対女子コーラス部③
同じ学校とは言え、一学年上の親しくもない先輩を駅まで送ることになり、俺は暗澹とした気分で彼女の歩くスピードに合わせる。当然ながら外はもう暗く、空気に雨の匂いが混ざっている。
容姿に反し、生徒会長は無口なタイプではなく、積極的に話しかけてきた。
「ピアノを弾くのが随分お上手でしたね」
「駅前でやった演奏を聴いていたんですか?」
「ええ」
「今はまだリハビリ中なので、イマイチですよ」
「昨年、どこかのコンクールで入賞したと聞きました。ピアノで身を立てるおつもりでしたら、合唱部で遊んでいないで、本気で取り組むべきではないですか?」
「ピアノで食っていける人間はごく僅かみたいですから、まだ決断出来ないでいます」
「そうですか。確かに直ぐには決められないかもしれませんね」
「それに! 合唱部で伴奏するのは結構楽しいです。ピアノって完成度の高い楽器だから、一人でも完結してしまうというか……、時々弾いていてボッチな気分になったりするんです。だから――」
「ピアノの音に歌を乗せることで、一体感を味わえる……ですか?」
「まぁ、そんな感じです」
話しているうちに、生徒会長の雰囲気が緩んだような気がする。
やっぱり音楽をやっている者同士だと打ち解けやすいのかもしれない。
チラリと彼女の顔を見下ろすと、薄っすら微笑んでいた。
「女子コーラス部に所属する者達の中にも、そう考えている方々が多いみたいです。私も前はそうでしたし」
「今は生徒会長の考えは変わってしまったってことですか?」
合唱部から退部者が大勢出たのは、この人が裏でそう仕向けたからなんじゃないかと思っている。
彼女の合唱に対する姿勢を聞いてみたい。
「なんで前の合唱部では駄目だったのでしょうか?」
「……私は愛している人がいます。あの方の為になら、幾ら汚れてもいいんです。だから、壊したのですよ」
「あ、愛!!」
同年代で愛を語る人間に会ったのは初めてなので、俺は面食らった。
想像が正しいなら、この人が想う相手は同性だからだ。
「いけませんか?」
「いけなくは、ないです!! ち、ちなみに、その人とは両想いなんでしょうか??」
俺は勢い込んで尋ねる。
だって、そうだったら嫌すぎる!!
「あの方は私をその他大勢と同じ様に扱います。ですから、私はいつも彼女の気を引こうと必死なんですよ。なのにあなたときたら……」
「それって、つまり瑠璃さんが頼みもしないことを、生徒会長が進んでやってあげたりしてるってことなんでしょうか?」
彼女の話を遮り、問い掛ければ、ニッと笑われる。
図星のようだ。というか、相手が瑠璃さんなのを全く隠す気がないな……。
まぁ、そこは置いておくとして。
江上に聞いた話によれば、彼女が男子部員を勧誘しまくった所為で部内に派閥が出来、崩壊に至ったそうだが、実情は別のところにあるような気がしている。
この現理事長様は、江上と瑠璃さんとの間で理事長の座を巡る争奪戦が起きたのを知り、わざと引っ掻き回したんじゃないのか?
「江上琥珀を合唱部の部長にしたのも、瑠璃さんの為だったんですか?」
「ええそうです。あの方の妹を特別扱いして、育ててあげようと思いました」
「それなのに、いざって時に切ったんですね。失礼だと思いませんか? 江上や他の部員に対して」
「思いません。彼女達は自分では何一つ満足に判断出来ないのですから。例えるなら、海流の動きに身を任せるクラゲです」
話の中に出てきたクラゲの姿をイメージして若干和んだものの、ここで流されたらそれこそ舐められるだけだ。
「流れを作るなら、責任を持たないといけない気がします。歌いたいだけだった部員達に、部長ただ一人をハブらせて、気まずい思いをさせるとか、どうかと思いますけど」
いつの間にか駅まで来ていた。
話の内容はアレだが、生徒会長やっているだけあって、話易くて、時間の感覚を忘れていたかもしれない。
彼女は自動販売機前で立ち止まり、改めて俺と向き合った。
「理事長に相応しいのは琥珀さんではなく、瑠璃様です。だから、あの座を彼女に献上したいんです」
「瑠璃さんがウチの学校の名を消そうと考えていてもでしょうか?」
「……ええ。正直それは初めて聞きますが、何か考えがおありでしょうし」
生徒会長の目は少しばかり泳いだ。
それは明らかな動揺。説得の可能性はゼロではないのかもしれない。
「私はここで失礼します」
「お疲れ様です。生徒会長」
身を翻した彼女に、ペコリと頭を下げ、俺は駅前にあるファーストフード店へと向かう。
ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリのアドレス欄から瑠璃さんの名前を表示させる。
――本当は瑠璃さんの手を借りたりしたくないんだけど、相手が相手だから仕方がない!!
◇
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