Ⅱ ⑾ ミソチゲ



パリに着いてすぐ携帯が壊れた。


「……凄く嫌な感じ…」


「携帯が壊れたらそりゃ嫌な感じだろ。

iPadとかと同期して…無いか。

ハミンさんの番号知らないな…

向こうの事務所に聞けば分かるだろ。」


空港から仕事に向かうクルマの後部座席、

崩れるようにシートに寄りかかると

視線が膝と同じくらいの高さになり

隣にいるナグがいつもより大きく感じて

頼れる男とホント子供みたいな俺。

運転手には俺達の日本語は分からないはずだから

プライベートな事も気にせず話した。


「……初めて…エッチを拒否られた。

どうしよう。

携帯も壊れたし…

ハミンに会えない…立ち直れない…」


「テテ…何やらかしたんだ?

あ、言いたくないなら言わなくてもいいぞ?

聞くのが怖いから。」


「………愛人になってもいいよって…」


「は?…っえ?!

…ハミンさん結婚するの?!」


「しても良いよ、って話したの。

それでも俺は愛し続けるよ、って。

……ハミンには幸せになって欲しいんだ…

俺には幸せに出来なそうも無いから…」


前屈みになり膝に肘をつき頭を抱え出すナグ。

同じくらいの目線になった。

こうしてナグに相談出来るから

仕事も悪く無い。


「……なんでテテじゃ幸せに出来ないんだ?

そんなのハミンさんにしか分からないし、

そもそも…テテに幸せにして欲しいって

ハミンさんは思ってるのか?

そんな人任せな事…

テテはハミンさんに

幸せにして欲しくて一緒にいるのか?

……相手の幸せを願うのは当然だけど

幸せにしてあげる、って思う事は

そもそもエゴ…」


「…俺は自分の幸せは諦められるんだ…」


「そんな……

それじゃハミンさんと別れるのか…?」


「別れたく無いから…

少しでも一緒に過ごす時間があればと思って

……愛人って…」


「……はぁ……

一般的じゃない家庭で育ったんだとして

それが悪い事だとも思って無いけど…

テテの両親が上手くいってたのは

ごく稀なケースだぞ?………ハミンさんは

凄くシンプルな愛し方をする人に見えるけど

ただテテが好きで一緒にいるように見える。

そんなお前もシンプルに愛してるんだろ?

だから上手くいってるんだと思ってた…」


ナグの言葉で少し気持ちが軽くなる。

同時に涙が溢れそうになる。

涙を堪える俺にナグの手が伸びて来て

頭をクシャクシャと撫でられた。


「……けど……子供…産めない…」



幸せって難しい。


愛するって難しい。



こんなに難しいと思わなかった。


けど、難しくても、ハミンを思う気持ちを

自分では止められない。


ハミンを不幸にしてまで

自分の幸せを優先してしまいそう……




ハミンに会いたいのに、

ハミンの声が聞きたくてしょうがないのに、

壊れた携帯を握りしめたまま

ハミンに電話する事を躊躇した。


そして1週間サックスの仕事に専念した。

…サックスを吹いていても、

誰かが作ったご飯を食べても、

冷たい風が枯れ葉を飛ばしても、

空に輝く月を見上げても、

抱きしめる体が無いまま朝の光を感じても、

…電話をかけれなかった。


不幸にしてしまわないように、我慢した。




躊躇。


我慢。


後悔。


ハミンと俺の気持ちについて考えてたら

考え過ぎて行動に移せなかった。

日本に戻ってすぐ携帯を直したけど

基本ハミンと連絡をとる為の機械でしかないそれ。

電源を入れるのも今更な気がして

怖くなってしまった。



10日ぶりくらいに帰って来た自宅。

ただ、ハミンが生活している所に戻って

ハミンの顔を見たら

気が楽になるかと思ったのに

誰もいない静かなもぬけの殻な家は

ただの廃墟で…自分が死んだみたい。


あれ…?


俺、ホントに死んだのかな?


こんなにも廃墟で空虚な場所だったっけ?



幽霊になったように

幾つもの部屋を歩き回った後

玄関の床に膝をついた。


足にも手にも力が入らないけど…

俺、ハミンと、また会えるよね…?


離れたら…

俺は廃人だよ。

会えないってだけで

こんなにも怖いのに、何が愛人?

誰が愛人になれるって?


