2章-18話 乱入者

 怪しい人間を見るような目つきで、シンヤを見据えるその瞳には、疑念と恐怖が入り混じったような感情が映っている。


「テクタ、おれは……」


「あんた達、なんなんだよ。……なんで、なんで教主様を殺そうとしてるんだよっ」


「……っ!?」


 決定的だ。


 シンヤの声を遮るように放たれたテクタの言葉で、彼の記憶が改竄されていると理解するには十分だった。


 今のテクタは、森の村での生活も、ここにいるシンヤ達の誰の事をも記憶していないのだろう。 


『シンヤ。……わしをこの童に握らせるのじゃ。無理にでもよい、少しの間、離させるでないぞ』


「どうにか、出来るのか?」


『お主の時と同じ要領で、こやつの記憶を無理矢理引き出す。……じゃが、異世界の記憶を持つお主と違い時間がかかる』


「わかった。……テクタすまないっ」


「お前何すんだっ。……離せっ。やめろよっ」


 椅子にテクタを押し付けると、シンヤはその身体を押さえつけ、固く握りしめられた左手の指を強引にこじ開けようとする。しかし、いかな十歳の子供とは言え、全力の抵抗をされれば、抑えつけ続けるのは容易ではない。


「おいっ! ふざけんなっ。離せっってんだろっつ!」


「少しだけじっとしててくれ、頼むからっ」


 身体を引っ掻き髪を掴み、全身で拒絶するテクタの左手の中に、アウラの指輪を押し込む。


「いい大人が子供相手に無理矢理抑えつけてる姿は、とても見れたものではないですね……人格を疑いますわ」


「セラさんっ! 絶対わかって言ってますよねっ」


 暴れるテクタを必死に抑えつけていると、近づくセラが冷めた声をかけてくるが、シンヤはそれどころではない。


 乱暴に言葉を投げ返すと、指輪を離そうとするその手を必死に抑える。セラもただ見てるだけではなく、テクタの背後からそっとその身体を抱きかかえると、いくぶん暴れる力が弱まった気がした。


「あああっっ!」


 二人でアウラの処置が終わるまでじっと抑え続ける。時間にしたら数十秒程度だっただろうか、短く叫び声を上げると、テクタの身体から力が抜け、椅子に座り込んでしまう。


「はぁ、はぁ。アウラ、大丈夫なのか?」


『大丈夫じゃ。頭の中の変化についていけず、一時的に意識を失ったが、すぐに目覚めるじゃろう。それよりも他の人間にも処置をせねば、脱出どころではないのじゃろ?』


「ああ、わかってる」


 椅子の上で意識を失ったテクタを心配するが、アウラが言うように教主を人質に取っている今の状況も、いつ変わるかわからない。村人は全員で十二人もいるのだ。


「ノエル、この子を頼めるか? ……次はノイだ。セラさん手伝ってください」


「問題ない。早く他の人間も記憶を戻してやるといい」 


「仕方ないですね。先ほどの鬼畜のような所業にならないように、私も手を貸します」


「鬼畜って、やりたくて抑えつけてたわけじゃないんですからねっ!」


 周囲を警戒していたノエルに呼びかけ、テクタを見ててもらう。その間に隣に座るノイに近づき、先ほどのテクタ同様その手に指輪を握らせる。眠っている為抵抗されることもなく、処置を終わらせることができた。


