第17話 セドリック

「ニャル、僕をセドリックと戦わせてくれないか?」


 そう言うと、ニャルはにやり、と笑みを浮かべた。


「それが良い。アレス、自分自身の手で想い人の仇を討ち、世界を変えてみせるのじゃ」

「えー? またわたし活躍なし? ぜんぜん良い所ないじゃない!」

「……ハシュは構わない。……めんどくさい」


 ニャルはすすんで、セラはしぶしぶ、ハシュはどうでもよさそうに、思い思いの様子で答える。ニャルとセラは一歩引き、僕に譲ってくれるらしい。


「調子に乗るな! 無能が! バケモノを飼い慣らしているらしいが、貴様が加護持ちである私に勝てるとでも思っているのか!」


 近くに倒れていた騎士の剣を、奪い取るように手にするセドリック。


「聞きました……いや、聞いたよ、セドリック。あなたが僕とヴァレリヤを殺すよう指示を出したことを。……あなたのせいで、ヴァレリヤは死んだ」

「誰に聞いた? ゲルトか? バスチアンか? やはり程度の低い人間を使うべきではなかったか?」


 セドリックは「チッ」と舌打ちをした。


「しかし、それが何だ! 汚らわしい獣人の女が死んだからなんだと言うのだ! この私の出世の邪魔をしたのだ、貴様も一緒に死ぬべきだったのだ!」


 セドリックは剣を振り上げ、僕に向かって振り下ろす。しかし、


 遅い――


 僕が右手を振るうと、黒霧がセドリックを弾き飛ばす。


「ぐあっ!」


 セドリックの剣は、バスチアンと比べるとその速度も重さも、格段に劣っていた。

 以前の僕なら委縮して縮こまっていただろうが、今の僕はニャルの加護を受けている。セドリックが加護持ちとはいえ、騎士でもない素人の剣など怖くはなかった。


「貴様、なんだそれは!」


 セドリックが、目をむいて驚愕する。

 いつもいつも無能だなんだと蔑んでいた僕が、力を得たことが信じられないらしい。


 右拳を握りしめると、濃密な黒霧が湧き出してくる。


「これが、ニャルに貰った……僕が手に入れた加護だ!」

「ぐわああっッーーー!」


 一際大きな黒霧をセドリックに叩きつける。

 セドリックは吹き飛ばされ、執務机に大きな音と共に突っ込んだ。


 セドリックが崩れ落ちるのを見て、ふぅ、と息を吐く。


 ――僕は、強くなっている


 そう、実感できた。

 思わず手の平を見下ろす。


 毎日毎日僕を殴る蹴るしていたセドリックは、以前は僕にとって恐怖の象徴のようなものだった。それが今では、子供をあしらう様に相手をすることが出来た。


 そして

 

 顔を見上げると、ニャルがにやり、と笑うのが見える。

 セラも朗らかな笑顔を向けてくれる。ハシュは……よく分からないけど。

 

 今は僕を認めてくれる、仲間がいる。

 僕は、セドリックなんかには負けない。


「……無能が調子に乗るなよ。……癒しは花咲く太陽アニマ=アロ・ソル


 その時、セドリックの身体が、緑色の光に包まれた。

 セドリックの使う秘技、第四位階ジェレーターの回復魔法だ。


 そして、ゆらりと立ち上がるセドリック。


「やはり、貴様はこの世に存在してはいけない存在だ! 私は間違っていなかった!」

「まだ、そんなことを言うのか!」


 剣を振りかぶったセドリックに、黒霧を放つ。


 舌打ちをし、黒霧を避けるセドリック。追撃しようと拳を構えた時、


 目の前には一本のナイフ――


「えッ!?」


 飛んでくるナイフをのけぞって躱す。


 なんだ? どこから飛んできた?


「やはり貴様は無能だな。力に振り回されている」


 僕の背後に回ろうと、僕の側面を円状に走るセドリック。

 それを妨害しようと、黒霧を鞭の様にしならして放つ。


 セドリックは黒霧を飛び込むように前転して躱すが、その瞬間、


「!?」


 セドリックの後ろ手に構えた左手から、投擲されるナイフ。

 空気を切り裂くような音とともに、ナイフが迫る。


「……くッ」


 黒霧は間に合わない――

 こちらも、大きく横に飛んで躱す。


 あぶなかった。

 

 血の気が引き、冷や汗が流れ落ちるような感覚。

 しかしその瞬間、背後からまたも空気を切り裂く音――

 ふたたび、横に大きく飛んで躱すと、目の前の本棚にナイフが突き刺さる。

 

 こちらの死角から放たれるようなナイフ。


 これではまるで盗賊か何かのような――


「私がなんの努力も無しに今の地位を得られたとでも思っていたのか! 加護があるとはいえ、平民がそう簡単に伯爵家の家令になれるとでも!」

「だからって……。だからって何をしてもいいなんて訳がない! どうしてヴァレリヤを殺した! 僕を殺そうとした!」


 両手から黒霧を放ち、セドリックの両側から攻撃する。


 セドリックは後退しようとするが、狭い執務室だ。どん、と壁際に追い詰められてしまう。


「なぜだと!? 当たり前だろう、私の出世の邪魔になるからだ。それ以外の理由があるかあぁぁァァーーッ!」


 残りのナイフを投擲し、剣を振り上げ斬りかかってくるセドリック。


 なんて自分勝手な理由なんだ。

 そんな理由でヴァレリヤは死んだのか。


 やはりセドリック、お前は生きていてはいけない。

 僕が作る、だれも虐げられない世界にお前の居場所は無い。


 両腕を交差し、黒霧を全力で収束させる。


 黒霧がセドリックの身体を貫き、鮮血が吹き出した。


 セドリックの持つ剣がカランと音を立て落ち、そしてその身体も崩れ落ちる。


「……はぁ、はぁ、やった……」


 僕は肩で息をしながら、倒れ伏すセドリックを見下ろす。


「……や、……やはり、貴様は……悪魔……だ…………」


 絞り出すように言うと、セドリックはそれきり動かなくなった。


 セドリック……、結局最後まで僕を認めてくれることは無かったね。

 ヴァレリヤの仇を討ったというのに、僕は満たされなかった。虚しいような、悲しいような、そんな気持ちが胸に広がる。


「アレス、良くやったのじゃ。それでこそ我の盟友に相応しい」


 ニャルが、ぱちぱちと手をたたきながら近づいてくる。


「アレス! カッコよかったよ! わたしももっともっと頑張って、アレスの役に立てるようにするね!」


 セラが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら歓声を上げる。


「……ニャルの力を持ってるなら、それくらい……当然……なの」


 セラにぶら下がるハシュは、飛び跳ねるセラに迷惑そうだった。


 みんなに声をかけられ、心に暖かな感情が広がってくるのを感じる。


 そうだ、ヴァレリヤを殺すよう指示したセドリックを倒したことで、この世界から悪人が1人減ったのだ。悪人がいなくなれば誰も虐げられることの無い美しい世界が出来上がり、ニャルが復活し力を取り戻すことで全ての人に等しく加護が与えられる。


 そして、ヴァレリヤの魂は救われ、僕は来世で再び彼女と出会える。


 僕はみんなと一緒に、誰も虐げる者ののいない世界をつくるのだ。

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