Ⅱ ⑼ グラタン



同じ屋敷に住み、

僕が作った料理を食べ、

同じベッドで絡まりながら寝る。


広い屋敷の中で2人、いつも近くで過ごす。

料理中、大抵彼は後ろにくっついてくる。

逆にテヨンが仕事しているような時は

横から擦り寄ると

猫を撫でるように手を伸ばしてきてくれる。


別々の部屋で作業する時は

邪魔しない程度に様子を伺う。


仕事で出かけた時は

お互いの状況や予定を確認する。

ラインで済ませたり、声を聞いたり。



些細な喧嘩もするけど

仲直りをする度、普段より愛情表現をして…

お互いの仕事、生活のペースが

不思議な程ハマり

充溢した毎日を過ごしていた。



一緒にいる時、離れている時、

常に僕等は繋がっていて

愛し愛される日々。


こんな人、こんな関係、

自分に出来ると思っていなかった。

テヨンに出会う前は

1人が丁度良かったり

恋人とも距離を作っていたのに。


人々が結婚して永遠の愛を誓う気持ちが

何となくわかってきた。


愛に翻弄されている。



このまま変わらずに…

……続かない事が普通なのは分かってるけど

既に翻弄されてしまった僕は

そう願う事しか出来なくなってしまった。



……願えなかった過去より

満たされているような…


繰り返される約束、守られてゆく約束で

……自分に自信がついたような……





時差を気にしないのはもともとだけど、

通話料を気にせず

電話出来るようになってからも

仕事が忙しくて余りかけれないでいた。

テヨンと暮らしてからは

少し仕事を減らしていたけど、

1人の時間も減って余計にかけていなかった。


母が日本へ来るという事で

韓国に住む母との電話。


「オンマ、僕、仕事の関係で

友達の家に住んでいるんだ。で…

この前僕の家に泊まれば?って言ったけど

僕の家…マンション狭いし、

その友達もうちに泊まって貰えば?って

言ってくれて…その屋敷、広いし…」


『あら、そう?

実はホテル取ろうかとも思ってたのよ。

けどハミンとそのお友達がいいなら

お世話になろうかしら。

私と、もう1人のお友達も。』


「え?あ、母さんの友達も来るの?」


『そうなのよ。

だからホテルの方がいいかと…』






「こうして抱きしめるのも

ハミンのお母さんが来たら出来ないね…」


結局母の友達も迎え入れるという事で

母が来る日、音楽もかけず静かなキッチンで

空港へ迎えに行く前に料理をしていると

隣でテヨンはご飯を研ぎ、

炊飯器にセットしてくれた。

それから迎えに行く時間を気にしつつ

後ろから抱きつき肩に顔を乗せてくるテヨン。

元気無さげに囁いてくる。


「……美味しそう…」


僕の部屋に元々ベットは無い。

ダミーを運び入れておこうかとも思ったけど、

ベットが壊れて買い替えてるとか

テヨンの案で誤魔化す事にした。

そうしたらテヨンの部屋で寝ていても

変に思われなくて済む、から…

夜は一緒に寝れるんだけど。

まぁそれでも裸では寝れないし、

昼間はくっ付けない。


軽くコツンと頭をテヨンの方に傾けた。


「…手品みたい。いろんな食材が

なんでこんなにうまく組み合わされて、

味も整って、美味しくて。

見た目も綺麗で芸術だし。…凄い手だね。」


「……え?

それを言うなら、テヨンの手の方が…

サックス吹く時なんでそんな

リズムとかそんなスピードで動かせるの?

って感じだし、

絵だって絶妙なバランスで描いてるし…

テヨンの手の方が手品だよ。」


「…こうやって触ると感じちゃうしって?」


「…っ、…たまにエロ過ぎる手って思う…」


シャツを捲られ、手が服と肌の間を

簡単に忍び込んで来て

あっという間に胸に触れてくる。

クルクルと撫でられると

力が抜けて料理の手が止まってしまう。

何品も韓国風の料理を作った上に、

グラタンを作っていた。

このホワイトソースを焦がしてはいけない。


「……ちょっ…火、危ないし、

焦がしたら美味しくないからっ…」


クルクルと動かす指は止まったものの、

後ろから両手で強く抱きしめてくる。


「……早く。時間ない…

出かける前にハミンを抱かないと…

ずっーーっとエロい目で見ちゃうだろうし

お母さんがいても抱きしめちゃうかも。」


「……エロい目って…

テヨン自分でわかってんの?