 次のソフィーに指輪を握らせようとしていると、他の村人達が目を覚まし始める。


「どうなってるんだ?」


「……儀式は、終わったのか? あれを見ろっ。教主様がっ……」


「本当だっ。教主様になんてことをしてるんだ」


「その手を離せっ」


 次々と目を覚ます村人達は、困惑の表情を浮かべて声を上げる。あれだけリュート達を慕っていた彼等が、敵意をむき出しにして騒ぎ出す。


「やばいっ! アウラ何とかならないのかっ?」


『無理じゃっ。わしを握らせない事にはどうにもできんっ。それよりも、早くその童にわしを握らせるのじゃっ。眠っている者だけでも処置を済ませておくのじゃ』


 今、村人達の意識は教主を人質にとるリュートに向かっている。まだ眠っているソフィーだけでもすぐに元に戻しておくべきなのだ。


「おいっ。お前っ、うちの娘に何する気だっ」


「くっ。すいません。必要な事なんですっ」


 眠っているソフィーに近づくが、村人の一人が気づき、シンヤの肩に手をかけ声を荒げる。


 彼女の父親だ。何度も話をしたことのある彼の眼には、娘を思う怒りの色だけが浮かんでおり、シンヤを不審者と認識している。


 罪悪感が心を締め付けるが、仮に説明をしたところで聞き入れてもらえる為の証拠も時間も無い。肩にかかる手を振りほどき、シンヤは眠るソフィーの前にしゃがみ込むと、その小さな手の中に指輪を押し込む。


「ふざけるなっ、娘から手を離せっ……ぐぁっ」


「申し訳ありません。……少しだけ、大人しくしていて下さい」


 自分の娘に怪しげな行為を働こうとするシンヤに、激昂する父親は拳を振り上げるが、横から割り込んできたセラが、その腕を取り地面に抑えつけた。


 これで三人目。


 未だ三人しか処置の出来ていない状況で、他の村人達は全員が起きてしまった上に、激しい敵意を持ってシンヤ達を睨みつけている。


「聞けっ。今のお前達は、この状況がおかしいと感じている者もいるだろう。それは、この教主と呼ばれている男がお前達の記憶を改竄したからなのだっ」


「……そんな話信じられるかっ!」


「教主様はそんなお方じゃないっ」


 リュートも教主を警戒しながら村人の説得を試みるが、言葉だけで信じてもらえるほど記憶というものは簡単ではない。


 信者達は動けない。教主も動く気が無いのか目を瞑ったまま大人しくしている。敵対しているとはいえ、村人達も警戒しているのか、襲い掛かってくるわけでは無いようだ。


 今の内に全員の記憶と戻す事が出来れば、逃げ出すことも可能になる。そう思いシンヤはセラが抑えているソフィーの父親に指輪を握らせた。


 だが……。


「そこまでだっ!」


 広間に響き渡る声が耳を鳴らす。それはシンヤが聞き覚えのある声だ。


 どこで聞いたのかと思考を巡らせていると、扉の無くなった入口から一人の男が檀上に飛び出してきた。


「侵入者は君だったか、シンヤ君」


「……グライストさん」


 昨日、記憶の相違に悩んでいたシンヤに優しい言葉をかけてくれたこの聖都の守備隊長。白く洗練された鎧で全身を包み、見るだけで心惹かれるような美しい両刃の剣を片手に持った男は、初めて会った時と同じように、柔らかな声音で声をかけてきた。


「……記憶を取り戻してしまったのだね。……あのままだった方が楽だったのかもしれないよ」


「お前は……グライストなのか?」


 シンヤに話かけるグライストを見て、リュートは驚愕の表情を浮かべ絞り出すように問いかける。


「お久しぶりです。リュート殿下」


「なぜ、お前がここに。……こんな奴のところにいるんだっ」


「いろいろと、本当にいろいろとあったのですよ。今の貴方にはきっと理解できないでしょう」


 問いかけるリュートから視線をクロエに移すグライストは、声音を幾分落として答える。暗い声と共に彼の瞳には深い悲しみが彩られていたが、今のシンヤにその理由がわかるはずもなかった。


「知り合い、なのか?」


「彼は、グライストは、隣国の鳳翼騎士団の団長をされていた方。おそらく、この大陸で最強の剣士です。まさかあの方が聖都側についているなんて……」


「最強って、リュートよりも強いのか?!」


「はい……彼の剣は海を割ります……この場に居る誰よりも強いでしょう」

 

 誰にともなく呟くシンヤの問いに、セラが答えてくれる。視線の先に居る純白の鎧を身に纏った男は、人種最強の男なのだと、そんな男が敵なのだと。


 僅かな希望をもつシンヤ達の前に、また一つ大きな壁が現れたのだった。



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