第30話 「いずれ条理を超える者」

狸穴まみあな通りの最奥にある、趣味悪い建物の一室。

その豪華な部屋の寝台で、いま、ひとりの老女が死を迎えようとしていた。


彼女は若い頃、絶世の美女とうたわれていた。

まだ春を知らぬ幼子ですら、また春の枯れた老いぼれですら発情せしめるとまでいわれた美貌と色香。

闘技都市の剣闘士グラディエーターは彼女を抱くために命を賭け、そして死んでいった。


その女……マダムはかつての栄光と、現在いまの失敗を繰り返し思い出しつつ熱病にうなされ死んでいった。

死因は女性しょうひんをしこたま蹴り飛ばしたせいで割れた爪からの、破傷風。

そして度重なる追撃の失敗による怒りとストレス。

ひどいものである。


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ガッコ、ガッコ、ガコン!

据え付けの悪い旅馬車に揺られ、僕らは交易都市を目指している。

主要街道を歩いていれば、たまに通行するこうした旅馬車や、行商のキャラバンに遭遇する。

そうしていくばくのお金を(もちろん色を付けて)握らせれば、こうして歩かずにすむというわけだ。


ちなみに僕らの構成もいい。

19のレーテを年長者としたふたりの子ども連れ。

警戒なんてまずされない。

剣呑な雰囲気の大男だの、ガラの悪そうな6人組アドベンチャラーだの、そうした連中は護衛に追い払われることが多いからね。


「なあリディア、見てみろよこの変な色の虫!」

「……ああ、それは毒腺に幻覚作用があるとか。モノによってはいい値で売れますよ」

「ゲンカクサヨウって?」

「本人の見たいものや見たくないものが見えるようになります」

「……それって楽しいのか?」

「それで満足できる人が買うのでは?」


最近、そこそこリディアの口数が増えている。

そして最近、マルス少年の様子がおかしい。


リディアに何かとつきまとい、質問攻め。

最初はほぼ無視を決め込んでいたが相手が折れる気配がないとわかると、渋々応えるようになったのだ。

逃げ場がない馬車の中だから、というのも大きい。

レーテはそんなふたりを静かに見守っている。


「そんでさ、リディアは好きなものとか、俺がさ……」


すとん、とマルス少年が眠りに落ちた。

座ったまま、自然に。


……そう、あんまりしつこいようだと彼女は躊躇ちゅうちょなく『睡眠スリープ』をかける。

そのたびにレーテが「やっぱり慣れない旅で疲れてる」とほほ笑みながら毛布をかける。実に平和な光景だ。


「あまり何度もやっちゃダメだよ。睡眠とはいえ『呪い』の一種だ。蓄積ちくせきすれば子どもの体だと……」

「壊れないよう、程度は見極めています」


見れば、リディアは『死法の魔眼』を発動させている。

そう、呪いは魂に溜め込まれる。徐々に、徐々に黒く染まっていく。

もちろんヒトの魂はつよく、呪いも自浄できる。けれど、日に日に少しずつだ。

限界を超えると、ヒトの魂は壊れる。


……実は、シルシがなくとも使える数少ない魔法がコレだ。

ことばはそれそのものに微弱な魔力がある。

そして魔力は想いや意思で加工可能な架空要素エーテルだ。


汚いことばや、悪意あることばを直接浴び続ければ、それは真実『呪い』を成す。

『呪い』がある限界を超えると、ヒトは壊れる。


魔法や、体系化された魔術に比べれば微々たるモノでも、万人に扱える魔法。

できれば、いつまでもニンゲンには気付いてほしくないな。


「レーテはギリギリだったね」

「……まあ、でしょうね」


そう。彼女はあとすこしで、魂が壊されていた。

あの品性を疑う外装の建物で、日々『呪い』に晒されていたのだろう。


……レーテを救うことがフォンティーヌの依頼の目的なのか?

彼は昔から遠くを視ることに長けていた。

彼にしかわからない理由があるのだろう。


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交易都市。

この大陸の南西、西方諸国の中心地でありあらゆる物が取引される。

人通りも多く、そこかしこから活況が伝わってくる。


東門から真っ直ぐ進み、しばらくして街の広場へ。

ぐるりと見渡せば聖堂、各ギルドの本部や支部。5階建ての宿や商店。

まさしく街の中心地だ。


「おおっ、でっけー!」

「これが西方諸国最大の……」


マルス少年とレーテは聖堂……いや大聖堂に感動しきりだ。

正しく人の祈りで編み上げられたものなので、僕のような存在にはちょっとキツイ。視界に入れるだけでも体がチリチリくる。


「では、これであなた方の護衛は終了ですね、では……」

「――えっ、リディア!?」


すでに聖堂とは反対方向、冒険者ギルドへと歩きだしたリディアの行く手を、駆けてきたマルス少年がふさぐ。


「そんな、もうすこし一緒に居てもいいだろ?」

「なぜです」

「だって、俺たち友達……」「じゃないですよね?」


「……ちょっとリディア、もうすこし言い方とかさ」

「……わかりました」


リディアはマルス少年の目をまっすぐ見据えて宣言する。


「あなたは子ども過ぎます。対等な存在でない者とはお友達になれません」

「……いや、リディアだって子どもじゃ……」

「例えばあなたのお姉さんとは友達になれるでしょう。彼女は尊敬にたるものを持ってます。でもあなたは? 何も持たないただの子どもでしょう」

「……リディアは最初、逃げる俺に追いつけなかったクセに」

「……。」


あっ、ちょっとピクッてした!

