ボーナスエピソードその2. ロディの夢
うっすらと視界が明るくなってくる。明るくなったと言っても、何故かボクが立っている空間は元々暗かったけど。
「ここは……?」
いつの間にか見覚えの無い、暗黒空間という言葉が相応しい空間に迷い込んでいた。辺りを見回しても圧倒的な暗闇がボクの体と心さえも包んでくる。
けれど明かりはある。正面、少し離れた場所には黒く大きな“扉”があった。傷や錆はこれっぽっちも見当たらず、丸い形をした二つの取っ手からは両開きするタイプの開き戸だと見て取れる。申し訳程度の松明が取っ手付近に立てかけられており、それも頼りにならない明るさだ。
「あれ……誰かいる?」
扉の前、こちらに背後を向けながら取っ手を見上げている人影が見える。目を凝らして外見を観察。ピンク色のショートヘアに、薄紫色をした上着。灰色のズボン……と、ボクの記憶に強く刻まれた人物と完全に一致した。
「……っ!? ユニっ!!」
間違いない、ユニだ。死んでしまったはずなのに、ボクの手の届く範囲に立っている。ここがどんな場所でどんな目的のために作り上げられたなんて分からないけど、ボクはユニともう一度抱き合いたい。せめてもう一度、話がしたい。それがダメなら、背後から自己満足するための声をかけるだけでもいい。
だって一度も、『好き』って想いを言葉では伝えられなかったんだから。
しかし、駆け出そうとしたボクの身体を、何者かの声が停止させた。
「あの子に近づいちゃ、ダメだよ」
その女性の声は背後から聞こえてきた。ついさっき確認した時は誰もそばにはいなかったはず。ボクは急いで振り向き、声の主を確認した。
女性は艶のある緑色のショートヘアをしており、黒いパーカーと灰色のホットパンツを着用している。膝上までの丈があるニーソックスもあった。
「ど、どうしてですか?」
まずここがどんな場所なのかを聞く事が最善手なんだろうけれど、ボクは考えるより先に発言してしまった。ユニのそばまで走ろうとしていたのは身体だけでは無かったから。
「死んじゃうんだよ、あの子の近くまで行ったら。……これは嘘じゃないから」
不思議と信用出来る気がした。そもそもあの扉も禍々しいし、ユニは離れたコロニーで生命反応が消えたとプルートが言っていた。もしかしたらこの空間も何者かの能力によって作り出されたものの可能性もある。その場合、この女性はボクを助けに来たのかもしれない。
「大丈夫、まだ君は引き返せるから」
でも。
「……ユニと一緒に、死ねるんですか?」
女性の黒い瞳を見つめながら、小さい声で呟いた。『好き』から逃げない発言、『死』へと逃げようとする発言。『嘘』の無い真っ直ぐなボクに、女性は驚いた様子を見せた後に歯を食いしばった。
「……いや、そうとも言いきれないよ。だってあの子はまだ完全には死亡していない。本当に脅威なのは、あの扉……あの向こうに行ったら自分から帰る事はできない。『死』なんだ」
彼女が指した先に立っているユニは、ボク達の話し声が聞こえるであろう範囲内なのにピクリとも動いていない。生体反応は消えても、僅かな命の灯火は残っているという事なのだろうか。
「まぁ、私はちょっとした事情で扉の外に出ちゃったけど……今から私も向こうに行くつもり。着いてきちゃダメだよ?」
女性はボクよりも年上だからなのか、優しい口調で諭してきた。ボクの右肩を左手でポンと叩いた後、ユニと扉の元へ歩いていく。しかしその最中で彼女は立ち止まる。
「私が言うのもなんだけどさ……自分に嘘をついちゃ、いけないよ? それに君はまだまだ生きられる。ユニって子を安心させるためにも、ここで死んじゃダメ。乗り越えるべき壁がきっと用意されてるはず。これが今の私の、本音だから」
振り向かずに、でもボクの心に届き響いた声だった。その言葉が身体に染み渡っていくと共に、視界が再び明るくなっていく。暗黒空間は裂けるように崩壊し、女性は開いた扉の向こうに。でも、ユニは動いていなかった。
*
今度こそ現実世界で目覚めた。病室のベッドで寝転んでいたボクの下半身は無く、部屋にも他には誰一人として存在していない。
「あ、エネルギーが少なくなってる……」
プルートとスタークによって救出されたからずっとこうしていたせいだ。点滴のようにプラグが右腕に繋がれており、壁に立てかけてある液晶のパーセンテージは5。死にかけの状態だったから、あの空間に行けたのかも。
「自分に嘘をついちゃいけない、か……」
女性の言葉を思い出す。だったら、今のボクの本音は────
「ユニの悲願。コスモの理想……ボクが絶対、叶えてみせるから。そしたら……扉の前にいたユニも、振り向いてくれるよね?」
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