なんの覚悟も出来てないくせに

ハミンと離れて待つだけの男に

なれると思った俺が馬鹿だった。


まだ間に合うかな…


ハミンに会いたい一心で

震える指で携帯電話を操作した。

…電話を鳴らす。けど繋がらない。


メッセージを確認すると数件溜まっていた。


『携帯壊れたんだってね。

このメッセージは読まずに消えるのかな。

テヨンのバカ。バーーーーカ。

バカになろうって言ったけど、違うだろ。

愛人は違うだろ…』


…うん。違う。

イイ子になって愛人になろうと思ったけど

俺には無理だ。

こんなにもバカだから。


『ごめん、テヨン、約束したのに。

僕だけ韓国に行ってくるね。』


…約束…?

韓国に一緒に行く約束の事だよな。

まさか他の約束の事も含まれる…?


『テヨン、会いたい。

テヨンに会いたい。もう一度だけでも…』


うん。会いたい。

ハミンに会いたい。

もう一度……?…だけ……?



……約束?

……もう一度だけ?

浮かんだ疑問とハミンの電話越しの声が

頭を占領したまま、身体は固まり膝を着いたまま、

どれくらい時間が過ぎただろう。


無音の世界に

ドアが開く音がして見上げる。


開いた隙間からハミンの姿。

幻覚かとも思うけど…


視線は重なった瞬間から外れない。

外れないどころか瞳がだんだん大きくなり

下がる眉毛と口元。

本物…だよな?


なんて声をかけたらいい…?


ハミンは手にしていた荷物を落として

涙を堪えるように歪む顔、口元を隠した。

フラフラと俺に近づくハミンを抱きしめる為

俺も立ち上がる…視線はハミンのまま、

覚束ずフラフラしてしまう。

口元から伸ばされた手が伸びて来て

頭に回されると同時、

受け止めた身体は思ったより勢いがあって

更にフラフラしたけどどうにか立ったまま…

ハミンの身体を抱きしめ返した。

強く。


「……会いたかった…」


「うん、僕も…」


「……ごめん…」


「………」


強く強く抱きしめると

顔を手で包み込まれ、頬を抑えられながら

食い付かれるようなキスをされた。


「……ハミン…」


「…ん…テヨン…」


「……ごめん…」


「………謝らないで…」


……こんなにハミンを傷つけて

謝らずにはいられない…

涙を零し、身体を強張らせながら

キスを繰り返して来る。

深く舌を絡ませて、呼吸も会話も最低限。

ハミンの舌の勢いに応えるだけで

俺の身体は熱くなった。


コートの中のセーターとTシャツを捲り

ハミンの強張る身体に両手を這わせる。

…素肌をなぞるだけで跳ねて震える。

ベットで愛撫を重ねた後の感度の高さ。

俺も我慢出来ずにハミンを抱きかかえて

玄関から一段高いフロアーマットの上に

ハミンの背中を支えながら倒し

上からキスを…顔や首に沢山落とした。

下から伸びて来る手は髪の隙間を彷徨ったり

後頭部を押さえてキスを深くしたり

俺の服をいつもより荒く大胆に脱がしてく。

そんな手の動きに翻弄されつつ

俺もハミンのコートやセーターを

脱がしていった。

2人の熱で寒さなんて感じない。

胸の突起を舐めようと舌を伸ばした瞬間

ハミンと目が合った。


……涙で潤んでる瞳の奥、強い視線に

いつもと違う意志の強さを感じて

反射的に目を細めた。


蕩けて流されていく雰囲気じゃない…


その意志は……

答えを出したのか……?


"もう一度…だけ"……なのか…?


だからこんなに激しくやろうとしてるのか?