そうだよね、あの身体能力は誇ってもいいよね。


「……はあ、では保留としておきます」

「ホリュウ?」

「考えておく、ということです。その力を鍛えて、鍛えて、そこらの大人に勝るようになったら友達になってあげましょう」

「……そっか」


なってあげましょう、か。

しかし、いつものリディアからするとずいぶん譲歩しているようにみえる。

やはり長旅で、ちょっぴり昔の彼女に戻っているような。


「リディアさん、なにか……お礼をしたいのですが」


ごそごそと荷物を漁り、その中から古びたアミュレットを取り出す。

金や銀でなく、すずでできたモノだが、あれでもそこそこの価値がある。


「これを、旅の祈願が込められています」

「報酬、というわけですか」


リディアはそう合理的に解釈すると、差し出された円盤型のアミュレットを受け取った。

……いや、受け取ろうとした。


バチリ、と強烈な発光が一瞬目を焼き、リディアやレーテだけでなくあたりの通行人も目をおさえている。気がつけば、リディアは受け取ろうとした右手を押さえ、素朴なアミュレットは石だたみに転がっている。


「リディアさん!? その……ええと……」

「……ハッ、なるほど」


リディアは右手を押さえたまま、かすかに笑った。

僕にはわかったし、もちろん彼女自信は身を持って理解したのだろう。

己が身が、すでにこちら側に属しているということを。


「レーテ、すいませんが私は魔術師。魔と聖は相容れないようです」

「……その、大丈夫ですか」

「ええ、すでに」


右手をみせ、そうしてほほ笑んでみせるリディアはしかし、いまこの時も激痛に耐えているはずだ。

体のうちに溜め込んだ、数多の死霊の暴走に。


「すこし体調が優れないので、宿で休みます」

「――えっ、でしたらそれこそ聖堂に!」


レーテと、そしてマルス少年を無視してリディアは早足で歩きだす。

雰囲気を察してか、ふたりとも彼女を追おうとはしなかった。


------------


「――っつううう……ああっ……」

「リディア!!」


裏路地に入るやいなや、彼女は地面に倒れ込み痛みに悶える。

あえぎ、苦しみ、息も荒い。

僕は必死に魔術で彼女を介護するが、そもそも魔術は治療にあまり向かない。

この世界で一番の癒やしとは、奇跡によるものに他ならない。


……リディアがあえぎ、僕が『防護』に夢中になっていたからか、路地裏の住人の接近を許してしまった。


「よう嬢ちゃん、どうしたんだぁ!そんなに苦しいならウチで介抱してやるよ、ほらぁ!」


男はずかずかと僕とリディアの間に割り込み、彼女の体を持ち上げる。

僕はとっさに鎌を握ったが、それより彼女の判断のほうが早かった。


「――さわっ……るなぁああああ!!」


リディアが男の胸に向け、指差しの呪いを撃ち込んだ。

術式は『出血ブラッドレス』、体から血を吹かせるレーベンホルムの秘蔵魔術。


しかし、

しかし。


指さされた男は、血を吹かせるどころか内から爆散した。粉々に砕け散った。

路地にニンゲンだったモノが万遍まんべんなく撒き散らされる。


僕は急いでヒトよけのため『恐怖フィアー』を周囲に振りまいた。

これで……しばらく時間を稼げる。

しかしリディアは、僕のお姫様は、すでになんともないかのように立ち上がっていた。


「リディア、大丈夫かい!」

「ええ、デス太。いまのでコツが掴めました」


にこりと、体中血まみれになりながらほほ笑むリディア。

『視る』と、彼女のなかはすでに平静を得ていた。


「……そんな、アレだけ多くの、いままで取り込んだモノをすべて? ……まだ半日は制御にあてないと危ない……」

「ですから、コツが掴めたと」


紅に染められた群青色の服から肉片を拭いながら、彼女は続ける。


「大きな大砲を一撃、それでみんな大人しくなりました」

「…………。」


本来、『呪い』とは精神や魂に働きかけコトを成す。

つまり物理的にどうこうするのは極めて不得手だ。

しかし、先の爆発四散。

あれは、あまりに極大の呪いを叩き込まれ、魂そのものが崩壊、逃げ場を求めて膨れ上がった。

そういう現象だ。


……あんな呪い、死神である僕ですら見たことがない。


リディアは、我がお姫様は……本当に条理ことわりを越えられるのかもしれない。

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