第15話 襲撃2
通常、貴族が持つ軍事力としては、3種類の人間が存在している。
まず、貴族が直接雇用し報酬を支払う騎士。
次に賦役として徴兵され、無給もしくは極めて安い賃金で使われる兵士。
そして、最後が聖神教会から派遣される傭兵。
騎士はたいていその国の貴族の子供がなるものだが、その中核となるのはやはり通常の人より高い能力を持つ加護持ちだ。彼らは秘技を使いこなしただの兵士とは比較にならないほどの戦力となる。
でも、ここで問題が出てくるのだ。
たとえば、ここボルドー大公国では国教として大地と慈愛の女神アマルテアが信仰されているので、騎士はほぼアマルテアの信者となる。そしてアマルテアの加護は体力が他の女神より高いことが特徴だし、その秘技は傷や病気を回復させるものばかりだ。平たく言うと、攻撃より守りに長けた者ばかりなのだ。
そして、南西に位置するフロイデン帝国などでは、雷の秘技を与える天空と憤怒の女神プロテウスが国教と定められており、ボルドー大公国とは逆の現象が起こる。
ここで、神聖教会が出てくる。
教会は勇者や聖女を擁する
傭兵とは、複数の女神の加護を持ち数々の秘技を操る勇者や聖女には敵わないが、秘技を使用できる加護持ちから成る戦闘集団だ。彼らは教会の指示で様々な国の貴族の下へと金で雇われ派遣される。貴族側には自国の騎士が持っていない女神の加護を持つ戦力が手に入り、教会はそこで手に入れた様々な情報が教会の影響力を拡大することにつながるメリットがある。
そして、セドリックの屋敷だ。
セドリックの屋敷には騎士4人と傭兵2人、そして兵士が20人ほど常駐している。
指揮をするのはベテラン騎士であり、ウェイトリー伯爵家遠縁の男爵家次男でもあるアルマン・ベロー。その補佐として、平民出身ながらその腕を見込まれ騎士爵を授爵したバスチアンが付けられている。
僕の前には、その騎士バスチアンが騎士と傭兵1人ずつと6人ほどの兵士を率いて立ちふさがっていた。
「……チッ、無能のぼっちゃんさぁ、これはセドリックのおしおきじゃ済まないんじゃないのぉ?」
バスチアンは舌打ちをすると、門番がいた場所に落ちる血だまりを見て言った。
バスチアンは20代後半で整った顔つきをしてはいるが、礼儀や他人への敬意などといったものを持ち合わせていないような男だ。配下の兵士たちへ小馬鹿にしたような態度を取っている所をよく見かけたし、僕やヴァレリヤへの侮蔑の感情にいたっては隠そうともしていなかった。
しかし腕は立つうえに、伯爵である父様や伯爵家内で多くの権力を与えられているセドリックへは媚びへつらい上手く立ち回り、平民ながら騎士爵を授爵した男だ。
……はっきりと言うなら、僕はこの男が好きではなかった。
だからあまり口をききたいとも思わなかった。
僕には目的があるのだ。早く彼を倒してセドリックの所に行かないと、とそう思ったのだが――
「っていうかさぁ、なんで生きてんの? ゲルトしくじった訳? 獣人ちゃんはいないみたいだけどちゃんと死んだの?」
こいつはなにを言った?
「――ッ、お前!」
全身の血液がかっと頭に昇ってくるような感覚。
「なんで――ゲルトの名前を知っているッ!」
「誰がゲルトの所まで行って仕事依頼したと思ってんの? オレだよオレ」
頭に昇ってきたものを叩きつけるように叫ぶが、バスチアンはへらへらと自分を指さして言った。
「お前ッ――!!」
拳を握り込み、立ち昇る黒霧を叩きつける様にバスチアンに向かって放つ。
「ハッ、だからぼっちゃんだって言われんだよ」
バスチアンがにやり、と笑った瞬間、横合いから彼の配下の傭兵が自分の背丈ほどもある巨大な盾を構えて割り込んでくる。
「
傭兵が叫んだ瞬間、その身体を赤い光が包み込む。
秘技!
