第23話 迷う者、知らぬ者

 松田を退けた翌日の昼。昨晩からの雨は一時間程前には止み、空は青く晴れ晴れとしていた。

 学校は昼休み、昼食の時間。卓也と二葉、一馬の三人はいつものように机を囲み弁当を並べていた。

 そこには美咲の姿は無い。

 そして二葉と一馬が話している最中、卓也は一人ぼーっとした表示で二人の会話を聞き流していた。

 弁当箱の中にあるウインナーを箸で摘まみ口に運ぶ。この身体が慣れてきたのか、将又馴染んできたせいなのか、食べる事が日に日により億劫になってゆく。正直購買で買ったミネラルウォーターの方が美味い。

 昨晩の事で悩んでいた所に追い討ちとばかりに固形の食料が余計に気分を沈める。

 そんな時、不意に一馬が立ち上がる。


「悪い、ちょっとトイレに行ってくる」


「ん、行ってらっしゃい」


 一馬はそのまま急ぎ足で教室を立ち去り、二葉はそのまま卓也に話し掛ける。


「んでね、来月お婆ちゃんの誕生日で……卓也?」


 しかし卓也は話しを聞いてないような生返事しかしない。そんな態度に痺れを切らし二葉が口を開く。


「ねえ卓也、今日は今朝からずっと黙ってるけど何かあった?」


「いやぁ……まあ……」


 昨晩の事で悩んでいるせいか言葉が出ない。正直に話す訳にもいかず、どうしようかと頭を悩ませる。

 何も言わなければ余計心配させるし、自分の様子がおかしいのは承知している。

 考えていると、以前美咲が言っていた事を思い出す。


(藤岡君はゾンビ映画とか見た事ある?)


 そうだ。映画やドラマの話しと置き換えれば良いのだ。


「実は昨日見た映画でさ……。ゾンビモノなんだけど、主人公の仲間がゾンビになって撃つのをためらうんだ。そんで他の仲間が倒すんだけど……。それって正しいのか疑問でさ。だってそういうゾンビ達も被害者じゃないか? 襲われた側なんだし」


 卓也は小さくため息をつく。


「何だか理不尽な気がして……。どうも納得出来ないんだ。二葉はどう思う?」


 その問いに二葉は頬杖をつきながら数秒程黙って卓也を見詰める。その表情は少し冷めたような真顔だった。


「卓也ってさ、前から思ってたんだけど……。良くも悪くもヒロイックな価値観あるよね。まぁ、お父さんの仕事柄、そういうのに触れて育ったかだろうけど」


「ヒロイックねぇ。そうかな?」


「うん。だって助からなさそうな人がいても、万が一とか、可能性があるならとか考えて駆け付けようとするタイプでしょ? 諦めたくないーとか言って。漫画の主人公みたいに」


 卓也は驚いたように言葉を詰まらせる。そう、二葉の言う事は当たっていたのだ。


「……………………確かに」


 自分はベクター化した少女を見捨てられなかった、諦めきれなかった。可能性があると考えれば諦めない。大を救うのに小を犠牲にするのを認めず全てに手を差し伸べようとする。

 良く言えばヒーローじみた正義感のある人、悪く言えば合理性の欠けた視野の狭い身勝手なロマンチスト。それが藤岡卓也なのだ。


「だよね。でもさ、それって一歩間違えれば場を引っ掻き回して混乱させるようなタイプだよ。自分が正しいからとか、正義の為にとか言ってさ」


「うっ……ま、まあそんな奴いるよな」


 たじろぎながらばつが悪そうに目を泳がせる。卓也にも心当たりがあるのだ。悪い形で振るわれる正義感の事を。

 行き過ぎた動物愛護、迷惑や状況を考えずにずれた正義感を振りかざす者。ニュースでも時々見掛ける。

 そんな連中と同じになりかねない。そう思うだけで冷や汗が止まらない。


「私も先週かな? ゾンビゲーの実況動画見てたんだけど、そこでゾンビも人だからとか、人権がどーたらと言ってたキャラがいてね」


 ペットボトルのミルクティーを取り一口飲む。


「結論から言うと、その人はゾンビの自由を掲げて町にゾンビを解放、町もろとも食べられておしまい…………ってなった。卓也は今は少し子供っぽい正義感があるだけだけど、そういう人と付き合ったら……そうなる気がする」


「そうなる…………か。否定できないのが何だかなぁ」


 卓也は落ち込み机に突っ伏す。こうも自分の性格の弱点、歪みをストレートに指摘されるのは凹む。しかも間違いと言いきれないのが余計に気分を沈めた。

 そんな落ち込む卓也に二葉は笑いながら背を叩く。


「まあまあ、可能性の話しで実際は違うかもよ。それに、そんな変な人と関わる機会なんてそうそう無いって」


「…………そうだな。それに自分の性格を解っていれば注意出来るし」


 身体を起こすが肩を落としながら苦笑いをする。悪い方向に考えないのが吉だ。


「見方を変えれば、義理や人情、人命を大切にしているって考えれば悪くないよ。私そういう人嫌いじゃないし」


「そりゃどうも。嫌われてないなら重畳だよ」


 少しだけ卓也の顔に笑みが戻る。気分が少し晴れたような気がした。

 とにかく前向きに考えよう。周りに迷惑を掛けないよう心掛け、何が正しいか考えて行動するのだ。

 

「ああ、それでさっきの質問だけど……」


 二葉は思い出したように声色が真剣な表情に変わる。堅苦しさは無いが先程とは違った雰囲気を醸し出していた。


「私はどっちかと言うと、その仲間と同じ選択をするかな。家族や友達が危ない目に会うのを見過ごせないもん」


 その言葉を卓也は始めは軽い気持ちで聞いていた。しかしその真意を次第に理解してゆくと目を大きく見開く。


「……卓也?」


 卓也の額から冷や汗が流れる。

 もしもだ、自分の家族がキャリアーやベクターに襲われたら? そして感染し、グローバーになれず発症してしまったら?

 改めて想像すると、心の中で恐ろしさが大きくなっているのが解る。

 心の天秤が揺れているような気がした。病人、被害者と扱う気持ちと、凶悪な病の感染源。どちらを良しとしようか大きく揺れているのだ。


 美咲はどうして? 他のグローバーは何故戦えるのだ? それと同時に両親の事が、二葉と一馬の事が頭から離れない。

 戦わなければどうなるか。考えたくない未来が見えたような気がした。

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