第一章

第1話 「双子の姉妹」

 僕は死神である。

 誕生の瞬間は思い出せないほど大昔で、たしか人の歴史と同じくらいか。

 人が文化だとか芸術だとか、あと『死』だとかを認識しはじめた最初の最初、猿のような彼らをうっすら覚えている。

 それからいろいろあって彼らは強くたくましく、あと凄まじく増えていった。


 それから……いろいろ、いろいろ…‥。

 いや、ここらへんの話はいいか。

 僕もあまり思い出したくない。


 とにかく、僕は今レーベンホルム家に居候している。

 レーベンホルムは魔術師の家系で、特に死霊術ネクロマンシーとかいう陰気で物騒なものをコツコツえんえんやってきたらしい。

 僕は人助けになるような白魔術のほうが好きだけど。


 レーベンホルムの当主には娘がふたりいて、彼女らの家庭教師のようなことをしている。

 姉がリディア、妹はユーミル。


 リディアは黒壇のような艶のある豊かな黒髪の少女で、目つきは悪いがいい子である。

 ユーミルは薄い紫の髪におさげをふたつ肩に垂らした、目は死んでいるがいい子である。

 繰り返すが、ふたりともいい子である。


 今日もふたりに挟まれ、おとぎ話を聞かせる。

 今回はそうだな……3匹の子豚にしよう。


 話を終えるとさっそく右からツッコミが入る。


「……どうして最後に狼を逃してしまったのでしょう……

 落ちた所に蓋でもすればこちらは3匹、力を合わせて狼を倒せたのでは?」


「……それは教育的配慮というか……」


「危険な相手をみすみす逃すをよしとして、子供から危機管理能力を奪う。

 ……なるほど、深い。平民は増えすぎて困っているそうですし、こういう手法もあると」


 まあ、こういう子である。

 ユーミルは黙ってふんふん納得している。


「……リディ姉はやっぱなー……」

「なんです?」

「……私だったら、そのあと狼鍋なべにする話にするなぁ。その方が得じゃん」

「なるほど」


 リディアもふむふむと、貴族むけにはそういう内容にして合理性を教えるのもアリか……とかなんとか呟いている。


 うーん……今回のお話は兄弟姉妹で助け合って困難に立ち向かうというもっと素朴な……。

 繰り返すが、ふたりともいい子である……と思う。


 ふたりとの出会いをふと思い出す。


 ------------


 道端で朽ちていたら声をかけられた。

 顔をあげると長身痩躯で、肌の白い、病人のような男がほほ笑んでいた。


 ふつう、僕たちは人間の目に映らない。

 だから声をかけられた時は少し驚いた。


 驚いた……という感情がきっかけになったのか、ほとんど停止していた僕の状態が動き出す。


「……なにか、用?」


 久しぶり、本当に久しぶりに口を開く。

 たぶん200年ぶりぐらいかな。


 男はいやに上機嫌なうえ早口で、娘たちの家庭教師になってくれと頼んできた。


 バカバカしい……何を言っているんだこの人は。

 付きまとう男を振り払うように押しのけ、一歩すすむ。

 そうして、乳母車ベビーカーに収まる赤子達を『視て』しまった。


 姉の方は、2週間後に死ぬ。

 乳母が泣き止ますのに失敗し、父親に殴り殺される。


 妹の方は、成人はできる。

 その過程は険しい修行の道であり、最後はおぞましい行いによって子孫を残し、用を為した後は殺される。


 父親を『視る』

 途端、そんな機能はないはずなのに吐き気に襲われた。

 ヒトの醜悪さ、下劣さをここまで煮詰めた人間は初めてだ。

 自然、鎌に手が伸びる。


「…………。」


 だめだ。それはできない。勝手な判断で人間を殺すことは許されない。

 ……ヒトの命は等価なのだ。


「家庭教師の件、いかが致します?」

「……いや、僕は」


 と、その瞬間死がぶれる。赤子ふたりの、死の確定が。

 僕がこの件を呑もうと心を傾けるほど、彼女らの死は薄くなっていった。


 僕が、異物としてこの親子の間に入ることで、死を揺らがせることができる。


『視えた』死は弱い運命の死であり、偶然性が高く意味の薄い死だ。

 ……これなら……うん。

 大丈夫だろう。


 僕は、彼女らの家庭教師となった。

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