第六章 第十四話「姫逃石の恋占い」

 山道を抜けるとだだっ広い草原の風景が広がった。

 木々がなくなり、爽やかな風が頬をなでる。

 その草原の真ん中には青紫のきれいな花が点在する池があった。


「あ……! これこそ『姫逃ひめのが池』ですね、ほたかさん!」

「うん、大正解~っ。ちょうどカキツバタが咲いてて、きれいだね~」


 姫逃池とは、ほたかさんとの勉強会で話題になった場所。


 姫と若者の悲恋の伝説から名付けられた池で、山賊に追われた姫が身投げした池らしい。

 この草原は山賊と対峙した若者が戦った場所で、若者はこの場所で死んでしまった。姫を守ろうと振るった一太刀が岩を切り裂いたという言い伝えもあり、その壮絶な最期を偲ばせる。

 割れた岩は『姫逃石』と名付けられ、今では恋占いの『縁結びの石』として親しまれているらしい。


 なにげなく池を見渡すと、池のほとりにそれはあった。

 意外なほど大きくて、きれいに真っ二つに割れている。石の横には『姫逃石』という看板も立っていた。


(恋占いの石……かぁ……)


 あの石の隙間に木の枝を落として、石の間に運よく引っかかれば恋愛が成就するらしい。

 普段は占いとかやらないほうだけど、私の脳は興味があると叫んでいる。


 そんな衝動をぐっと我慢した。


 恋占いだなんて言ったら、また「誰が一番好きなんだ」という話が蒸し返されてしまう。

 一番なんて決められるわけがないし、「みんなが」なんて言えば、今度こそ私の気持ちがばれてしまう。



 そうこうしている間に登山隊は石の横を通り過ぎ、そのままこの広場を後にしようとしていた。

 よかった。ここで休憩するわけではないみたいだ。

 私がほっと胸をなでおろしていた時、背後で美嶺みれいがつぶやいた。


「なんかあの石、きれいに真っ二つに割れてるっすね」

「あれはね~、姫逃石っていうんだよ。占いもできるんだって」

「へぇ。なんの占いなんすか?」


 まずい。

 美嶺とほたかさんの話は、このままだと間違いなく恋占いに発展してしまう。


 止めたい。

 でも、あからさまに止めようとすれば逆に怪しまれるだけ……。

 占いのことを知っているほたかさんには秘密でいてもらおう。


「あの占いはね……」

「ほっ、ほたかさん!」

「ん? ましろちゃん、どうしたの?」


 よかった。注意が私に向いた。

 そのまま、口パクで「ヒ・ミ・ツ」と伝える。

 これだけで通じて欲しい。

 念のため、もう一度口を「ヒ・ミ・ツ」と動かしてみた。


「なになに? お口の体操?」


 ダメだぁ。

 全然伝わってない!

 それどころか、美嶺のほうが私の口をじっと見はじめた。


「いや、なんか言おうとしてるっすね。母音が『イ・イ・ウ』か……」


 ほたかさんに伝わらないのに、なぜか美嶺に伝わってしまった。

 鋭すぎるよぉ……!


「わかった。なんかのクイズだね!」

「ははぁ。もうすぐゴールだから、余裕が出てきたんだな。よ~し、当ててやるっ!」


 そんな感じで、二人は勘違いしたまま考え込み始めた。


 二人とも、当てないでほしい……。

 『秘密』って言ってるのがバレたら、何を秘密にしてるのか追及されちゃうに違いない。



 不安の中で後ろを振り向いたら、ほたかさんが手をポンと叩いた。


「ミミズ……かな?」


 よかった。間違ってた。

 でも、一度間違っただけでは終わりじゃない。


「さすがに今のましろと関係ないんじゃ? う~ん。ニヒル?」

「それも関係なさそうだよぉ。……えっと、喉が渇いてるから、シミズ……とか?」

「シミズ……ああ、『清い水』っすか。水を飲みたいのに『清水』とは言わない気が……」


 すると、千景さんが振り返った。

 意外な伏兵!