これは確か、再生と闘争の女神エピメテウスの
がいん、と大きな音が響く。
傭兵の構える盾に黒霧が叩き込まれたが、伝わってきたのは巨大な岩を殴りつけたような手応え。しかも相手の傭兵は衝撃で数歩たたらを踏み後退したが、それだけだった。
そこへ、バスチアンがいつの間にか抜いた剣を低く構え猛烈な勢いで踏み込んでくる。
「気持ち悪い術使いやがって! ロシュフォール流剣術、昇燕!」
低く滑るように踏み込んだバスチアンから、僕の喉元に向かってぐいんと跳ね上がるように剣が飛んでくる。
「……くうっ!」
思わずのけぞって躱すが、足がもつれ倒れそうになる。
「ロシュフォール流剣術、還燕!」
高く跳ね上がったバスチアンの剣が、急激に角度を変え、猛烈な勢いでまたも僕の喉元へ向かって振り下ろされる。
――躱せない!?
そう思った瞬間
「アレスから離れてっ! 行って、ビヤーキー!」
「……ビヤーキー、……セラの言う事を聞く」
セラが僕の方を指さして叫んだ。
それを聞いたハシュが、セラの背中にぶら下が我ったまま気だるそうに言う。すると空から黒霧がどこからともなく舞い降りる様に現れ、バスチアンに向かって殺到した。
「ちいっ!」
「逃がさないんだから!」
バスチアンは大きく後ろに飛び後退するが、セラが叫び手を振ると黒霧の大群は追いかける様に向きを変え群がっていく。
「コーディー!」
「へいっ!」
バスチアンが叫ぶと、さっきと同じように盾を構えた傭兵が滑り込んでくる。
「負けないんだから! ビヤーキー!」
セラが叫び、群がる黒霧。
まだ赤い光を放っている傭兵の構える盾に、次々と黒霧がぶつかっていく。
ごおん、ごおん、と何度もぶつかりあう音が響く。
「ぐうううううっ……」
黒霧の圧力に耐えられなくなった傭兵が、がくりと膝をつく。
もう少しで押し勝つことが出来る、そう思った瞬間だった。
「大丈夫か、コーディー!」
後ろに控えていたもう一人の騎士が、コーディーと呼ばれた傭兵に駆け寄り、その肩に手を乗せた。
「
騎士の手から緑色の光が放たれ、それは傭兵の体全体に広がってゆく。
大地と慈愛の女神アマルテアの
これは屋敷の騎士の訓練風景などで何度も見たことがある。豊穣と慈愛を司る、ここボルドー大公国の国教でもあるアマルテア。その秘技は再起の秘技と呼ばれ、
「よっしゃああ!」
力を取り戻した傭兵が、思いっきり体を起こすと、傭兵を押しつぶそうと群がっていた黒霧が弾き飛ばされた。
セラが「そんな!」と悲鳴を上げる。
そのセラに、傭兵を秘技で回復させた騎士が剣を構え襲い掛かった。
「うおおおお、くらいやがれ!」
「きゃあっ!」
セラはハシュが出した黒霧を自由に操れるみたいだけど、僕やニャルみたいに自分自身から黒霧を発することは出来ないらしい。近くに接近されて武器を振るわれると、対応が遅れ防戦に回らざるを得なくなる。
「セラ!」
「おおっと、ぼっちゃんの相手はオレだぜぇ?」
セラの援護に回ろうとした僕の前に、バスチアンが立ちふさがる。
「このままじゃあ、オレが仕事に失敗した無能だと思われるからさぁ、死んでくんない? 獣人ちゃんみたいにさぁ?」
「バスチアン! お前ッ!」
右拳を振るい、黒霧をバスチアンに向かって飛ばす。
「馬鹿の一つ覚えかよっ! ロシュフォール流剣術、舞鳶!」
バスチアンは右足を起点に円を描くようにくるりと身をひるがえして黒霧をかわすと、そのまま僕へ向かって剣を走らせる。
「……くっ」
とっさに左拳からも黒霧を発生させて防ぐ。
「お前らッ!」
「くらえっ! バケモノ!」
バスチアンが叫ぶと、いつの間にか周りを取り囲んでいた3人の兵士達から一斉に槍の穂先が突き出される。
黒霧を引き戻し防ごうとするが、2本は防いだが1本は防ぎきれず右のふとももに、槍の穂先が突き刺さった。
「……ぐっ」
がくん、と体の体勢がくずれる。
「これでボーナスゲットだぜぇ! 死ねやバケモノ!」
バスチアンの剣が、体勢を崩した僕の頭に向かって振り下ろされる。
……お前らは、僕をバケモノだと呼ぶのか?