エロい目、強烈だから…」


「え?そう?ただ言っただけだけど。

ハミンを見るだけでそうなるんだろうね…」


「…じゃあ今エッチな事しようがしないが

関係なさそうだけど…」


変にお預けさせてるわけじゃないけど…

がっちり抱きつかれて

ちょうどお尻に当たり膨らみが伝わるモノ…



「………まだ?…」


更に耳元で囁かれる声と吐息の温もりで、

僕だって感じちゃうし…


本当はマカロニにホワイトソースを混ぜて

器に入れ、更にホワイトソース、チーズ、

パン粉やパセリをかけて…

焼くだけにして冷蔵庫に入れたかったけど

…後でやれるかな…


ほぼ完成したホワイトソースの火を止めた。



少しだけ振り返ると

笑みを浮かべたテヨンと目が合う。

勢いよく噛みつかれるようなキスを受けて

テヨンの腕に支えられながらも

自分の背中が反ってしまうし

目も開けていられない。

…優しい目から獣の目に変わるか

見たかったけど…


繰り返すキスの合間に盗み見るテヨンの目は

コロコロ変わっていつも違う。

優しく見つめてきたり、

困ったように睨んできたり。

…どっちもエロい。どっちも好き。

全部好き。


テヨン、

自分で軽々しくエロい目って言ったけど

どれだけ僕がこの目に心底やられてるか……


テヨンの魔法の手もエロく動いてくる。

滑って胸の突起に触れていたかと思いきや

脇腹を撫でながら腰を動かしてくる。

向き合った僕達はお互いの硬いモノが

服越しに当たるのが分かるし、

それを楽しむように深いキスをしながら

何度も腰を突き上げてきた。


「……っ…ソファ……

立ってられないっ……」


キスの合間に訴える。


立ちながらする時も多い。

感じながら崩れそうな僕を支えるテヨン。

全て身を任せられるような

テヨンの力に更に感じる時もあるし、

煩わしさにまで感じる時はあるけど…

ソファに身を任せて

快感だけに浸りたかった。

…昨晩もしたはずなのにもっと欲しい。


持ち上げられると少し浮く自分の身体。

歩き出すテヨンに数秒抱きつくと、

ゆっくりソファに下された。

シャツを捲られズボンも下着も下ろされる。

露わになった腹、胸の周りを

テヨンの伸ばした真っ赤な舌が張って来る。

そのまま僕を見つめて来る目は

少し冷静に僕を観察する目。

僕の上に跨り、

露わになったモノの周りの内腿や下腹部を

摩るように軽く撫でて来る。


それだけで感じるけど…

もっと焦らさずに触って欲しい。


いつもの快感を早く味わいたくて

目で訴えながら…


「……もぅ…っ…してっ…したいっ…」


テヨンが自分の服を足首に絡ませながら

強い視線と緩む口を近づけてきて

僕の唇が犯される。


僕を持ち上げながらも持って来たであろう

キッチンに置いてあるオイルを手に馴染ませた。

…手品のように才能豊かに動き、

見た目だけでも芸術品のような指が

今僕の為だけに僕の身体の隅々を犯し

操っていく。


指でクルクル刺激し躍らされる。


「……っ……はや、くっ…」


僕のいつもの要求…

気付いてるはずなのに激しくなる指の動き。

ソファに身を投じながらも

どうにか少し起きてオイルを手に取った。

テヨンに手を伸ばす。

…僕だってテヨンを快感で犯したい。


「……んっ……」


テヨンの顔が歪めば

それはそれでゾクゾクする。

衝動的にテヨンに手を伸ばし自分の指を舐めた。


フルーツの味がして舐めても良いオイル。

…指を口に入れるよりも先に

舌が出てしまった気がする。


「…ハミン……もぅそんな事……

どんだけ俺を転がすんだよ……」


テヨンが舌を伸ばし、僕の唇を舐める。


…苦しくなる。


男同士、肌の重ね方に慣れた僕は、

テヨンを欲しくて疼いて苦しくなる。


…何も考えられなくなりそうだけど、

ここで気を失ったら

