第62話 あんましネタにすると可哀想じゃねーか

「やー、楽しかったな、修学旅行!」

「まだ終わってないからね?」

 ――自主見学の帰り道。すっかり夜になった祇園は、きらびやかな光に包まれていた。負けず劣らず輝く瞳で周囲を見回すクラレンスに、御門は呆れたように腰に手を当てた。そんな彼の横を歩きつつ、桃園はくるくると回る。

「でも本当に楽しかったよねー! 抹茶パフェ美味しかったし!」

「うん、あれは当たりだったよね」

「よーじや行けたし!」

「主目的それ?」

 また呆れたように息を吐きつつ、御門は頭の後ろで手を組む。

「まー、悪くはなかったよ。何か知らないけど桃園も元に戻ったし。それでこそ桃園って感じ?」

「えへへ、全部壮五のおかげだよ~」

「……ソウゴ? 誰?」

「えっとねー!」

 くるりと背中の後ろで腕を組み、桃園は無邪気に笑う。彼らの周囲を回りながら、何気なく口を開こうとして――

「おい薫テメェちょっとこっち来い」

「わ、何さ壮五ー」

 ――後ろからドスの利いた声がかけられた。何の気無しに振り返ると、眉間に皴が寄った鹿村の姿。いつの間に整えたのか、オールバックの髪型も綺麗にまとまっている。桃園の手を取って胸の前に置くと、一歩後ろから別の声がかけられた。

「あれ、鹿村くん……だっけ。何でこんなところに?」

「俺らも丁度帰るところだったんだよ。向こうに班の連中いんだろ」

「おーい鹿村ー! 鹿の話しよーぜ!」

「うっせぇ海棠! ここ京都だぞ!」

 遠くで手を振る影に叫び返しつつ、神風にガンを飛ばす。当然の如く山田にガンを飛ばされ返すが、気にも留めず今度は御門とクラレンスにガンを飛ばした。

「――鹿村壮五、薫のいとこ様だ。夜露死苦」

「誰かと思えば鹿の人じゃん」

「どんな覚え方だッ!」

「うっひょー、これがJapanese naughty one日本の不良! ……けど京都には似合わねぇ!」

「知らねーよ!!」

 恐らく、悪気はないのだろう。だが、アイドルとして脊髄にしみついたトーク魂がスルーすることを許さなかった。噛みつくようにツッコミを入れ、鹿村は無意味にふんぞり返りながら桃園に視線を向ける。

「んで、どうだった、薫」

「楽しかったよ! 抹茶パフェ美味しかったし、よーじや行けたし!」

「よーじやか。俺も行ったわ」

「さっすが壮五! トップア――」

「言うなやゴルァ!!」

 頬をつねられ、痛い痛いとタップする桃園。御門は他の班員を振り返り、ひっそりと口を開いた。

「……ねえ、あの人の正体って、『SPARKING』の――」

「辰也、それ以上いけない」

「……」

「頷かないで、スターライト」

「『SPARKING』……この前テレビで見たな。言われてみれば似てるような似てないような……」

「他人の空似だッ!」

 またしても噛みつくように言い放ち――刹那、スマートフォンの着信音。数度周囲を見回し、鹿村は鞄からスマートフォンを取り出す。それを耳に当て、甘く爽やかな作り声で口を開いた。

「はい、こちら光ヶ丘」

「言っちゃったし」



「いやー、ウケるね。光ヶ丘夏輝の焦り顔」

「やめてやりなよ……」

 旅館の部屋に戻り、御門は寝転がったまま腹を抱えていた。困ったようにそれを眺める神風、その横でゼロワンのミニフィギュアを眺めている山田(なおフィギュアは最初から出来上がってるタイプのアレである)、御門の隣に寝転がって動画サイトを見ているクラレンス。ひとしきり笑ったのち、御門は深く息を吐いた。

「『い、言い間違いだ! 俺は断じてアイドルじゃねえ!』って。どう見てもアイドル光ヶ丘夏輝だよね? 普通にバレバレなんですけど。流石桃園のいとこっていうかさー、詰めが甘いよね。ウケる」

「だからやめようってば……辰也本当そういうとこ容赦ないよね」

「なー、見ろよ。つべにMV上がってんぞ」

 半身を起こし、クラレンスはスマートフォンを掲げる。流れ出したのは華やかかつビビッドなダンスナンバー。『SPARKING』のデビュー曲にして代表曲、『シューティングスター』。銀を基調とした王子風の衣装を纏った少年たちが、ビビッドなメロディに乗って華やかなパフォーマンスを見せる。そのセンターにいるのは、紛れもなく――。

「……普通に鹿村じゃん」

「鹿村だな」

「……うん、否定できない……」

 いつものオールバックではない、華やかにスタイリングされた黒髪。華やかな衣装を纏い、画面の向こうへウィンクする姿はあまりにも様になっていて。半身を起こし、御門はどこか嘲笑うように言葉を吐き出す。

「にしても普段とのギャップ、ヤバすぎない?」

「本当にそれ以上はやめてあげてよ……」

「そうだぜタツヤ。本人が隠しときたいんなら隠させてやれよ。あんましネタにすると可哀想じゃねーか?」

「んー、どうしよっかなー」

 猫のように大きく伸びをし、御門は悪戯っぽく笑う。無邪気なルームメイトの姿に、クラレンスは苦笑を浮かべるのだった。


「にしてもスターライト、本当に仮面ライダー好きなんだね」

「ああ」

 蛍光イエローを基調としたミニフィギュアを眺める山田に、表情を綻ばせる神風。なけなしの知識をかき集めようとするが、最後に見たのが昔すぎてろくな知識が出てこず、自嘲するように息を吐いた。山田はミニフィギュアを一旦紙箱に仕舞い、彼の方に視線を向ける。

「……大学行ったら試しに見てみようかな。今はちょっと余裕ないけど」

「いいと思う。面白いのは電王、W、オーズ」

「その辺は見た覚えあるけど……面白かった思い出があるなぁ。うん、大学行ったら改めて見てみるよ」

 そのためには浪人できないなぁ、と笑う。教師にはあろうことか「修学旅行中は勉強するな」と言われていたが、神風の志望校はかの有名な早稲田大学である。そして8月時点での判定はB。9月の記述模試の結果がまだ出ていないとはいえ、できればA判定に持っていきたいところではあるが――

「……っ!?」

 ――そこまで考えたところで、ふわりと温かな感触。心臓が一気に高鳴り、頬に少しずつ熱が上がっていく。

「えっ、な、何で!?」

「……難しい顔、してた」

「……っ」

 どこか案ずるような言葉に、神風は思わず俯く。そんなに心配させてしまうような顔をしていたのか。ぎゅっと唇を引き結ぶ彼をそっと抱き寄せ、山田は囁いた。

「何も考えない方がいい時って、あると思う」

 至近距離からの声に、再び心臓が高鳴って、どうしようもなく体温が上がっていって。胸の中に赤いゼラニウムが咲くような心地を感じながら、神風は表情を綻ばせた。彼の胸に身を預け、目を閉じる。

「……うん。ありがとう、スターライト」

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