Gun marks

「……その方法って?」


 緊張し過ぎたせいか、敬語も忘れてしまう。この空間に意識を移している時間と、現実で流れている時間。その流れは同じではないようだが、僕は早くコスモを助けたい気持ちで一杯なんだ。


「それはね………………」




 *




「……え、それで本当に大丈夫なんですか?」


 聞かされた作戦の内容。それは僕の想定よりも遥かにシンプルなものだった。


「うん多分」

「えぇ……」

「それで倒した後は、私の体からチップを取り出して……うなじの辺りにはめ込んでみて。そうしたら数分のダウンロードを経た後、10分程度だけど、私の意識が君の体すらも動かせるようになる」


 困惑している僕を突き放し、自分が言いたい事を話すヴィーナスさん。でも早口で、急いでいるようでもある。


「10分経ったら……どうなるんですか?」

「…………今度こそ、私の意識が消えて……死んじゃうね」


 僕は自分の意識を心配してこの質問をしたというのに、死ぬ覚悟を見せられるとは思わなかった。


「でもどうして? ずっと僕のこの空間の中で生きる、って手もあるんですよ?」

「それは……生きてる、って言えないでしょ。それに暇だったし……“アレ”を使った場合は事が鍵になるかもって、プルートさんから聞かされてたし」


 急に悲しそうな表情になるものだから、質問を後悔してしまう。しかしヴィーナスさんも“アレ”の詳細を知っているというのに、僕にだけ教えてくれていないというのは、やはり疎外感をぎゅっと抱きしめてしまう。


「さ、もうすぐ始めないと。私を殺す、作戦を。ショートした所はなんとかするからさ」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





「母さ、ん……!」


『黄色』の力を持つ操り人形は、かつての息子の首を右手で掴む。そこに親子間の愛情などはなく、ただの殺意しか有していない。殺せ、と命令されたのだから。

 ギチギチと締め付けは強くなり、首にあざができるほど。華奢な女性の腕だが、意思などない彼女の体に遠慮というリミッターは存在しない。


「ん……?」


 僕の意識が戻った。身体は倒れ込んでいたままで、コスモが首を締められている光景が一番最初に目に入る。ショートしていた箇所も、何故か治っている事に気がついた。ヴィーナスのおかげだろうか。


「コスモっ!」


 彼を助け出すため、僕はまずロッドでヴィーナスさんの左手を狙った。立ち上がるのと同時に白い壁を蹴り、唐竹割りのような形で振り下ろした。


「……」


 しかしその一撃も左手で掴まれ、またしても逆再生、【ムーンライトフラワー】が発動した。だがこれは……想定内の反撃。

 ロッドの動きが逆再生されるが、僕はロッドを離さない。そしてぶら下がる事で白い壁まで後退した瞬間。僕は再び、左足で壁を蹴った。



「いけぇっ!」



 命令に忠実に従っていたため、ヴィーナスさんは目の前のコスモの殺害を先に行おうとしていた。そんな彼女の後頭部に、僕は右足による蹴りを思い切りぶつけた。


「うおっ!?」


 蹴りの衝撃によりコスモの首から手は離れる。

 今しかない、彼女を殺す作戦を……実行するには!


「これで、終わらせる……!」


 僕はヴィーナスさんの真正面に立ち、ロッドを頭に向け狙う。そして頭を上げた瞬間。


「……っ!」


 ギャラクが額を撃ち抜いた時にできた、あの銃痕。そこにロッドを突き刺した。太さはやはりロッドの方が大きいようだったが、ヴィーナスさんの体は既に死んでいる。冷凍保存をされてはいたのだろうけれど、腐敗が少し始まっていた体だ。無理やり皮膚を突き破り押し込むくらいの事は可能。