舌で転がした胸の突起を

思い切り吸い上げた。

ビクンと反り返る身体は快感に溺れる事なく

俺に手を伸ばしてくる。

ウエストボタンを外しチャックを下ろされ…


俺は俺で舌を動かし、

出る筈もない甘い蜜を味わうように舐め取り

容赦なく吸い上げ続ける。

片方ずつ交互に、空いた方は指で転がしながら

感じて跳ね続ける身体なのに

上半身を起き上がらせて背中を丸め、

俺の下半身に顔を近づけたと思ったら

強く吸い上げられた。

更に舌を絡めてきて続く快感。

一点を急に快感へ導かれ床に崩れてしまう。


「………っ……ぁっ……ハミっ…ン…?」


「………んッテヨンッ、…すきっだよ…」


ハミンはそのまま、

近くにあった自分のコートのポケットから

ハンドクリームを出して自分の後ろへ…

多分自分で馴染ませ始めた。


「……ハ…ミン、激しいのは嬉しいけど…」


「…いいにゃら…このまま…」


ハミンのお尻を引き寄せ

2人で横になりながら相手を舐めた。

ハミンの指を抜き、俺の指を入れると中がうねる。

同時にハミンは苦しそうなのに舌を絡ませ

吸い付きを強くする。

指を動かすとハミンがビクビクと震える。

下半身を俺から逃げるようにして

一瞬身体が離れたけど…

ハミンが俺を捉えて、すぐ、

ずぶずぶと満たされていく。


「……ハミン……っすごい…けどっ……」


「……っけど、な…に……」


ハミンも感じてる筈なのに

一生懸命動いて…度が過ぎる程、快楽を求めてる。


「……もう一度だけって……なに…」


少し横になっていた身体、

ハミンの体を正面に持ち上げ

俺の上で震えて悶えて崩れてを繰り返す。

上向き、正面で向き合うハミンの…そこからは

溢れる液を光らせながら。


「……あっ…あっ……あんっ……」


声もいつもより甘く響いてる。


「ねぇ……?」


確認せずにいられない。

こんなに乱れるハミンは何かを隠してそう。

"もう一度だけ"

そんな意志だったらどうしよう…


このまま離したくない。


下から首に手を伸ばして掴もうとしたその時…


「……テヨンを愛してるっ…

…テヨンじゃないとダメなんだよ…

…こんな身体にしといて…

逃げるなんて酷い………バカ…バカ…」


もがきながらも声を絞り出し、

俺を睨んで涙を更に流し出した。

ポタポタと腹に落ちてくる涙は温かい。


首へ伸ばした手で頬の涙を拭うと同時に

上半身を起こし反対にハミンの背を倒した。

ゆっくり、見つめ合いながら。

繋がりながら。


緩々と…出来るだけ強くは動かないようにして

キスをしながら…こんな時に…

しながらでも、すれ違いたくないし、

…卑怯でも、今更でも、

離したくない。


離したくないけど…不幸にもしたくない。


「…ハミン…利己的に考えて。

俺と過ごして…この先もずっと、

俺と過ごす事はハミンにとって損?特?

