第19話 広島突入

 早朝、朝起きてすぐにキムツジさんとどこまで行くのかを話し合った。


「急げば廿日市まではいけるな。そこまでいけば移動手段はいくつかある。今晩中には教会に送り届けることが可能だ。急がないなら一度岩国まで行って明日教会まで行くってプランもありだな」


「レイナの要望は一日でも早く広島の教会に戻ることです。今日廿日市まで行きましょう」


「うむ、まあ彼女の気持ちを優先させる方がいいか……。安全策をとるなら翌日突入の方がいいのだが。よしわかった。では今日広島突入としよう。それで異論ないな?」


「はい。ありません」


「よし。おい諸君!聞いてくれ!今日はペースを上げて広島県に突入するぞ!急いで準備をしてくれたまえ!」


 道具を全て片付けて亡骸の町を出た。町を出るまで白骨死体を見たくないからずっと下を俯いたまま進んだ。町を出て海沿いに出ると白骨は姿を消してひび割れて草の生えたアスファルトの道路が伸びている。


「大丈夫ですか?」


「ああ、うん。大丈夫さ」


 きっと通ってきた道の隅にも白骨が広がっていたのだろう。だから、大丈夫か聞いてくれたのだ。僕は前を向いて足を前に出した。

 吹き抜ける風が草木を揺らして音を立てる。道端の廃墟からはかび臭いにおいが漂ってきて、自動販売機、鉄骨からははがれた錆が粉塵のように舞い上がっている。昨日まで通ってきた道と大きく変わらないその景色は広島に近づくにつれてだんだんと変化してきた。

 何より違うのが道路のきれいさだった。今までひび割れていたというのに近づくほどきれいに整備されている道に変化した。さらに進むと今度は廃墟がなくなり正教の警備櫓やバリケードがみられるようになっていた。


「なんでこんなに厳重なんですか?」


 キムツジさんに近づいて小声で聞いてみた。いくらなんでも過剰に思えたのだ。


「そりゃあモノノケがもし入ってきたら困るだろう?まあ他にも理由はあると思うがな……」


「ほかの理由って?」 


「まあ、色々あるわけだよ」


 顔を背けてはぐらかされた。しつこく聞いてもきっと答えてくれないだろうと思って後ろのレイナの方を見るとフードを被って顔を伏せて顔を見せないようにしている。本当に正教でも一部の人間以外その姿を見ることが禁止されているのだ。


「そろそろ廿日市市に入る。そこからは広島正教支部の管轄内になる。必ず武器の持ち込み許可をとらないと追い返されるからまずは警備隊で各種書類を書く。それが終わればあとは中心地まで電車移動だ」


「えっ?電車あるんですか?」


 電車なんて母の話でしか聞いたことがなかった。今では発電施設が使えなくなって電気に依存したものはすべて使えなくなったと聞いていたのだがどういうことなのだろうか。


「正教の教会がある重要拠点には正教が管理する発電施設とか便利なものがあるからね。要は教会あるところに行けばある程度戦前と同じ生活が送れるってわけね。だからそれ以外の地方に人が住まなくなってしまったわけ。廃墟が多いのもそういう理由よ。……それが問題なんだけどね」


「ナギサさんそれってどういう?」


「東京にでも行けばわかるわよ」


「東京ですか?」


「ええ。ああこの先、正教の管轄地域内で東京って絶対言わないでね。面倒なことになるから」


「なんだかわからないですけど、わかりました」


 にらみつけられて真剣な顔で釘を刺された。同時に東京に何があるのかが気になった。そういえば東京なんて生まれてから聞いたことがない。都市の名前だろうということはわかるがいったいどういう都市なのか全く知らない。母や周りにいた人からも東京の話をされていないから当然だが、なぜ話さなかったのだろう。あまりに気になってきたから、レイナを無事送り届けることができたら行ってみよう。


「さて、ここから広島だ」


 先ほどまでと一変して綺麗な建物が立ち並び、どこもかしこも見たこともない設備ばかりでまるで別世界にやってきたかのような感覚になった。遠くにはビルが塔のように天空に伸びている。


「ここが広島……」


「さあ、さっさと済ませるぞ。明るいうちに教会に行って我々の泊まる場所も確保しなければならないのだからな。結構大変だぞ?」


 県境にある警備隊の施設に入ると中のカウンターで受け付けの女性から何枚も書類を渡された。自分の身分や出身地、持ち込む武器種、さらに注意事項がびっしりと書かれている。


