第8話 怪人病

 サイレンを鳴らす救急車は優先されるものだ。更に真夜中であるのも重なり、僅かな車や人々を押し退けるように街中を進む。

 ものの数分で到着した救急車は病院の裏口、予め開けられた大きなシャッターの先に停まる。


「そら、到着だ。降りてくれ」


「ありがとうございます」


 運転手の声に反応するように扉が開かれる。そして美咲に促され、彼女の後を追うように降りた。


「うっ」


 一瞬立ち止まり、異様な光景に怯む。白衣姿の初老の男性を中心に防護衣を着た四人組がいた。

 その防護衣を着た人は皆銃を持っていたのだ。卓也は銃に詳しくないが、その銃が拳銃のような小さな物ではなく、自動小銃……警察ではなく自衛隊や軍隊が使うようなもっと強力な代物なのが解る。

 卓也は身体はともかく、精神は普通の高校生。銃をちらつかされれば不安にもなるし警戒する。

 こんな状況を気にもせず、美咲は白衣の男性に一礼した。


「お疲れ様美咲君。さて、はじめまして藤岡卓也君」


 そんな卓也の不安を察してか、白衣の男はにこやかに話し掛けてきた。

 頭髪の無い頭、痩せ細った身体に子供のような笑顔をした男性だ。


「私は石川総合病院の院長、石川博幸だ」


「あ、どうも……藤岡です」


 何故か好感を抱けるような、不思議と安心感のある男だ。医師としてのコミュニケーション能力……いや、院長という立場がそう感じさせているのだろうか。少なくとも、周りの防護衣の人々よりは警戒心は無さそうだ。


「うん。では別室に来てもらおうかな。美咲君ももう少し付き合ってもらうよ」


「はい。藤岡君、こっち」


 美咲達と共に別室へと向かう。複数人が乗れる広いエレベーターに乗り、地下へと移動した。

 案内されたそこはテレビが一台と客席用のソファーと、ノートパソコンが置かれたテーブルだけの簡素な部屋だ。


「さあ、座って」


「はい…………」


 テレビを横に博幸と向かい合うように座る。

 隣には美咲。いざという時の為にか腕輪は着けたままだ。


「さてと…………。色々と聞きたい事があるだろうが、まずは私の話しを最後まで聞いてほしい。質問は後でいくらでも聞こう。良いね?」


「……解りました」


 美咲の言っていたウイルス等の話しだろうと卓也も頷く。


「宜しい」


 博幸の顔から笑みが消える。同時に言葉にし難い緊張感が部屋を満たした。

 明らかに空気が違う。年配者の風格がこの空気を作り出しているのかもしれない。

 一呼吸の後、博幸はゆっくりと語り始める。


「始まりは五年前のアメリカだ。当時、あるニュース……正確には都市伝説が広がっていた。蜘蛛男が現れたと」


 テレビ画面に映し出されたのは、携帯で撮影したのであろう荒い画質の動画。背中から脚を生やした蜘蛛型怪人の姿が撮影された動画だった。




 アメリカに現れた怪人。蜘蛛男が人々を襲い、その血液から未知のウイルスが検出された。

 それこそ現在に至るまで人々に感染し、全世界に広がった人類を脅かし、そのウイルスから発症する病。


 ヴィラン・シンドローム。


 この病は人間を日本の特撮番組に登場するような怪人へと変貌させる病気だ。

 このウイルスはエイズのように外界に脆弱で、感染経路も体液や創傷といった限られた物ではあった。しかしこの病は着実に世界中に広まっている。襲われた人間が怪物に……まるでゾンビ映画のように広まり、五年の間にゆっくりと拡大していった。