「今だっ!」


 そしてロッドの先端がヴィーナスさんの頭の中心部に辿り着いた瞬間。僕はロッドの先端に、エネルギー弾を作り出した。発射はしない。


「…………」


 彼女の体は一言も発していないが、体がガクガクと震え出した。頭の中でエネルギー弾は膨れ上がり、使われなくなった脳みそやその他の神経を圧迫しているからだろうか。

 直接当てただけでは命を奪うなんてできないエネルギー弾だが、銃弾の勢いを殺し、人間を吹き飛ばすほどの威力はある。それを体の内側から放てばひとたまりもないだろう。


「……これで終わり、っ!?」


 油断していた瞬間だった。彼女の体は震える両手でロッドを握り、【ムーンライトフラワー】を発動させた。三度逆再生は行われ、エネルギー弾も消失。

 僕は慌ててロッドを手放した。先程のように雷撃を受けたくなかったからだ。そして1メートルほど後退し、コスモへと近づく。


「まだ倒れないのか……もう一回やれば、いやでもカプセルを取り返さないと……」


 どうにかしてカプセルを奪い返し、再び銃痕に突き刺す。さすがに二回目は耐えられないだろう。実際、今の彼女の体は震えており動きも不安定だ。

 しかし……両手には黄色の光が見える。雷撃は変わらず撃てる様子だ。僕は回避するために意識を集中させたが、コスモが倒れたままだという事に気づく。


「まずい……このままじゃコスモが!」


 彼を背負って回避などできるわけが無いのに、無意識にコスモへと手を伸ばしていた。そしてコスモを僕の背に乗せようとした瞬間、ヴィーナスさんの様子も確認した。いつ雷撃が向かってくるかなんてわからない。


 だが僕の目に映ったものは……微動だにしないヴィーナスさんだった。


「え……?」


 疑問の声が出る。それと同時に彼女の体はまたしても揺れ始め、前のめりになって倒れた。

 すると彼女の背後にロディが見えた。両手でロッドを持っている。彼が何をしたのかは、すぐに察する事ができた。後頭部に空いた銃痕から、僕と同じようにロッドを突き刺したのだろう。


「これで……よかったんだよね?」


 と言いながらロッドを廊下に落とすロディ。彼の手は震え始めていた。人を殺めたという事実に押しつぶされそうになっているらしい。


「母さん……!」


 無気力だったコスモは僕を振り払い、ヴィーナスさんだった体へと駆け寄った。少し雑な扱いをされた事に対し嫌な気持ちにはなったが、母親が二度死んだんだ。仕方ないと思い込ませた。


「母さん……。ごめんっ……ごめん」


 倒れたヴィーナスさんを持ち上げ、動かなくなった遺体を抱きしめていた。『死なせて楽にしてあげたい』とは言っていたものの、やはりコスモは覚悟が決まっていなかったらしい。

 チップをうなじにはめ込んだら、彼女の意識は数分のダウンロードの後に十分程度復活するが、今は彼にも伝えない方が良いだろう。それに、まだギャラクという壁もある。


「これが、『黄色』のカプセル……?」


 ロディの足元にカプセルが転がる。デザインはコスモ達が持っているものと変わりなく、色が違うだけ。


 それをロディが手に持った瞬間──彼の長い髪の色は、金から黄へと色を変えた。


「あ……これって!?」


 ロディの華奢な身体の周りに薄い色の電撃が浮かび上がる。今この瞬間、ロディが『黄色』を受け継いだ。


「……僕が『黄色』の担当になる予定だったんだけど」


 苦笑いを浮かべた。黄色の担当になるのはコスモとの約束でもあったから中々ショックだ。

 しかし僕とロディは同じ半人造人間。それにロディは過去に人間に襲われた事がある。今日のも合わせると二回もだ。大衆の意見を集める事に関しては、ロディの方が適任かもしれない。


「それじゃあ僕は、チップの方を……」


 ヴィーナスさんのうなじに手を当てると、その部分から黒い板状の物体が浮き出る。あっさりと取り出せたのは、きっと僕の中にヴィーナスさんの意思が少なからず宿っているからだろう。本人確認を偽装できた。

 黒いチップを同じようにうなじに押し当てると、飲み込まれるように一体化していく。すると頭の中に何かが電流のように流れ込んできた。きっとヴィーナスさんの膨大なデータなのだろう。

 ……でもこれは、なんだか悲しみに満ちているデータ。そんな気がする。

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