第23話 「おー派手なほうき」

 P子さんは課題を提出されていた。呑み会のあと、HISAKAに「髪染めて派手にしてきてね」と言われていたのだ。

 美容院に行ったはいいが、P子さんはどうしたものかなあ、と珍しく悩んでいた。HISAKAの言い方がいまいち抽象的だったので、ただ単に金髪にすればいいのか、それとももっと別の色に染めればいいのか、予想がつかなかったのだ。


「どうします?」


と若い店員が訊ねる。


「そーですねえ」


 どーせ派手なら、ま、いーか。


「赤にして下さいな」



 最初に驚いたのはマリコさんだった。


「は?」


 次に驚いたのはMAVOだった。


「わー~ 真っ赤」

「似合いません?」


 P子さんは言う。

 似合うとか似合わないとかそういうことではない、とマリコさんは思う。

 よく思い切ったなあ、とMAVOは思う。やっている本人は実に淡々としたもので、実際HISAKA宅へ来るまで結構周囲の目を引いていた。何しろ住宅地である。非常にその髪の色は風景から浮いていた。


「おやまあ」

「ほほー」


とHISAKAとTEARは立て続けて声を立てた。


「これはこれは」


 TEARはにやにやと笑う。


「派手にという御注文でしたからね、派手にしてきましたよ」

「上等」


 うんうん、とHISAKAはうなづく。まさかここまでしてくるとは彼女だって思わなかった。せいぜい色を抜いてくる程度かな、と思ったのだ。

 だがよく考えてみたら、P子さんはあんがい合理的考え方の持ち主でもあった。どうせ派手、がエスカレートするなら、当初から人の度肝を抜く方が楽。

 「楽」という方向に考えが向くのが彼女と言えばそうなんだが、実はHISAKAの「合理的」も、「厄介なことはなるべく簡略化」というのと根の部分では変わらないのだ。


「さてこれをどうデコレーションするか」


 ふむ、とHISAKAは考え込む。


「あの子そういうの結構得意そうじゃねえ? ナホコちゃん。いつも結構凝った髪型してるじゃん」

「そーねえ…… じゃ日曜に来る時に聞いてみよう」

「あんた方はいつもどーやってんですか?」

「あん? あたしは立ててもらってるけど」


とMAVO。

 確かに、とP子さんは思い返す。さすがにアレを自分一人でやるのはなかなか苦労するだろう。


「であたしはそのそのまんまで、HISAKAはまあ演奏する時にかけている扇風機、かな」

「何ですかそりゃ」

「髪が自然になびくのが一番恰好いい髪型なんだとさ」

「悪いーっ? 暑いからちょうどいいのよっ」

「別に悪いなんて言ってやしねーって」


 げらげら、とTEARは笑う。



「派手に、ですか?」


 ナホコはどちらかと言うと、P子さんの髪の色より、それを自分に何とかしてみろ、と言われた方がショックだった。


「ナホコちゃんいつも結構面白い頭してるじゃない。手先器用でしょ? 髪立ての方法は説明するから」

「は、はあ……」


 どーうしましょ。ナホコは気が抜けるのを感じていた。ほー、と感心したように横でトモコが聞いていた。何やら大きなバスケットを下げている。


「ああやっぱり来たんだ」


 そのトモコの姿を認めるや否やMAVOはそう言った。


「来ました」

「じゃあしっかり見ていって」

「……はい」


 P子さんはその様子を表情も変えずに見ていたが、すれ違い際ぽんぽん、とトモコの肩を叩いた。何ごと、とトモコは思ったが、P子さんの表情からは何も読みとれなかった。



 取り立てて本日のライヴは変わったところはないな、というのがナホコの感想だった――― 音に関しては。

 確かにP子さんが入って最初のライヴであったに関わらず、音に関しては全く違和感がなかったのである。だが。


 まず客がどよめいた。


 登場用の曲は大して決まっていない。だからHISAKAが「これ使おう」と言った時、皆「ああいいよ」で済ませたものだった。その時HISAKAの口元がやや緩んだことには気付かず。

 じゃん、とスピーカーから音が溢れた。

 何何、と「関係者入口」からフロアに出ていたナホコはトモコと顔を見合わせる。MAVOがフロアで見ていきな、と言ったためだった。

 それはあまりにも「ロック系ライヴハウス」とは無縁の音だった。


「これってブラスの曲じゃない?」


 先に気付いたのはトモコの方だった。

 ブラスぅ? とナホコは口を歪めた。生きのいいトランペットとトロンボーンの音がチューバとユーフォニュームとティンパニの音に乗っかって客に襲いかかった。

 一瞬呑まれるかと引いた客もすぐさま体勢を立て直した。

 腕を高々と上げて登場するTEAR。HISAKAはいつもよりのんびりと歩いてドラムセットの所へ行く。

 そしてMAVOと、その少し前をP子さんがのそのそと歩いた。

 あん? とナホコは一瞬首を傾げた。自分で作った髪型なのではあるが… 楽屋で見るのとステージで見るのではこうも違うのか、と。

 あまりたくさん時間がある訳ではないから、「とりあえず派手」というリーダー殿の御意見に従って、立てたり結ったりして広げる所は広げて、締める所は締めてみましょう、とやってみた。茶髪の発展形の色でもなく、赤毛のアンの「にんじん」色でもない、本当に「真っ赤」な髪なぞ触るのは始めてだった。

 まあ編み込みだのウェーヴ付けるのは自分ので慣れてる。自分の頭で後ろに編み込みができるくらいだからナホコは器用である。だがこのP子さんの顔にウェーヴくるくるは似合わない、と思った。あまり派手な顔ではないし、甘い顔立ちでもないので、どちらかというと髪はまっすぐのままの方がいいと思った。


「どうなっても知りませんよ……」

「別にどーなってもいーですよ」


 そうP子さんが言うので、ナホコはお言葉に甘えさせていただくことにした。

 結局、全体を上部と下部に分けて、上部は始めて使う、超ハードな(その後これは別名スプレーのりとMAVOに命名された)ダイヤスプレーで立てて固めた。長さが均一という訳ではないので、根本は固めたが毛先の方は広がるにまかせた。


「おー派手なほうき」


 鏡をのぞき込んだP子さんは、ぼそっとそう言った。ナホコも的確な表現だ、と鏡の中のP子さんに苦笑いを返した。

 残った下の髪はどうしよう、と思った結果、もうさほど時間もなかったので、細かい三つ編みを大量に作ることにした。三つ編みは誰でもできるが、「綺麗に・細かく」という条件をつけると、手先の器用さが物を言う。

 どうなったーっ? とセッティングを済ませて入ってきたHISAKAがのけぞったのを筆頭に、その後入ってきたメンバーとマリコさんとタイセイとオキシの照明スタッフを驚かせたのは言うまでもない。

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