『――はぁぁ!』

 これは誰かの記憶だろうか――

 雨村 凛は目の前の情景を見つめ、思案する。

 広大な草原で剣を手に、化け物と戦う一人の巫女――

 腰下まで伸びた長い黒髪と気の強そうな瞳――

 化け物の攻撃を器用に躱し、巫女はソレらを一体一体、確実に斬り伏せてゆく。

 そんな折、一体の化け物が彼女の死角から攻撃を仕掛けた。

『【障結符】!!』

 刹那、巫女は腰に取り付けられたホルダーから数枚の御札を抜き取り、投擲した。

 御札は淡い光を放ち、化け物の鋭爪を防いだ。おそらく、御札を起点に小規模な結界を作ったのだろう。

 しかし、化け物の数は多く、巫女はいつの間にか包囲されてしまっていた。

『やはり数が多いか……なら、儂もこれを使うとするか……!』

 ホルダーから取り出した御札の束を虚空へと放る。

『ゆけ、【刺傷符】よ! 儂の札により、蜂の巣となるがいい!』

 意地悪く笑い、巫女は高らかに宣言した。

 言下、宙を舞う御札達が意志を持ったかのように動き出し、化け物達に突き刺さった。

『さぁ、終幕じゃ。儂の前から消えよ! 下郎がぁ! 【清天剣・一閃】!』

 大きく振り払われた一振りの剣により、最後の一体が両断される。

 

『はぁっはぁっはぁ! さすがは儂。放浪の巫女、舞の力じゃ! 恐れ入ったか愚かな妖怪共め!』

 舞と名乗った巫女は剣を消滅させる。

『舞様! この度は本当に助かりました! 貴女様にはなんとお礼をするべきか!』

 草原に隠れていたと思われる男性が舞へと傅き、感謝の言葉を述べる。

『礼など要らぬ。それよりも儂は少し調べものをさせてもらうぞ。此度の妖の暴走、何かしらのきっかけがある筈じゃ』

『はい……我々としてもこの地に住う妖怪達と再び共存できれば。と考えております』

『さぁ、お主は村に戻れ。大切な家族がいるのじゃろう?』

『あ、ありがとうございます……!』

 男は大きく頭を下げると、どこかへ走って行った。

『ふぅ……さて、お主には何か守りたいものはあるか?』

 天空を睨み、問うた舞。

 その瞳は真っ直ぐこちらを見つめているようで――


「……!?」

 目を覚ました凛は跳ね起きた。

 視界にあるのは見慣れた自分の部屋(隣でスヤスヤと寝息を立てている綺華を除けば。だが)だ。

「今のは、夢……?」

 額に薄っすらと滲む汗を拭い、呟く。

 舞と名乗る巫女の戦いの記録――

 それをただの夢と断定するのは容易い。だが、それではいけない気がする。

「前世の記憶……なのか……?」

 ふと、机の上に置かれたホルダーが目に入った。

 夢の中で舞が使用していた物――

 それが一○○○年の時を超え、今の凛の手元にある。

 なんとも言えない、数奇な関係――

「……凛さん……どこですかぁ……」

 隣で眠る綺華がそんな寝言を言う。

「大丈夫、僕はここにいるよ。綺華」

 彼女の頭を撫で、言い聞かせる。

 時刻は午前六時三○分――二度寝したら遅刻する可能性は高い。

 凛は些か早いが登校の準備をする事にした。



「結局、あの夢はなんだったんだろう……」

 朝食を終え、時刻通り学校へ登校した凛は自分の席に座り、呟く。

「凛さん、どうかしたんですか……?」

 問うてきたのは隣に座る綺華だった。

「ん、いや、ちょっとね……不思議な夢を見たんだよ」

「夢、ですか? それは気になりますね。少しばかり説明を――」

「二人とも、おはよう……」

「おう、おはよう夏音――って、どうした、その格好……!」

 夏音の方を向き、挨拶をするが、彼女の容姿を目の当たりにし、凛は声を荒げた。

 何故なら、ヨレヨレな制服にボサボサな髪。普段の彼女からは想像のできない酷い見た目だったから。


「ぁぁ……コレ? 昨日ちょっと忙しくてね……用が終わって、そのままベットに倒れ込んで――目が覚めたら朝だったの……それで慌ててシャワー浴びて軽く朝食を済ませてからやってきたというわけ」

「よく分からないけど、大変だったんだな……」

 大欠伸をする夏音を労ってやる。

「すんすん……」

「どうしたんだ、綺華?」

「いえ、なんだか夏音さんから火薬の匂いがするような……」

「ふぇ!?」

 綺華の言葉に、夏音が声を上げた。そんな乙女らしい反応にちょっと戸惑ってしまう。

「か、火薬? なんでまた……」

「さあ? 私に聞かれても……夏音さん、昨日、制服のままで花火でもしました?」

「え? ぁ、そ、そう! 花火ね! 会食の時に間近で花火が上がったから、その時に匂いがついたんだと思うわ! 私とした事がウッカリしてたわ〜臭くてごめんなさい、綺華さん」

 怒涛の勢いでまくし立てる夏音。

 そんな彼女の様に呆気に取られ、二人は閉口していた。寝起きの割に饒舌なのはさすがといったところだろう。


「よーし、お前らー朝のホームルーム始めるぞー」

「あ、ほら先生来た。私戻るわね!」

 言葉を残し、夏音は慌ただしく席に戻った。

 まぁ、戻るとは言っても一つ後ろなだけなのだが。それは言わぬが花というヤツだろう。

「それじゃあ、出席取るぞー」

 担任を尻目に、凛は無言のまま窓外を見つめるのだった。



「――以上、全員いるな」

「あれ……?」

 出席確認を終えた頃、凛は微かな違和感を覚え、呟いた。

「どうかしたんです?」

「いや、誰かが足りない気がするんだ……」

「転入して昨日の今日の私が言うのもなんですが、気のせいでは? 先生は『全員いる』と仰ってましたし……」

「うん、そうなんだけど……」

 とはいえ、違和感は拭えない。

 なんなのだろうか、この途方もない違和感は――

 まるで誰かがかのような感覚――


「何かがおかしい気がするんだ……」

「ふむ……一応雪羅せらさんに連絡でもしておきましょうか……凛さんの違和感が事実であるなら、それは事件ですし……今はとりあえず――」

 綺華は一呼吸置き、続ける。

「授業の準備を致しましょう。勉学はスクイフにおいて最も大事なもの。疎かにして泣いても知りませんよ?」

「とりあえずその単語にハマってるって事だけはよく分かった……」

 ため息を吐き、机の中へと手を伸ばす。

 ――と、紙片が手に当たった。

 取り出し、確認してみる。

『昼休み、校舎裏で待っております。他言無用、絶対に一人で来て下さい』

「……!」

 可愛らしい文字で綴られた文章。差出人はおそらく女性だろう。

 内容を確認したのち、綺華や夏音にバレないように紙片をポケットへと放り込む。

「授業、頭に入らなそうだ……」

「なんです?」

「いや、なんでもない……」

 答え、凛は授業の準備を続けるのだった。

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