…幸せ?……不幸にしそうで怖いんだ…」


「幸せにして欲しいわけじゃない。

僕が…ただ今の感情だけで考えても、

将来の事を利己的に考えても、

誰かを傷つけるんじゃないか…とか

子供が欲しくなるんじゃないか…とか

気持ちが変わっちゃうじゃないか…とか

いろんな不安、全部、

全部…どんなに考えても…

………こうしてテヨンといたい。

それが、僕の……気持ち。

テヨンに幸せにして貰うわけじゃなくて、

テヨンと1日1日、一緒にいたい。

何日か離れて過ごしたとしても、

気持ちは一緒に…

約束を繰り返して

2人が幸せになるように

2人して努力したり…求めたり…

……今回みたいにもう離れたくない…」


拭っても拭っても泣きながら話すハミンを

近くで繋がりながら見つめていた。


「…ほんとは、

韓国にテヨンと一緒に行きたかったけど…

すぐにでも断った方がいいと思ったし…

ここに、テヨンと連絡取れないまま

1人でいれなかった…自分が壊れそうで……」


ハミンの気持ちが痛い程伝わる。

…信じて…尊重して…


2人で努力か……


緩々と動かしていた腰を

奥へ強く沈める。


甘い声をあげながらも強い視線のハミン。


「……あっ……テっ…ヨンッ……約束っ…

2人で約束っ…して…守る努力…」


「……んっ……っ…

……フランスで……俺も…

ハミンをっ……思いながらっ

写真を撮って来たよっ……約束したから…」


…安心したように微笑むハミン。

笑うと細まる目、奥どころか

涙の潤いまで見えなくなった。

そんな笑顔も大好き。愛してる。



……幸せにするのは難しいだろうけど、

約束は守るし……今、ここでハミンを

天国へ連れて行ってあげる。


ハミンの腰を持ち上げるように強く引き寄せ

自分の腰も奥へ強く速く突く。


快楽の最中、強張る身体から

出るものは溢れて暫く止まらなかった。

力が抜ける身体に引き続き動き続けると

朦朧の意識なのか、うわ言のように鳴き出し

身体が痙攣するように跳ね

汗がバァッとハミンから出て全身を包む。

そんな身体が俺のに吸い付いてきて、

うねりには耐えられる筈もなく…

絶頂を迎えた。


意識を失ったハミンを

ベットに運び、身体を拭き、

毛布で包んでおく。


俺がシャワーを済ませて戻る頃、

ポワポワで少しだけ意識が戻るハミン。

抱き合いながら眠りにつくんだ。





・・・・・🦋・・・🦋・・




日本へ戻り、

テヨンと抱き合って眠りについた次の日。

2人空腹でフラフラな状態。

暖房が間に合わない冷えたキッチンから

身を守るように毛布を被ったテヨンに

後ろから包み込まれる。


毛布はフワフワだし、

テヨンの温もりと素肌の感触が気持ち良い。

料理しながら動くとテヨンのモノが当たって

少し硬さを主張してくるけど、

ろくにご飯も食べて無いのに

昨夜激しかったから

すぐに何か食べないと2人共倒れてしまう。



テヨンが以前炊いたご飯の冷凍と、

スープを煮て簡単にチゲを作った。

韓国で仕入れた調味料で甘辛い味噌チゲ。


後ろでは待ちきれず

韓国海苔を食べ始めてる。


「…出来た!早く食べよう!」


「……はい、あーーん…」


後ろから覗き込まれて海苔を口に。


「俺にも…あーーん…」


眠いんだろうからベットに寝ててと言っても

聞かずにキッチンへやって来たまま

寝ぼけているテヨン。

立ちながらチゲをスプーンに取り

僕の息で冷ました。


「フーっ…フーっ…出来たてで熱いよ…

少しずつ飲んで?はい、あーーん…」


口元に運ぶと大きな一口でスプーンが口へ…


「熱っ!」


「ごめん!チョットずつ食べてっ?」


「……ん、うまー…」


「え?大丈夫?火傷してない?」


「大丈夫ー…」


「味の濃さは?薄い?辛くない?」


「大丈夫ー…丁度良いー…美味しい…」



味の濃薄は好みがある。

大抵の料理は少し薄めに作り、

食べる人に合わせていく。

他人には…親にさえ、

味付けを合わせる仕上げをするのに…

テヨンはいつも僕の好みのまま文句も言わず

美味しい美味しいと食べてくれる。


テヨンが僕に合わせてくれてるのか、

運命のようにピッタリ合った味覚なのか…



「……運命だよね…」


「え?何?」


隣で立ったまま作業台に寄りかかり、

皿によそった味噌チゲを頬張っている。


「……いや……僕が作ったご飯を

美味しく食べてくれるテヨンがいるだけで、

僕の人生は幸せなんだよ。」


「……ハミン……

俺はハミンのご飯が食べれる人生なら幸せ…

……あとエロいハミンと、

笑顔のハミンと…」


「もう…ご飯だけかと思ったじゃん…」


「あ、ハミンの仕事の面でも

俺が出来る事はするから。協力。」


「いや、いい。

自分の事は自分で。仕事は仕事だから。」


「だって今回…」


確かに仕事より

テヨンを優先しちゃう事も増えたけど…


「お互い仕事は仕事、

今まで通り頑張ろー!」


「おー!!まぁ…

収入安定しないのは俺の方だろうけど!」


イヒヒ、って笑うテヨン。


「…テヨンなら大丈夫だし、

テヨンがどうなっても僕は大丈夫。」


「俺だって…とにかく、

いざって時は!ハミンは俺に頼る事!」


……笑いながら

少し寝ぼけてふざけてるのかと思いきや…


「約束。」


低く落ち着いた声の囁き。

真剣な鋭い瞳に近くで見つめられ、

唇が重なる。



テヨンとの守り守られていく約束。


この約束は永遠だと思える僕は

自分でも驚く程テヨンを愛してる。



恋人契約は

これからも約束とてして守られていくはず。




「まず…これからも浮気は絶対しちゃダメ。

約束ね。」


「おー…ハミンから言われるの新鮮だねー…

可愛い、ハミン。」


「ちょ、誤魔化してる?

ダメだよ?約束だよ?」


「ふはっ誤魔化してないよっ!約束。

ハミンもね?

2人きりだと食事も浮気だからー…」


「え?そうなの?!

あ、テヨンだとそうだけど、

僕は仕事で普通にありえる…」


「…なにそれ、なんで俺だとそうなの…

はい、早く食べて。

食べたらまたベット行き決定。

あ、それともココでまた始めちゃうよ?」




これからも、僕とテヨンなりの

いろんな約束が交わされていくだろう。



2人の間には


甘い契約と時々切ない…愛の約束。





僕の永遠の恋人、テヨン。


これからもずっと一緒にいて。




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