迎えに間に合わないかもしれない。


「……早く…っ…いれ…

早く、てっ……テヨンもっ…」


「…ん…早くしなきゃっ…」


向かい合ったまま脚を抱えられ、

お尻が浮かされる。

慣れた腰つきで僕の空っぽを埋めてきた。


脚が離されると、

真上にゆっくり上半身も密着させてきて

両手が繋がり指を絡ませて握られる。

僕も硬く握り返す。


そのままテヨンは

強く深くゆっくり腰を動かしてくる。


「……っ……ぁっ…ぼ、くっ…

すぐ、ィき、そっ……」


直ぐに快感で満たされる。


「……っ、……ハミ、ッ…ん、…すぐっ…

…だけどっ…………

っ……けどっ…ハミ……ン、

きもちっ…イぃっ………」



止まらない腰。


近くで見つめ合いながら、訴え顔を歪める。

強い瞳の奥の光は眩しくて目を閉じた。


瞼の裏はまだピカピカ眩しい。

耳からは吐息と身体がぶつかる音。

更に舌で舐められて直接脳に来る水音。


…僕は自身の声量の調節が出来なくなっても

どうにか意識を飛ばさず絶頂を迎えられた。








「ハミンー!久しぶりーー!」


テヨンと空港へ迎えに行くと、

母が連れて来た'お友達'は

僕の中学時代の同級生で、

まぁまぁ仲の良かった女の子だった。


「久しぶり!って…え?

お母さんの友達じゃなくて、僕の友達…?」


「あら。お母さんだってお友達よ?

…えっと、お世話になります。」


「あ、…はい、こちらが

僕と一緒に住んでいるテヨンです。」


僕達の会話は韓国語で、

テヨンは韓国へ行った事がなくても

両親が韓国語で話す事の方が多かったらしく

ある程度聴き取り、会話が出来るようだ。


「パク・テヨンです。

息子さんと暮らしています。

お世話になってますっ。」


「こちらこそ、

いつもお世話になってるみたいで。

今回、私までお世話になっていいのかしら?

お言葉に甘えて

お屋敷に泊まらせて貰うなんて…」


「いいんです!

いつもハミンと一緒にいるので…えっと、

お母さんとも仲良くなりたいですし…」


「あらあら。ありがとうございます。

そんな事言って貰えて…いつの間に

こんな素敵なお友達が出来ていたの。」


「ホントですね。

ホントハミンは素敵になって。

あ、ハミンの地元の友達で、

お母さんとも仲良くさせて頂いてる蓉です。」


「蓉さん。どうも。いらっしゃいませ。」


和やかに交わされる挨拶にホッとした。




『レンタカーを借りよう。

あ、それとも車買う?

…間に合わないか?』


突然、車を買うと言い出したテヨン。


『……だって、お母さんとお出かけとか…

車があれば日本でもハミンとデート…』


新車を買う事は取り敢えず延期にし、

レンタカーで空港へ向かう車内。


『……ドキドキする…』


……気を使わせたくなかったし、

そんなに気を使う事ないのに…


『……だって…そんなに会えないのに

嫌われたら挽回する機会さえ無さそうで…』


以外と冷静に

ちゃんと考えてくれてて嬉しくもなった。

…嫌われるはず無いのに。


そして車を欲しくなる気持ちも分かった。

テヨンの隣、助手席で過ごす2人だけの時間、

前を向きながら…偶に目を合わせて

パリの時みたいに手を軽く繋いで過ごす時は

とても幸せな空間。


……今、キスしたら…誰かに見られるかな…

とか心配して出来なかったけど。




「私、絶対酔うから前でいいかしら?」


後部座席へ蓉さんと母を誘導すると、

僕が後ろに乗るように勧められる。


「あー、移動で疲れてますもんね?

少ししてから帰ります?

あ、何か飲み物買いましょうか?

何処かに寄りながら帰ります?」


テヨンが母を心配する。


「いえいえ、まぁ疲れたから

早く靴を脱いで落ち着きたいわ。

それに早くハミンの料理が食べたいし。」


「…大丈夫?