セドリックに悪魔だなんだと言われ暴行を加えられた日々が脳裏をよぎる。ヴァレリヤも汚らわしいケダモノだなんだとよく言われていた。
お前らは、どうしてそう簡単に人を侮辱するんだ!?
胸の奥からどろりとした怒りの感情がこみあげてくるのと呼応するように、身体の底の方から湧き上がってくる物があった。
――そうだ、これが僕を見出してくれた女神ニャルラトホテップに貰った僕の力!
「あああああああああっっ!」
雄たけびを上げると、体中から黒霧が吹きだすように現れた。
黒霧に切断され真っ二つになる、兵士たちの槍。
右腕を軽く振ると、黒霧はさらに勢いを増し荒れ狂い兵士たちの体を吹き飛ばした。兵士たちが悲鳴を上げ、血しぶきが舞う。
「てめぇっ! 死ねやバケモノ! ロシュフォール流剣術、翔鷹!」
バスチアンの上段の構えから、打ち下ろすような突きが放たれる。
――だけど、もう負ける気はしない。
「死ぬのはお前だああっッ!」
叫び腕を振るうと、僕の周囲に吹き出していた黒霧が一斉に方向を変え、バスチアンに向かって殺到した。
「――がッッ……!」
黒霧に体を四方から貫かれ、バスチアンの身体から噴水のように血液が吹き出す。
どちゃっ、と音を立て崩れ落ちるバスチアン。
「…………はぁ、はぁ……」
お、終わったのか?
さすが実力で騎士爵を手に入れただけはある。
ニャルに力を貰って強くなったと思っていたけど、結構苦戦してしまった。
僕は、まだまだだな。
そんなことを考えていると――
「…………う、うあ……」
「まだ息があるのか!」
バスチアンが小さく呻き声をあげる。
しかし体を起こす力も無いようで、指先がかすかに動き、小さく声を上げるので精一杯らしかった。
僕は反射的に腕を上げかけ、ふと考える。
とどめを刺す必要はあるのか?
このまま放っておいても、近いうち死ぬんじゃないか?
わざわざとどめを刺す必要は無いんじゃないか?
そう、思ったのだが
「くた……ばれ……バケモノ…………」
「まだ言うのかっ!」
バスチアンがこの期に及んで放った侮辱の言葉に、反射的に黒霧を放つ。
黒霧に胸を貫かれ、びくん、と痙攣し動かなくなるバスチアン。
「……どうして、みんな僕を侮辱するんだろう……」
思わず、言葉がもれる。
ニャルとセラやハシュ……は良く分からないけど、彼女たちは僕を認めてくれたのに。やはり僕が4柱の女神の加護を持っていないからだろうか?
倒れ伏すバスチアンや兵士たちを見下ろしていると、そんな気持ちと人を殺してしまった罪悪感がごちゃまでになり、僕がこの世界で一人ぼっちになってしまったかのような気持ちが込み上げてくる。
ちがう、僕は1人じゃない。
「そうだ、セラを援護しないと!」
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