希望の植木鉢
幻典 尋貴
希望の植木鉢
SNS上で花の種をやり取りすることが出来る『フロス』と言うサービスがある。専用の機械『
ダウンロードにも、保存に使ったFSPは使うことができ、最新の3Dプリント技術を用いて種が再現される。
つまりは、花の種をSNS上で拡散出来るわけであり、毎日種の拡散方法を試行錯誤している花としては、大助かりのサービスだろう。
最初の頃は、花の種のクローンが出来上がるのはどうなのかとこのサービスに反対している人もいたが、それが意思を持った生物でない事と、そもそもサービスの利用者が少なかった事からその騒動はすぐに収まった。
このサービスの利点は、珍しい花や、採取が難しい花を簡単に手に入れることが出来ることだ。人によってはデータのダウンロードに、日本円で百円から数十万円まで値段を付ける人もいるが、それでも本物を手に入れるための経費などを考えれば遥かに安い場合が多い。
ただ、元々花屋を営んでいた方達にとっては、諸悪の根源であることに間違いはないだろう。連日、ニュースで元花屋経営者のインタビューが流れている。昨日は「ただでさえ、ロボットに仕事を奪われていく世界であるのに、今度は人間に仕事を奪われたのだ」と言っているおばさんに対して、辛口で有名なコメンテーターが「でも、花屋さんって育ったお花を買いに行くのが主なんですから、関係ないですよね」と言って炎上していた。
『それで、フロスに目的の種はあった?』
スマホの受話口から花枝の声が聞いてくる。見つからない花があると話していたら、このサービスを教えてくれたのが花枝だった。
「いやぁ、中々見つかんないね。やっぱり絶滅した花の種は難しいかなぁ」
『ポルトガル語では調べた?日本の大体反対側だから、ブラジルだったらもしかしたら』
目的の花の種は、数年前のアジア圏を中心とした環境汚染で全く採れなくなってしまったものだった。それに対してフロスの凄いところは、保存さえされていれば、そのような絶滅した花の種でさえ、手に入れる事が出来る点であった。もちろん環境が合わなければ育てる事は出来ないが、今は此処らの環境は大分戻ったらしいから、育てることは出来るだろう。
「あった!ありがとう花枝」
『なんてことないよ。まぁ、枯らさないようにね』
そもそもどうしてそんな絶滅したような花の種を探していたのか。それは母の思い出の花だからだ。父が母へのプロポーズの際に贈った花なのだと言っていた。
母が今、入院している。生死に関わる様な重病ではないと言われているものの、今の時代で入院する様な病気はかなり重いものだと僕は知っている。
僕は見つけたデータをすぐにダウンロードして、元々買ってあった植木鉢と土を持って病院に向かった。
病院に着くと、母の病室が大部屋に移ったことを聞いた。病状が良くなっているという事だろう。
看護婦さんが教えてくれた203号室は、二階の真ん中ら辺にある四人部屋だ。テレビドラマなどでよく見る光景と全く同じであるため、面白味はない。母が寝ているのは窓際のベットだ。そこには父もいて、母と楽しそうに話をしていた。
僕は二人に話して花の種を埋めた植木鉢を窓の前にある棚の上に置いた。
「懐かしいわね。またあの花を見れるとは思っていなかったわ」と母が言う。
「いつ聞いたんだよ、プロポーズの事なんて」と父が照れ臭そうに言う。
まだ花の咲いていない植木鉢を、三人で大事そうに眺めていた。
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