2章-33話 魔力

 座り込んだままシンヤは眼を見開く。


「は……あ……?」


 顔を上げれば、立っているシーナの腹から尖った木の棒が生えているのが見える。


 棒の先端からは血が滴り、彼女を背中から貫いているのが分かるのだが、シンヤは何が起こったのかわからず固まってしまう。


「かふっ……」


「……シ、シーナ?!」


 軽くせき込んだシーナの口から出た血がシンヤの顔に飛び散り、ようやく思考が追い付いてくる。震える声で名前を呼ぶが、その声は彼女の耳に届いていない。


 苦悶の表情を浮かべていたシーナは、シンヤの顔を上から覗き込み、その無事な姿を目にすると、痛みを堪えた歪な笑顔を浮かべた。


「……あっ……うぁっ!」


「……っ?! シーナっ!」


 腹部から棒が引き抜かれる。


 まるでスローモーションのようにゆっくりと、シーナに突き刺さっていた異物が見えなくなっていく。短く声を上げ、支えを失った身体が崩れるようにシンヤにもたれ掛かってくる。


「シーナっ! なっ、ど……?!」


 全身の力が抜けた彼女の身体を抱き留めた。


 なぜ? どうして? 


 すでに意識は無く、困惑しているシンヤは瞼を閉じたシーナに声をかけようとするが、その言葉が出てこない。


 抱き留めた身体から流れる血液がシンヤの身体を赤く染めていく。


「おやおやおや、シンヤ君を狙ったのですが外れてしまいましたね……本当にそれは何なんですかね? 聖都の人間であるならば私に歯向かうはずが無いのですが……」


「……マグルスぅっ!!!」


 頭上からもう聞くことが無いはずの、先ほど死んだはずの男の甲高い声が降ってくる。背筋に走る悪寒を感じ、シンヤが顔を上げるとそこにはマグルスの姿があった。


 困惑も疑念も吹き飛び、頭の中を怒りが支配していく。


 どす黒い感情が身体の中を駆け巡り、シンヤの心臓が悲鳴を上げる。


 心にヒビが入り、割れていくような感覚。


 だが、怒りに身を委ねる前に兄妹が動いた。


「くっ……!」


「シンヤっ! その子をっ!」


 リュートが剣を抜きマグルスへと駆け、クロエはシンヤに駆け寄り、すぐさま両手をシーナの傷口へとかざす。


「ク、ロエ……」


 怒りよりもシーナの身を案じたシンヤは彼女の肩を抱き、力ない手を握る。


 淡く光る治癒魔法はシーナの腹部の傷口を見る間に塞ぎ、それとともに出血も収まっていく。傷口が塞がると息をしていないように見えた彼女の呼吸が正常に戻っていった。


「え……? ……ううん。だい、じょうぶ。間に合ったみたい……」


 一瞬怪訝な表情を浮かべたクロエだったが、出来る範囲での治癒を終わらせ、横で心配そうに見ていたシンヤに声をかける。


「ありがとうクロエ。良かったっ……シーナ」


「シンヤ……兄さんが時間を稼いでくれてるうちに……」


「……ああ」


 意識の無いシーナの名前を呼び、シンヤはその身体を抱きしるが、クロエの言う通りリュートはマグルスの気を引き、今も剣を振るっていた。


 今このタイミングを逃しては、脱出する事は困難になる。


「今のうちに逃げようっ! クリスもこっちっ!」


「う、うん」


 シーナが無事だとわかると、クシュナが率先してクリスを連れて出口へと向かう。


「……ごめんシーナ、必ず助ける……」


「……ずっと気になっていたんだけど、シンヤはどうして裸なの?」


「いろいろあったのっ! 着替えも持ってないし、仕方ないんだよっ……ほら行こう、あとで説明するから」


 意識の無いシーナを背中に背負ったシンヤは、彼女が落ちない姿勢を試しながら立ち上がる。その姿を見たクロエが疑問をそのままぶつけてきた。


 立ちはだかったセラを止める為に服を使ったのだが、未だにシンヤは上半身に何も着ていない。


 シーナの無事を確認出来たシンヤは少しは気が楽になったのか、クロエの言葉に慌てて反論し走り出す。



  ◆     ◆     ◆

 


