第7話 一日の終わり

「一体、僕は何をやっているんだ……」

 自室に戻った凛は、ベッドの上で呟く。

 思い起こすは浴室での一件。合意の上とはいえ、凛は裸の綺華と抱き合ったのだ。

 無論、女性とそんな事をしたのは初めてだ。


 思い返してみれば、あの状況は思春期の少年には非常に悪いものだ。そんな状況下で手を出さなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。……ヘタレと言われたらそれまでだが。


「けど、なんだったんだろう……あの気持ち」

 胸に手を当ててみる。トクントクンと規則正しく鼓動を刻む心臓の音しか聞こえない。

 浴室で感じた彼女への想い――

 というものと、彼女に対する言葉にできない想い。あの時は確信したが、本当にあれは自分の想いなのだろうか?


「凛さん、私です。少しよろしいでしょうか?」

 不意に扉がノックされ、向うから控えめな声が聞こえてきた。

「あ、綺華!? だだだ大丈夫だぞ!」

 逸る気持ちを抑えつつ言うが、言葉には動揺が滲み出てしまったため、努力は水泡に帰してしまった。


「失礼します。どうしたんです? 何やら慌てていたようですが」

 部屋に入ってきた綺華は不思議そうな顔だったが、次の瞬間には何か理解したような顔をして――

「ははーん、凛さんもそういうお年頃ですからね~」

 などと、心底腹の立つ笑顔を浮かべながら言った。殴ってやろうか、この妖狐。


「違うよ。で、なんの用? 僕はこれから寝るつもりなんだけど」

「察しが悪いですね凛さん。そんなんじゃモテませんよ? 私の格好をよく見て考えてみて下さい」

 なんだコイツ、無性に腹が立つ。そう思いつつも、彼女の装いを見てみる。

 薄桃の下地に白いドット柄のパジャマ。一体、これのどこが部屋に来た理由なのだろうか、甚だ疑問である。


「という訳で、凛さん。今日から私と一緒に寝ましょう」

「どういう訳だか、さっぱり一ミリも分からないんだけど? 大体、なんで僕がお前と一緒に寝なくちゃいけないんだ?」

 どういう思考回路をしていればそういう考えに至るのだろうか。もしかしてコイツはただのアホなのか? というか、アホだな。


「刺客がいつ襲ってくるか分かりませんからね。いついかなる時も凛さんを守れるようにするのが当然でしょう?」

「くっ……!」

 至極真っ当な意見。その言葉を否定する事ができずに、凛は唇を噛んだ。

「でも、もし……貴方が望むのなら、別の意味で寝てもいいんですよ?」

 そう、耳元で囁かれ心臓が跳ね上がる。

「な、何を言って――」

 綺華の顔を見る。


 仄かに香るシャンプーの甘い香りとしっとりとした金色の髪と狐耳。

 トロンとし、情熱の視線を向けてくる藍色の瞳。

 風呂上がりのためか、薄っすらと紅潮した頬と薄桃のぷっくらと形のいい唇。その全てが彼女の色っぽさを際立たせていて、心拍数が一気に跳ね上がる。

「どうですか? 私のココも自由に使っていいのですよ?」

 そう言って綺華が凛の右手を自分の胸に押し当てる。柔らかい、パジャマの薄い生地越しに彼女の豊満な胸の弾力と温かさ、そして鼓動が掌に伝わってくる。


「綺華、あのさ」

 こんなの理性が持たない。こちとら思春期なのだ。だから、間違いを起こす前にやめさせなければならない。

「もしかして、直に触るのがお好みですか?」

 そう言いながら彼女はパジャマのボタン、そしてブラのホックを外し、凛の右手を今度は直に胸の上に置いた。

「ち、ちが――」

 否定の意を示そうとする唇が、彼女のか細い指によって噤まれる。反射的に引こうとしていた腕も押さえ付けられていた。そして背後には壁。

 完全に抵抗を封じられた。

 そうして、二人の間を沈黙が流れる。


 こうやって密着されてしまうと、否応なく綺華の事を意識してしまう。そうやって彼女の事を意識するたびに、頬が熱を持っていくのを感じる。

 正に負のスパイラルだ。

「ふふっ……真っ赤になっちゃって、可愛らしいですね」

 妖艶な笑みを浮かべる綺華。そんな表情すらも色っぽく見えて、凛は鼓動が更に早くなるのを感じていた。次第に頭がクラクラしだし、意識が朦朧としてくる。

「凛さん!? って!? 鼻血が出てます!」

 意識を手放す瞬間に見たのは、綺華の慌てふためく表情だった。

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