第6話 「初犯」
そうして交易都市で1週間滞在した。
「行ってきます」
「……うん」
リディアが宿の客室を出る。
街のお掃除に出かけたのだろう。
「私が変質者を間引くおかげで、別の被害を未然に防いでいるのです」
ある時リディアはそう言った。
なんというか、もう。
彼女の中ではその答えで完結しているようだ。
僕は彼女が納得しているのならそれでいい。
罪悪感にしろなんにしろ、彼女が苦しむ姿は見たくない。
だが、さすがにそろそろ控えたほうがいいという話になった。
僕たちは逃亡の身で、派手に動くのはよくない。
死体も、焼いて処理はしているし可能なら街の下水道に捨てている。
でも万が一がある。
なので、お掃除は今日で終わり、しばらくは控えるように……と約束した。
「ああいった変質者は暗く淀んだ者が多いので、魂も使い勝手がいいのですが……」
となかなか譲らなかったが最後には折れてくれた。
聞き分けの良い、いい子である。
――ん…………?
なにかよくない気配がした。
なにかよくないモノが動いている。
急いで僕は床から下へ落下し、1階の酒場も抜けそのまま街の下水道へ。
交易都市は広大な下水道……というか2000年ぐらい前は街だったな。
とにかくそれを利用しているおかげですこぶる清潔だ。
その清潔な街の、この地下に、なにかよくないモノが
気配をたよりに通路を走る。
しかしこのよくないモノは……ここ10年、僕の足元で這いずり回っていたモノでもある。
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通路の角を曲がると、そこにはリディアと血に塗れた男が転がっていた。
そして男を取り押さえる3体の
リディアの手には、彼女の黒鞄。
男は瀕死だが、まだ息がある。
そしてその顔は忘れようもない、あの馬車の男だった。
リディアから鞄を盗み、彼女を街道のただなかに置き去りにした……。
「……鞄の中身は、どちらへ?」
「ヒィッ……もう、もう止めてっ……」
「……あの、聞いていますか」
リディアが男を指差す。
とたん、男の体から血が
『
「私の大事なものがたくさん、たくさんあったんです。
妹から初めてもらった誕生日プレゼント……」
さらに血が吹き出す。今度は顔だ。
ブタのような悲鳴を男があげる。
「……そうそう、父さまの形見もありましたっけ」
さらに、さらに。
血溜まりが広がる。
男の死がはっきりと濃くなる。
「リディア、それをあと5回続けると彼は死んでしまう」
「……それが?」
「僕はよくしらないけど、盗みの罪は?」
「……そうですね、死刑ではありません。
それはやりすぎですね」
リディアは指先で中空に円を2、3度描く。
彼女が術式を切り替える時のクセだ。
「『
ずくり、と男の魂に何本もの糸ノコが当てられる。
練度は中級か……逆らわないほうがいいだろう。
「……もう一度聞きます。鞄の中身は?」
「売った、売っちまったよ! すまねえ、ほんとすまねえ!!」
男は惨めに丸まり、頭を冷たい石畳に擦りつける。
彼の額から、新たな水溜りが広がっていく。
「盗みは初めてですか? それとも昔から?」
「あっ……ああ、初めてさ、ほんの出来ごころッ……ギャアアアアアア!!!」
男が指を握りしめのたうち回る。
あー、中級はそうだったね。これはひどい。
「……と、私に嘘をつくとこうなるのでご注意を」
「わがっだ! わがりまじたぁ!! 何度もです、数え切れません!」
「私のような子どもも、何度も街道のただ中に?」
「……そうです……数え切れません……」
男は泣きながら頭を擦る。
指の痛みは、もうさっぱりないはずだけど。
子どもか、自分のために泣いているのだろう。
「……そうですか、では初犯ではないのですね」
リディアは男から離れる。
「デス太、
初犯は片腕、重犯は両腕。つまり……」
リディアの4体のしもべは、彼女の宣告を正しく実行した。
凄まじい形相で、男が吠える。
しかしその声はみじんも聞こえない。
『
根本から腕を
それでもまだ、生きている。
『
彼を『視る』
彼は、少女の術が切れた途端に命を落とす。
「リディア……僕がトドメを刺すよ、さすがにかわいそうだ」
「そうですか、デス太は相変わらず甘ちゃんですね」
僕は男に近づき、即座にその命を刈り取った。
直後、リディアが左手を差し出しその魂を回収する。
「それは……」
「この国のルールに、死んだあとの記載はありませんよ」
死体そのものはダメですけど、と続く。
まあ、そうか。どうでもいいけどね。
「死んで逃げるなんて、許しませんよ」
長い付き合いになりますね、なんて呟いているが聞かなかったことにする。
余計なことに頭を使いたくない。
そうして、彼女の殺戮ショーが終わりを告げた時、通路のむこうから人影が現れた。
気配がなかった……いや、そうか……彼は。
「死んでもらうぞ、そこな
純白のローブ姿の、芝居がかった声が地下水路に響き渡った。
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