「貴様っ! なぜ生きているっ!?」


「殿下もひどいお方ですねぇ。ためらいも無く心臓を一突きにするなんて……」


 横なぎに一閃された剣を背後に飛んで躱すマグルスは、空いている胸元に手を当ててお道化た様子でリュートに言葉を返す。


 胸に穴が開いているのだ。


 傷が治ったわけではなく、その胸にはリュートの剣の傷跡が残っている。


「なぜ生きていると聞いているのだっ!」


「ふふふっ。私はね。死なないんですよ。こう……ほらっ、こんなことをしてもねぇ」


 再度リュートが詰問すると、マグルスはほくそ笑んだまま杖を持っていない左手を持ち上げ、自身の胸の傷に突き刺した。


 そのまま抉るように手首まで体内に入れるが、何事も無いように話を続けている。


「……化物めっ! ならばその首を落とすっ!」


「おっと、そうは参りませんよ……『ヴェローズ』」


 呪文が紡がれるとマグルスの身体を淡い光が包む、するとその動きが速くなり、迫るリュートの剣を避け切った。


 身体強化魔法、森の村でシンヤが聞いた肉体を強化する補助呪文。


 シンヤの強化はあくまでもアウラの補助による肉体の限界を超えた強化、魔法とはいえない。マグルスの魔法はこの世界における通常の身体強化魔法だ。


 それは、シンヤの想像よりも強化の効果が目に見えて発揮されていた。


「その程度で俺から距離をとれると思うなよ」


「……いえいえ、近接戦で勝てるわけがありませんので、否が応にも離れされて頂きますよ。『シャーマ』」


「くっ……邪魔だっ!」


 距離をとりつつ炎の魔法を行使。その炎を剣で切り払うリュートはさらにマグルスへと地を蹴る。


 魔法使いと戦士の戦いに置いて、鍵になるのは間合いだ。


 通常、魔法使いは戦士に接近戦では勝てない。またその逆も然り。


 だからこそマグルスは距離をとろうとするし、リュートもまた間合いを詰める。


 だが、他にも魔法使いは戦士よりも不利な点がある。


 ……それは魔力だ。


 体力とは別に魔法を使い続けるには魔力が必要になるのだが。


「まだまだです……『フリーア』もう一つ『ローシャ』」


「……っ?! なぜだっ?」


 次々と襲い来る炎を、石の礫を、氷の矢を避け、弾き、切り落とす。


 訓練場の中を所狭しと飛び回るマグルスに、剣を突き立てようと追いかけるが、常に飛びくる魔法に阻まれ、その間合いは詰まることは無い。


 それ自体は予期していたことだったのだが、リュートは声に出して疑問をぶつける。


「何がでしょうか?『シャーマ』」


「ぐっ! なぜ貴様の魔力は尽きないっ?」


 下位の魔法とはいえここまで連続して使用し、先ほどは長時間中位の魔法を行使していたのだ。それなのにマグルスは疲弊せず、未だ魔法を使用できている。


 クロエでさえここまで魔力は続かない。


 魔力切れを狙っていたリュートとしては当てが外れた形だ。


「ああ、言い忘れていましたね……私の魔力は無限ですよ」


「戯言をっ!」


 人の魔力が無限に湧き出るなどあるはずがない。


 急所を抉っても死なず。魔力が尽きない。そんな化物が人間なはずはないのだ。


 だが、実際マグルスは死なず。いくら魔法を打たせても、疲弊さえせず、このままマグルスを殺すことは出来ないのかもしれない。


 そう考え、横目でシンヤ達の様子を窺うリュートは、マグルスの気を引き、彼らが逃げる時間を稼ぐ為の戦いに転じた。


「兄さんっ!」


「……先に行けっ!」


 シーナの治癒を終えたクロエが声をかけてくる。距離をとり続けるマグルスを責め立てながらリュートは短く答えた。


 それを聞いたシンヤ達はそのまま出口へと向かう。


「さすが殿下。このままでは彼らに逃げられてしまいますね……仕方ない。後は外のグライストが捕らえてくれることを祈りますか……」


「あまり執着がないのだな……」


「よそ見をしていると切られてしまいますので……死なないと言っても痛いんですよ」


 相変わらず余裕の笑みを浮かべたマグルスだったが、さすがにリュートを相手にしながら、他の人間へと攻撃する程の余裕はないようだ。


 シンヤ達に攻撃をする事を諦めた様子のマグルスはさらに杖を振るう。


 リュートは全員が出口を出て行ったのを見届けると、今しばらくの時間を稼ぐ為に剣を振りかぶるのだった。

 

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