2章-22話 決着
荒れ狂う風が巻き起こり、祭壇の上は竜巻でも起きているのではないかという程に風が吹きあれている。ふと心配になり、シンヤが子供達の方へ顔を向けると、いつの間にかセラが三人の子供達を抱えているのが見えた。
状況を見て子供達を守りに動いたのだろう。
「天使が武技にも通じているなど聞いたことが無い。私の知っている天使は接近戦に弱いかったのですが……」
「私の世界では神同士の争いに巻き込まれることも多かったのでね。一通りの武器は扱える」
「この世界の神も天使も平和ぼけしていたということか。……貴方はさぞ高位なのでしょう?」
「いや、私は下位に位置している。つまるところただの下っ端だよ」
この世界の神は唯一神である女神が最高の権力者で、天界に逆らう者はいなかった。逆らうことが出来たのは伝承にある邪神だけだろう。
その上、天界は地上の争い事には不干渉だった。結果、油断し魔族に足元をすくわれたのだ。
「とは言え、どうやら神の力は存分に発揮できていないと見える……本来はもっと力があったのでは?」
「……っつ!? 速いっ!! くっ……この世界の人間が強靭すぎるのだと思うがね」
会話を交わしつつも攻防に緩みは無く、お互いの武器が音をたてて切り結んでいる。
剣と槍は運用方法もその間合いも違う。
近距離では剣に分があるが、ノエルは槍を短く持ち受け流し、中距離に離れると、その動きに合わせたグライストが瞬時に間合いを詰めた。
「これでも足りないっ。力があったとしても……守れなくては意味が、無いっ」
「……ぐぅっ」
激しさを増すせめぎ合いも、徐々にノエルが押され始める。
距離を詰め、自身の有利な間合いでの戦闘を維持したグライストの剣が、ノエルの防御をすり抜け横腹を切り裂いた。
「し、神力が……」
「……ここまで、ですね。流石は神の使い。全力を出してなお紙一重でしたよ」
「がっ……!」
体勢を崩したノエルの後頭部へと、グライストは剣の柄を落とす。
シンヤはノエルが押され始めてからすぐに、臨戦態勢になり、いつでも身体強化が出来るよう、アウラと言葉を交わしていたのだが、グライストの動きに反応することさえ出来なかった。
『シン……』
肩で息をしていたはずのグライストは瞬時にリュート、クロエの順にそれぞれを一瞬で昏倒させる。
二人が倒れるよりも早く頭に衝撃が走り、唯一気づくことの出来たアウラの声を聞き取ることが出来ないままに、シンヤの視界は暗転したのだった。
「……さて、あとはセラ。君だけだが、アリオンに頼まれていてね。騒ぎを起こした連中の中に君がいるようなら、丁重に連れてきてほしいと……」
「っ!? ……あの男はまだそんなことを言っているのですか」
「すまないが私にとっては上司にあたるのでね。出来れば素直に追いてきてくれるとありがたいが……」
「……一つだけお願いがあります」
「なんだい? 私に出来る事であれば尊重するよ」
あれほどの戦いの後だいうのにグライストは、鎧に一筋の傷と顔に軽い火傷しか負っていない。穏やかな表情を浮かべながら話す言葉に、セラは子供達を背に隠したまま、毅然とした態度で返答する。
「この子達の儀式は、記憶を再度調整した後にすることと、それまでの間危害を加えない事……それを守ってくださるのであれば、私は抵抗しません」
「なるほど、儀式を止めるのは諦めると……」
「ええ、言ったところでそちらの方が納得しないでしょう? それならせめて、苦痛が無いようにお願いします……」
「……わかった。教主様、よろしいですね」
「結界の糧になってくれるのなら問題ないですよ。殿下達も同じようにして差し上げなさい。苦しみは無い方がいいですからね……ふふふ」
黙って聞いていた教主マグルスも、すんなりと認めてくれる。
こんな男に助命や嘆願をしたところで、聞き入れてもらえないと、セラは理解しているからこそ、刺激せず最低限の願いを言ったのだが、その話もマグルスにとって興味が無いらしく、じっと眠っているシンヤを見つめながらの空返事だった。
「……ところで、ここに来る前にオーグスに襲われたので、行動できないように痛めつけましたが、……もちろん、あの男が魔法を使用できるようになるまで、待っていただけるのですよね?」
マグルスの態度をセラは不思議に思うが、今は教主がなぜシンヤに興味をもったかよりも、やるべきことがあるのだ。
「あいつまた……。殺していないなら問題ない。約束は守ろう」
「ありがとうございます……」
精神に作用する魔法を扱える者は希少。
この数日でセラが知った情報では、この聖都でオーグスだけが使える魔法だ。治療を施したとしても数日は魔法を使用する事が出来ないはず。
リュートもセラもノエルも、そしてシンヤも意識を失くてしまい。この場で起きていられるのはセラだけ、ならば彼女は少しでも時間を稼がなくてはならないのだ。
「リネット様……」
チャンスはまた訪れる。
そう信じて聖女と呼ばれる少女を見つめたセラの瞳には、決意の炎が宿っていた。
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