 まさかの正解が千景さんから出るのか?


 私は固唾をのんで見守る。


「……チイズ」


 間違ってた。

 しかし、ほたかさんは妙に納得したように大きくうなづいている。


「そっか! それだよ千景ちゃん」

「なるほど、チーズが食べたいんだな。さっき行動食を食ったばかりだろ~? ましろの食いしんぼめ」


 なんか、見当違いのことで納得されてしまった。

 勝手に食いしん坊にされちゃったけど、バレるよりはマシかもしれない。


「あ……あたり~」


 私は苦笑いで答えるのだった。



 △ ▲ △ ▲ △



 おしゃべりしながら歩いていたおかげで、最後は楽な気持ちのままゴールできた。

 ゴール地点は今日のスタート地点と同じで、三瓶さんべセントラルロッジの前の広場。

 登山隊の皆さんもそれぞれのチームで集まり、ザックを地面に下ろして休んでいる。

 我がチームの力自慢である美嶺も、さすがに疲れた顔で額の汗をぬぐっていた。


「美嶺! お疲れ様~!」

「本当に……ありがとう」


 私は帽子を振って美嶺に風を送り、千景さんは作り立てのスポーツドリンクをカップに入れて手渡す。

 美嶺はそれを一気に飲み干した。


「ふわぁ……生き返るっ! 伊吹いぶきさんもましろも、ありがとっす」

「膝は……問題ない?」

「大丈夫っす。……それより梓川あずさがわさんはどこ行ったんすか?」

「ほたかは……読図どくずの地図と記録帳の、提出」

「さっきまで、すごく真剣に記録を書かれてましたもんね~」


 ほたかさんはゴールしても休むことなく、一心不乱にメモ帳に記録を書きつづっていた。

 書きながら歩くと危ないので、こうして休憩中にしか作業ができないのだ。

 チェックポイントを書き記した地図と記録帳はゴールした後、五分以内に提出しないといけないらしいので、私たちは邪魔しないように見守るしかなかった。



「ただいま~」


 しばらく待っていると、ほたか先輩が戻ってきた。

 表情が明るい。

 それだけで、ほたかさんの肩の荷が下りたと実感できた。


「あ、お疲れ様っす。……っわ!」


 美嶺が応えると、ほたかさんが飛びつくように美嶺に抱き着いた。


「あ……梓川さん?」

「重い荷物を持ってくれて、ほんとにありがとう! おかげで読図と記録、ちゃんとできたよっ」

「い、いや。……それしかとりえがないんで」


 そう言いながら、美嶺は顔を真っ赤にしている。

 ほたかさんも満面の笑みで喜んでいた。


(うんうん。好きな人同士が仲がいいって、幸せだなぁ)


 楽しく穏やかな空気が流れ、私も嬉しくなる。


 ほたかさんはとても楽しそうだ。

 美嶺に頬っぺたをくっつけて、スリスリしはじめる。

 ……いつまでもスリスリしている。


(ほたかさん……長いですよ……)


 美嶺とほたかさんの柔らかそうな頬っぺたがこすれ合い、見ているだけで気持ちよさそう。

 それを見ていると、幸せ気分よりもジェラシーのほうが上回ってきた。


「くわぁーっ! 千景さん、まざりますよ―っ!」

「ボ、ボクも?」

「ですです! せっかくゴールしたんだから、今ハグしないで、いつするんですかーっ!」


 もう辛抱たまらないっ。

 私は千景さんの手を引っ張って、ほたかさんと美嶺の間に突進していった。


 もうそこからは、くんずほぐれつのハグハグ祭りだ!

 四人で抱きしめ合い、今日の疲れを癒しあう。


 姫逃石で恋占いができなくても、結果なんてわかりきってる。

 こんなに固い絆なんだもの。

 私たちはずっと一緒なのだ。


 みんな、だ~い好きっ!

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