1章-43話 天使
ゆっくりとした足取りでシンヤ達に近づくノエルは、唖然と立ち尽くすリュートの前まで来ると、その顔に手をかざす。
「何の真似だ……」
「大丈夫だ。動かないでくれ」
訝し気な表情のリュートだが、もうすでに動ける状態ではない。
ノエルの掌から光が漏れるとリュートを包み込み、身体の傷が癒されていった。
「なっ……!」
光が収まり自身の身体を見て、驚愕するリュートは、シンヤに近づいていくノエルの後ろ姿を凝視する。
「ふう。……すまない。治せるのは後一人といったところだ」
「なら、クロエを治してくれっ」
「クロエを頼むっ!」
クロエを抱きかかえたままのシンヤを見て、どちらを治すか聞いてくるノエルだが、答えは二人とも同じだった。
「わかった」
リュートの時と同じように光に包まれたクロエは、その身体から傷が無くなり、青白くなってきていた顔にも生気が戻ってくる。
「クロエっ!……ありがとう、感謝する」
妹の名を呼び駆け寄るリュートの顔には、心の底からの安堵があり、ノエルに顔を向け頭を下げる。
「終わったぞ。先ほどの生物を消し去る為に力を使いすぎた。神力が底を尽きかけている。すまないが君を治療することは出来ない」
「謝らなくてもいいよ。おれはクロエに治してもらっているから大丈夫。それより少し休ませたいんだ」
「そうだな。城の休めそうな部屋に移動しよう」
謝罪するノエルだったが、シンヤにとっては多少痛む身体よりもクロエが心配だった。それはリュートも同じで、四人は一度城内に入り休むことにした。
それは抱き抱えていたクロエをリュートに預け、立ち上がろうとした時だった。クラプスの残骸の中から琥珀色の小さな光が、シンヤの指に吸い込まれるように飛んだのだが、その場の誰も気づくことはなかった。
◆ ◆ ◆
城内の、元クロエの部屋、そこは部屋の破損も少なく、置いてあったベッドの状態も比較的損傷が少なかった。シンヤ達は持っていたシーツをかけクロエを寝かせる。
魔族との戦闘は、ほんの数時間だったようで、まだ太陽も高い。
ようやく少し落ち着くことができ、シンヤは誇りの被った椅子に腰を下ろす。クロエに癒してもらったと言っても、止血し痛みを和らげた程度なので、全身の痛みが全てとれたわけではない。
クロエを寝かせたリュートは、部屋の外で指笛を鳴らす。すると、すぐにキロロがシンヤ達を見つけて、部屋の中に入ってきた。
「クワァァッ」
「いたっ! 痛いって、ごめんキロロ」
一人置き去りにされたのを怒っていたのか、シンヤの姿を見つけると頭を突いてくる。そんな騎鳥に謝ると、分かればいいと言いたげに突くのを止め、顔を背けた。
「素直に逃げていればよかったものを、キロロを置き去りにするからだ」
「結果として役に立てたんだからいいだろっ。キロロには悪いことをしたと思ってるけど」
騎鳥はとても賢い。親愛の情をもって接すれば、決して裏切ることのない動物なのだ。だからこそ、説明もなしで置いていかれれば怒りもするし、今のように拗ねたりもする。
「結果はな。……キロロは後でしっかり世話をしてやれ」
「わかったよ。ほんとごめんなキロロ」
もう一度謝りその背中を擦ってやると、仕方ないと言わんばかりに一声鳴き、部屋の隅で丸くなった。
「……それで、あいつはなんなんだ?」
「あの人は探していた天使のノエルだよ」
「あいつが……。天使にはとても見えないが?」
「うーん、見た目は……。まあ、そうなんだけど。リュートも見ただろ? 彼のおかげで、あの魔族を倒せたんだし」
先ほど魔族を焼き尽くした光の柱、クロエの大魔法よりもさらに高い火力が出ていた。
見たことのないその力と、目の前の疲れた顔の男が、結びつかず、納得がいかない様子のリュートだが、シンヤは天使だと知っているのですんなりと飲み込むことが出来た。
当の本人は部屋の片隅で目を瞑り立ち尽くして、聞いているのかいないのか、話に入っては来ない。
「なあ、ノエル……で、いいかな」
「呼び方などなんでも構わない。……神以外に敬称など無意味だからな」
「じゃあノエル、なんでこの場所に?」
シンヤは意を決してノエルに話しかける。先ほど呼び捨てにしてしまったが、相手は天使なのだ。了解を得るために確認するが。目を開けてシンヤを見る本人は気にしないようなので、そのまま質問を続けた。
「手短に説明すれば、君を探していた」
「……なんでおれを?」
「君がここに飛ばされたことは想像がついた。ただの人間の魂がここでは変異してしまう。私の担当だった君がそうなっては申し訳ない。そう思い保護しようと考えたからだ」
「じゃあここに来てから、ずっと一人で探してたってこと?」
「いや、私もこの世界の事はわからなかったのだが、獣人の少女に世話になって、いろいろと教えてもらったのだ。ただ少し、なんというか、私と相性が悪いというか、……苦手だったので途中で別れてきた」
ノエルを助けてくれた少女がいたようだが、彼は歯切れ悪く言葉を並べ、眉間に皺を作ってどこか困った様子で話しをしてれた。
「苦手って……大丈夫なのかその子」
「元々逞しく生きていた少女だ。問題は無いだろう」
「それよりも上野木シンヤ、その肉体はどうした? だいぶ若くなっているように見えるが……」
肉体。それはシンヤが死んだのが夢ではないと気付いて最初の疑問。
魂だけの存在になっていたシンヤは、この世界に肉体を持って転移した。考えないようにしていたが、ノエルにとっても想像外の出来事のようだった。
「えっ? ノエルもわからないの? 気づいたらこの姿だったんだけど……」
「私は地球の担当だ。この世界の事はわからない。というよりもここがどういう世界かも認識出来ていないし、少女に教えてもらった話以外はわからない」
天使ですらわからないのであれば、シンヤの身体の謎はわからないままなのかもしれない。
「ん……っ」
話をしていると、クロエの意識が戻ったようだった。
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