対女子コーラス部⑤
地獄のテスト期間が終わった後、俺は江上と染谷を旧校舎に呼び出し、女子コーラス部との対決について相談した。
俺としては瑠璃さんが戦利品になっている事から、断りたくてたまらないが、それだと”不戦敗になり、廃部だ“と、戦利品さんから告げられてしまった。
そう言われてしまうと、俺一人で決め辛く、二人にも考えてもらおうと考えたのだ。
俺の話を聞いた江上は少しばかり考える素振りをした後、好戦的に微笑んだ。
「戦おう!! 部員を取り戻す良い機会だし!」
「負けたら、廃部なんだぞ? それに瑠璃さんが生徒会長のモノになる」
「戦わなくても負けだって言ってたよね!?」
「まぁそうなんだけど……」
染谷の方は、「新聞部のネタにしてもいい?」等と江上に問いかけたりしているので、もう激突するものだと頭を切り替えていそうだ。
「にしても、お姉ちゃんも悪い人だね。だってこの課題曲の二曲は男性用の曲だし、こっちが不利だよ」
「条件は向こうも同じみたいだぞ」
「女子コーラス部には、あの白川さんが居るんだから、この課題曲は障害にならないかな!」
「ああ……あのDクラスの人か」
先日会ったイケボ女子を思い出し、納得する。
やっぱりああいう声質の人間は歌でも低音なのか。
瑠璃さんに渡された楽譜を改めて見てみる。
課題曲はブルックナーが作曲した『ゲルマン人の行進』とプッチーニが作曲したオペラ『トゥーランドット』から『誰もねてはならぬ』の二曲だ。前者は男声合唱曲であり、後者はテノール歌手用の曲である。ウチの部も向こうの部も、歌い手が女子ばかりなので、選び方に悪意があるとしか思えない。
しかし、瑠璃さんが女子コーラス部の白川とかいう逸材を知っているなら、このハードルはウチの部に対してのみ、という意味合いが大きそうだ。ニヤニヤ笑う可愛らしい顔を思い出し、俺は口をへの字に曲げた。
ちなみに対決は三曲勝負で、課題曲二つに、自由曲一つ。
人数が少ないウチの部への配慮で、一曲辺り最大三人までの編成としてくれていた。
俺は歌わないから、合唱部は実質二人なわけだけど……。
「あのさ、里村君」
大人しく楽譜を眺めていた染谷に呼びかけられ、俺は彼女の方を向く。
「この『ゲルマン人の行進』の楽譜、テノール2パートにバリトン、バスって書いてあるよね。合唱にするためには、声が低い人が四人必要なんじゃないの?」
「うん、そうだな。しかも、問題は歌の方ばかりじゃないんだ。これはオーケストラ用の総譜だから、ピアノ伴奏するなら、一度まとめて、ちゃんと弾けるのかどうか考えてみないと……」
「流石に無理な気がする」
「……」
弱腰な染谷の発言に、俺は今一度考える。
本当に無理なんだろうか? 瑠璃さんに渡された楽譜は原曲丸ごと分じゃない。原曲の四分の一か、五分の一か、その程度なのだ。
俺はそこに彼女の本当の意図が隠されているような気がしてならない。
超えられないハードルを用意する人だと思えないからだ。
「編曲してみようと思う。ソプラノかアルト用に。声域が低すぎて出せない部分はピアノで弾くとか……、やりようは色々あるんだろう」
「里村君ならやれるのかもね。ごめん、やる気を削ぐような事言って……」
「いや、別に」
まだ理事長選用の曲も中途半端なのに、課題を増やしてどうするんだと思うが、この総譜がコードで書かれていないだけ、幾分かやりやすそうだ。
俺が中間テスト以上に集中して楽譜を見ていると、肩の辺りを江上にツンツンと突かれた。
「なんだよ?」
「じゃあさ、里村君。トゥーランドットの方もソプラノ用に編曲してみてくれないかな? 私が歌うから」
「こっちも!?」
プッチーニが作曲した『誰もねてはならぬ』は、テノール歌手用の有名曲だ。
江上の声域ならテノール辺りまで出そうな気もするけど、女子コーラス部があのイケボな白川さんに任せると予想すると、そのままぶつからせるのは危険かもしれない。出し辛い音域だった場合、声量が抑え気味になるから、迫力が出ず、負けてしまいそうだ。
だから、江上の一番出しやすい音域で勝負してもらった方がいいんだろう。
それは分かるものの、一つ問題がある。時間的にかなり厳しいのだ。
楽譜を仕上げるのを相当急がないと、歌の練習に時間を使えなくなる。
しかし今は俺にとって時期が悪すぎだ。
中間テストの手応えの無さ加減から、たぶん半分以上の科目が赤点な感じなんで、テストが返却されたら放課後の補修は免れられない。
――明日から二日くらい仮病使って学校休むか。
休みたい時にサボれるのは、一人暮らしをしている者の利点と言える。
俺の成績では、大学の推薦枠なんて貰えないのは明らかだし、内申とかぶっちゃけどうでもいい。
「分かった。やってみる。ただし、この曲は勝ちにいかないと、廃部を覚悟した方がいいかも。『ゲルマン人の行進』の仕上がりは予想出来ないし、期限的に自由曲は『故郷/ふるさと』か『赤とんぼ』にせざるをえないだろうし」
俺達のレパートリーであるこの二曲は老人ホームで披露した際、居眠りされた程度のクオリティだから、正直武器になるとは思えない。この勝負、江上の歌唱力にかけるしかない。
染谷に悪いから、ハッキリ口に出して言えないけど……。
「白川さんに負けない自信あるよ! 里村君の編曲が終わるまで、ボイトレの先生に通うつもり!」
「あのさ、心強いんだけども、トゥーランドットの編曲をその先生に頼めないのか?」
「何言ってるの! 一週間以内に仕上げてくれるわけないじゃん!」
「俺も、キツいんだからな? 一応言っとくけど」
何故俺なら直ぐにやれると思えるのか……。
「差し入れ持って行くから、期待してて!」
「はぁ、……だったら和食が良い」
「里村君の好みは把握済みだよ~」
江上は元気よく宣言し、スマホで誰かに連絡し始めた。会話の内容的に、ボイトレの先生とやらに予約をとっているんだろう。
「私は何してたらいいんだろ?」
染谷は俺達の様子にやや困惑気味だ。
「染谷は取り敢えず『故郷/ふるさと』と『赤とんぼ』のアルトパートを補助無しで歌えるようにしてほしい。俺は二日程消えるから、自主練習してて」
「じゃあ、そうする。里村君、困った事があったら呼んで。勉強以外で力になれるか分からないけど……」
「うん。有難う」
人数が少ないと纏まりやすくて楽だ。
さて、これからの一週間をどんなスケジュールで過ごそうか。
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