 幸いな事に、この現代で不用意に暴れ注目を集める事の危険性が感染者の行動を制限し、大規模なパンデミックは今まで起きていなかった。

 しかし、それも崩れ始めている。


「卓也君は特撮ヒーローとかテレビで見るかな?」


「見ます。父さんがスーツアクターで……」


 話しが進む事に嫌な汗が流れる。受け入れ難い事実と予想が頭から離れない。


「そうか。感染者の末路は主に三つに分かれる」


 画面に映されたのは先程現れたネズミ型怪人の写真だ。


「約八十パーセントの人がこのベクターと呼称する個体に変化する。人間としての自我や知性を失い、ネズミの本能やキャリアーの指示に従う……戦闘員なのようなやつだね」


 心臓が大きく跳ねる。あのベクターの心臓を貫いた瞬間が目に浮かんだ。

 続けて画面が切り替わり、今度は牛男、ミノタウロスのような怪人が映される。


「十五パーセントはキャリアーと言う怪人だな。これはネズミ以外の生物を模した姿をしており、人間の頃の知性や自我を維持している。が、その精神は大きく変わっている。悪い意味でね」


 胸が痛い。肉体を破壊するあの感触を忘れようと博幸の話に耳を傾ける。


「そして残り五パーセントが、ウイルスに打ち勝ち抗体を獲た者、グローバー。美咲君がこれだな」


 美咲の方を見て、一瞬視線が合ったが俯いてしまう。

 話に集中できない。怖い。そんな気持ちに支配されてゆく。


「さて、ここまでで質問は?」


 卓也は俯いたまま動かない。しかし数秒後、意を決し口を開いた。


「俺…………人、殺しちゃったん……ですか?」


 病気と聞いて最悪の想像をしてしまった。

 自分が倒した怪人……違う、殺害した生物は病気で変異した人間だった。それが事実ならば、病人を殺めたのと同じだろう。

 そう考えると自分の行いにゾッとする。ヒーローごっこをしながら嬉々として命を奪っていたのかもしれないと。

 そんな卓也の気持ちを察した博幸は、物悲しげに目を細める。


「法的には殺人にはならないよ。変化……発症した時点で法律上人間では無い。死人と同じだ」


「人間じゃないって……」


 愕然とし言葉を失う。

 ならば自分は何者なのだ? 死人扱いされているのか? 人として認められていないのか? 己の存在に不安しか感じられない。


「藤岡君」


 それを美咲も察している。


「貴方のやった事は間違いじゃない。あのベクターを治療したのよ」


「治療って何だよ。死こそ救済ってやつか? どっかの悪役みたいな事を言うんだな」


「そうね。そう思われても仕方ないわ。でも、野放しにすればもっと被害が出る」


 美咲の言いたい事は解る。しかし理屈ではない、気持ちの問題だ。

 卓也よりも前から美咲はこの件に関わっている。それなのに何故こんなに平然としているのか理解出来ない。

 思わず睨んでしまうが、美咲の口調も変わりはしない。


「藤岡君はゾンビ映画とか見た事ある?」


「あるよ。兵器として作られたウイルスでって話だろ? あれと同じって言いたいのか」


「ええ」


 即答する美咲に言葉が詰まる。


「逆に聞くけど、どこが違うの? 人を怪物にして、襲えば増えるのも同じ。ベクターはともかく、知性のあるキャリアーはゾンビ以上に厄介よ」


 少しばかり美咲の口調が荒くなる。今までとは違い、彼女が感情的になってきている。


「確かに今でも元に戻す治療法を探しているけど見付かっていない。これ以外方法は無いの」


「だけど!」


「だけどじゃない! それとも何? ゾンビはフィクションでキャリアー達は現実。だから人間なの? じゃあ逆でも同じ事をするのね。家族が襲われても放置するんだ」


「…………っ」


 答えられずに黙ってしまう。

 ゾンビは良くてキャリアーとベクターは駄目。フィクションの存在と現実を一緒にしてはいけない。そんな考えを抱いているのは自覚している。

 現実と区別しているからこそ、美咲の意見を否定しようとした。だが逆だったら? そのもしもを考えると否定出来ない。

 両親の事を思うと口を閉ざしてしまう自分勝手さに飽きれてしまう。


「じゃあ、俺は何者なんだ?」


 彼女達の言葉を借りるなら、自分はキャリアーに分類されるはず。問答無用で治療と言う名の殺処分対象のはず。

 何かが違う。その理由が知りたかった。

 博幸が咳払いし答える。


「それについては完全には解らない。それを調べる為に来てもらったからね。だが状態については説明しよう」


 パソコンを操作すると画面が変わった。

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