「注意事項はすべて目を通してください。もし緊急時以外で武器の使用を行った際は正教警備隊の方で処罰を受けてもらうことになりますので」


「はい、わかりました」


 書き込み用の机で記入部分を書き込むと、注意事項を読み込む。難しい漢字が多くて理解が及ばないところもあったが、とりあえず武器さえ使わなければいいようだ。


 書類を提出するとすぐに解放されて外に出られた。しかし、キムツジさんとナギサさんはずいぶんと長くかかっている。何かあったのだろうか。

 外に出るとレイナが待っていた。


「聞いていたより簡単に終わったよ」


「元々避難民で自警団とともに行動していたから確認がとりやすかったのでしょう。避難民受け入れも正教の仕事のうちですから」


「そういうことなのか」


「ええ、きっと」


「じゃああの二人は時間がかかっても仕方がないのか」


「待っていましょう」


「そうだね」


 近くのベンチに座って二人を待つ。どんどん日は傾いて青空は茜色に染まってしまった。旅の疲れかだんだんと眠たくなってきた。うつらうつらとしているとキムツジさんの声が聞こえてきた。


「いやー参った参った。これほどかかるとはな」


「身分証明が面倒。まあやらないと怪しまれるからやらないといけないんだけどさ。もっとうまくできないものなのかしら」


「ナギサくんよ、そう贅沢を言ってはいけない。入れるだけましというものだ」


「終わったんですか?」


「おお。どうやら待たせてしまったようだな。すまない。では中心部に行こう。電車の金はこちらで出す。じゃあ行くとしようか」


 電車の中は清潔で壁際を赤いベンチソファーが並んでいる。床には正教のシンボルが刻まれていた。嗅いだことのない匂いもするし何を見ても面白い。

 動き出すとガタガタと揺れはするがそこまで気にならない。移動も早いし快適と文句のない移動手段だ。戦前はどの町にもあったのだと思うと本当に衰退してしまったのだとよくわかる。


「どうだね?初めての電車は?」


「すごいです。感動してます」


「そうかそうか。これは若い世代しか味わえん新鮮な感覚だろう」


 そうか、キムツジさんとナギサさんは何度も乗っていたから当たり前なのだ。


「あーやっぱり電車って楽だわ。歩くのって疲れるし」


「おかげで戦前はみんな運動不足だっただろ?今の方が案外健康的なんじゃないだろうかね」


「それもそうだろうけど、その分貧困がひどいわよ」


「おお、それもそうだな」


 レイナは話を聞きながらも少し悲しそうな顔をしている。送り届ければそれでお別れなのだ。


「もう少しで戻れるね」


「ええ……アスカ。ここまでありがとう。あなたのおかげです。あなたが行動を起こしてくれなければ帰ってくることはできませんでした」


「どういたしまして」


 レイナは微笑んで、少し顔を下げた。


「さて、次の駅で降りるぞ」


 前を向くと窓の向こうに駅のプラットホームが見える。看板には教会前と書いてある。

 電車から降りて改札を抜けると目の前に巨大な教会がそびえたっていた。これがレイナの家なのだ。


「さて、我々にできるのはここまでだな。教会内は早々入らせてくれないからな」


「ええ、そうですね。それでは皆さん。本当にありがとうございました。皆さんに暁の光がありますことを……」


 レイナはそう言って教会の中に消えていった。


「……さて、じゃあアスカ君。ここでお別れだ」


「ああ、そうですね。そういう話でした」


「餞別に今日の宿泊分のお金あげる。それだけあれば十分足りるでしょう」


「ありがとうございますキムツジさん。ナギサさん」


「ええ、それじゃあまたどこかで会いましょう」


 とうとう僕一人になった。とりあえずお金は貰えたから何処か泊まれる場所を探さないと。とりあえず近場でホテルがあればそこにしよう。

 駅から西に向かって歩いていくと少し古びたビルあり、中はホテルのようだった。とりあえず泊まれれば何でもよかったのでそこにチェックインした。部屋の中はとにかく狭く、部屋のほとんどをベットが占有していた。風呂とトイレもあるのでかなり快適に過ごせる。まあどんな部屋だろうが野宿よりは格段にマシだ。

 荷物を置いてすぐベットに飛び込んだ。とにかく疲れて何もする気にならなかった。とりあえず明日早く起きて色々考えればいいだろう。僕はすぐ眠りに落ちた。

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