理事長はどっち?③
合唱部は江上琥珀の指示の下、基礎となる発声練習、パートの再編、三パート(ソプラノ・メゾソプラノ・アルト)に分かれた歌唱練習、そして声量バランスを調整する等の活動を三週間弱かけて精力的に行った。
歌詞の方がどうなったかというと、学校周辺の秋の様子を詠うものになっており、かなり無難に仕上がっていた。
文学少女染谷に感謝だ。
俺が受け持っていたピアノ伴奏は、可もなく不可もなくという所に落ち着かせた。
クラシックの曲をガシガシ弾いているからか、かなり物足りなく感じたが、自分に作曲の心得がないのだからどうにもならなかった。
自分達でやれるだけの事はやり、十二月二日を迎えた。
先行して俺達が合唱を披露し、四人の理事と江上姉妹の祖父に好反応をもらえたので、いけそうな気がした。
しかし……。
「理事五名の多数決の結果、次期理事長は江上瑠璃さんに決定しました」
理事の中で最も若そうな男の宣言に、俺は力無く拍手する。
江上琥珀を含む合唱部の面々も同様だ。
俺達が披露したものはかなり良かったと思う。だけど、瑠璃さんが用意したのは、それ以上だったのだ。
音大に通う大学生二人を加えた弦楽三重奏は、アレンジも演奏も完璧で、そのままプロとして通用しそうな出来だった。
彼女達の編成が人数が三人だけだったのも良かったかもしれない。
俺達は人数が多いから、僅かにまとまりに欠けていたような気もする。
――でもなぁ、料亭での前理事長の言葉では、理事長選の目的は『推理力』『洞察力』『統率力』『企画力』を成長させることだったし、より人数が多い団体をまとめ上げた方を評価してもいいんじゃないか~? あ、でも瑠璃さんは四つの要素をほぼ一人でこなしたのか……。
理事達と言葉を交わす瑠璃さんの姿を見ながら、ガックリと肩を落とす。
やっぱり俺がこの学校に在学している間に、音大附属と合併してしまうんだろうか。
それが現実になりつつあるのを実感する。
江上琥珀はどう考えているのかと、隣に視線を向ける。
意外にも彼女はスッキリとした表情をしていた。
「あんまり落ち込まないんだな」
「うーん。残念ではあるよ。だけど、理事長選で得たものが多すぎて、充実感もあるな~て」
「さすが優等生。隙の無い答えだ」
「本心だよ! 今の私達に出来る最高のものをおじいちゃんに披露出来て良かった!」
「俺の方はもっとやりようがあったかな~と、思ってる。負けたのは俺の所為かもしれないし」
「里村君は十分すぎるくらいの貢献をしてくれたよ!!」
彼女と話しているうちに、何となく察してしまった。
コイツはたぶん、今日ここで歌う前に負けが分かってたんだろう。
対戦者は同居する姉だし、どんな活動をしているかとか、どういう編成になっているかとか、筒抜けだった気がする。
敗北を分かったのがどの時点だったのかは知らないけど、戦わずして逃げたくなかったんだろうな、と適当に心境を推理しておく。
江上は瑠璃さんに声をかけに行った後、合唱部の一団の所まで戻り、打ち上げ用のピザを注文しようと言い出した。
宅配ピザのサイトで注文品を吟味し始めた彼女達から、俺はコッソリ離れる。
結果が伴わなかったけど、理事長選は終わった。
俺の役割はもう無くなったわけだし、以前みたいにただのクラスメイトに戻る時が来たのだ。
――合唱部での活動は結構楽しかったな。でも機会を見て退部を申し出よう。
理事長選の会場になっていた講堂を出ると、スマホが振動した。ポケットから取り出して画面をみれば、母親からメッセージが入っていた。
“頼まれていた物を持って来たわよ。校門まで取りに来なさい”
すっかり忘れていた。親達とフランス料理を食った二日程後に頼み事をしていたのだった。
スマホをポケットに突っ込み、外へと向かう。
校門付近に黒いサングラスをかけた怪しい女――もとい俺の母親が立っていた。
俺に気がつくと、ハンドバッグの中から透明なケースに入ったCD-Rをチラつかせる。
スパイ映画の観すぎなんじゃないのか?
「感謝しなさい。“彼”の元担当教員に、レアチケットを握らせて、なんとか入手出来たんだから」
「あー、悪いな」
「ふん。相変わらず素っ気ない態度なのね」
そう言いつつも、CD-Rを渡してもらえた。
ついでとばかりに、諭吉さんを数枚ポケットにねじ込まれたので、そばを通った生徒に目を丸くされる。
絶対勘違いされただろうな……。
「グランドピアノを送ってほしくなったら、ちゃんと言うのよ」
「ああ、分かったよ。色々ありがと」
「練習を欠かしていないでしょうね? あなたってすぐにサボろうとするから――」
小言が始まりそうな気配を感じ、俺は校舎に向かって走って逃げた。
頼んだ物と小遣いを貰ったら、もう用はない。
さっきまで居た講堂には戻らず、向かう先はPCルームだ。
引き戸を開けると、パソコン部らしき生徒達がいた。
彼等に断りを入れてから、空いているPCの前に座る。
呼吸を整えながら、母親に貰ったCD-Rを改めて見てみる。
“高等部 二年四組 倉橋大和 コンクール用”
黒のマジックで書かれたタイトルに、内心ビビりつつも、PCにセットする。
俺がやろうとしている行動は、陰湿なのかもしれない。だけど、動かずにいられない。
ヘッドホンを装着してから再生すれば、ピアノの音が流れだす。
耳に聞こえるピアノ演奏に、俺は居住まいを正した。
――なんだよ。瑠璃さんと差が開いていったって聞いたから、下手なのかと思っていたのに、メチャ上手いじゃん……。
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