何日か泊まるんだし、

僕のご飯はいつでも…」


「蓉ちゃんにも食べて貰いたいのよ。」


「そんな、キムさん、

無理しないで下さい!」



後ろの席、蓉さんと2人で座ると

母は何度も振り返り、ニコニコしていた。


バックミラーで何度もテヨンと視線が合う。


……テヨンも何か不安そうだった。






「うちのデパートにお店を出さない?」


蓉さんは地元で大デパートを経営する家族、

全く気取らないのは昔も今も。

だから仕事の話が出て来て

ビックリしたような納得したような…


「ハミンが日本で仕事してるのを知って、

蓉さんが私に相談してきてくれたのよ。

いずれ店を出したいって言ってたでしょ?

凄く良いお話じゃない?」


「…今、韓国でもハミンの活躍は

話題になってるの。

店を出したら絶対人気になる。」


テーブルに並べた料理をある程度口にして

1つ1つ褒めて貰った後にこの会話。

……悪い気はしないけど…


隣に座るテヨンは

母の前だからか少し離れて座っていた。

…いや、一般的な距離で座っているけど、

普段の近さに慣れてるから遠く感じる。


「いやいや…

僕は大きなお店を出したいんじゃなくて…

小さなお店でも

居心地が良いお店を作りたくて…」


「それはそれで後にでも作れば良いかと。

こんな美味しい料理をみんなに食べて貰って

お店もうちのデパートも人気になったら…

ハミン、韓国でも絶対人気になると思うの。」


「うん。ハミンの料理は美味ひいから

みんなに食べて欲ひいです。」


グラタンを口一杯にして会話に入るテヨン。


「…韓国だよ…?」


「ハミンは日本にこだわるの?

韓国でも何処でもいいと思う。」






……僕はいつから…決め付けていたんだろ。

日本でずっと暮らして

いずれ日本でお店を出すって。


自分の事なのに、

拘っていたのは自分だけで…

テヨンは何にも何処にも…

……僕にも拘っていないのかも知れない。



ご飯の後。

ベットや布団を用意した部屋、

2階の僕達の部屋から少しだけ離れていて

以前ゲストルームとして使われていた部屋で

母と蓉さんにはゆっくり荷解きをして

貰っていた。


僕は洗い物をしながら明日の食事も用意して

暫くキッチンから離れなかった。

そんな中階段を降りて来る足音はテヨンだ。



「ハミン。2人にお風呂を進めてきたよ。

……ご飯?手伝おうか?」


「大丈夫。」


「…ハミン、明日どこ行くの?」


数日、時間がある時は母の観光や買い物に

付き合おうと思っていたけど、

母に確認したら自分は出かけ無いから

蓉さんと2人で出かけて来いと言われた。

…何かと蓉さんと2人にされそうになる。

あからさまな母の態度が、

テヨンも気付かない筈はない、だろうけど…


「まだ決まって無いよ。

行きたい所のリストを今作って貰ってる。」


「…ふーん……」


片付けが済んだテーブルにテヨンは顎を乗せ

小さなデッサン用紙を広げると

その上を鉛筆がスラスラと動き出す。


「……韓国に店出すって事は

今より日本に居られなくなるよ?」


「…うん。けど、韓国は近いでしょ?

チャンスは逃して欲しくない。

ハミンが俺を気にする事無いよ。

やりたい事をやって欲しい。」


「……考えとく…」



この、機会はテヨンと離れてまでも

僕の仕事のチャンスなんだろうか。


もっと、ちゃんと

考えなきゃいけないのかな。



「ハミン、結婚したいなら止めない。

子供も欲しいだろうし。

…けど、俺はハミンを愛し続ける。

毎日じゃなくても一緒に過ごせればいい。」



机に顎を乗せたまま、

真っ直ぐに僕を向いたままの言葉に

耳を疑ったけど、

多分、何も聞き間違えてはいない。


手元が止まって

テヨンと視線がぶつかったままだけど

テヨンの顔色が変わる事は無い。

…僕が衝撃を受ける事は承知って事で…


「…結婚?…子供?」


…どうにかテヨンに確認しようとするけど

言葉も頭も回らない。


こんな時にテヨンは凄く落ち着いて見える。

テヨンは視線を手元に戻して

また鉛筆を動かし始めた。




崩れそうな契約。


守られずに終わりそうな約束。



信じちゃいけないんだ。

だから信じないようにしてたのに。

崩れて終わった時、ショックが大きいから。




……テヨンも僕も、このまま変わらずに


幸せが続いてはいかないのかな……



もがいたら


身も心も崩れて終わってしまうのかな……



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