ヴァイオリンの魅力②
俺は電子ピアノの譜面台に楽譜をセットし、準備を終わらせた。
「翔君。3・2・1のコールをもらえるかな? 1のタイミングで弾き始めるからね。ミスっても続行で」
「分かりました」
「こっちは準備万端だから、君の良い時に初めて」
周囲からの向けられる好奇の視線を浴びながら、手の平をハンカチで拭く。
――絶対に、合わせきってやる。さっき瑠璃さんがヴァイオリンで弾いたバッハの無伴奏ソナタの第二楽章はたしか、ベートーベンの方のソナタと同じアレグロの早さだったはず。同じ速さで弾けば、きっと上手くいく。
確信めいた気持ちを持てるのは、瑠璃さんの腕を信用し始めているからだ。
「瑠璃さん、いきますよ」
「オーケー」
「3・2・1」
鍵盤に指を走らす。
両手で六連符を二度続け様に弾き、一気に駆け上がる。
一度目の山を超え、二度目のヤバイ箇所すらも――――完璧に合っている!
――マジか! 奇跡!!
瑠璃さんを見上げれば、ニヤリと見下ろされた。
聴衆から歓声が上がり、気分が高揚していく。
不安を感じていた箇所を超えてしまえば、ヴァイオリンの華やかで軽快な音色を楽しむ余裕が生まれた。
合奏をやるのは初めてなわけだが、これほど面白いなら、ガッツリピアノをやってた時に試してみれば良かった。
渡されていた楽譜を分を全て弾き切ると、割れるような拍手が起こった。
いつの間にか、俺たちの周りにはかなりの人数が集まっていたようだ。
だけど俺はそんな奴等の事なんかどうでもいい。
「瑠璃さん、本当に凄いです。音程も運弓も完璧ですよね? あんまりヴァイオリンについて詳しくないですけど」
「翔君もすっごく良かったよ。初見であれだけ弾けるなんて、優秀だね」
伸びてきた彼女の手が、俺の頭の上に乗せられ、わしゃわしゃと撫でられる。
嬉しく思うけれども、これだとまるでガキかペット扱いだ。
「やめて下さい。コレ、高校生男子にする事じゃないですよ!」
「大人扱いしてくれって意味?」
「ち、違います!!」
慌てて彼女から顔を離し、逆側を向くと__あり得ない人物が目に入った。
聴衆の中にセーラー服姿の小柄な少女が立っている。
彼女は冷ややかに俺を見つめ、口を動かした。
「人前で何恥ずかしいことしてんの? 翔」
北園愛美だ。
呆然とする俺に対して彼女はひと睨みし、駅の構内に向かって行った。
そして直ぐにポケットの中のスマートフォンが震える。取り出せば北園からの一通のメッセージ。
“まーだ、ピアノ続けてんの? 折角マシな学校入ったんだから、勉強に専念すれば~? つーか。一緒に居る女は誰? あんた金づるにされてんじゃないの(笑)”
俺はスマートフォンを投げ捨てたくなるのを我慢し、リュックの底に埋めた。
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