第六章 第十二話「これはジェラシーなのですか?」

 いつの間にか背後に五竜ごりゅうさんが座っていた。

 彼女は私たちの様子を見ながら拍手をしている。


「素晴らしい。やはり、少女たちのふれあいとは素晴らしいものです」

「ずっと盗み聞きしてたのか?」


 美嶺みれいがにらみを利かせると、五竜さんは無表情のまま、首を横に振る。


「そんな失礼なことはしませんよ。わたくしは遠くから眺めていただけです。だから、会話の内容までは分かりません。……ご安心ください」


 しかし、その長身の体をズイッと起こすと、にらむ美嶺に密着するほどに顔を近づけた。


「……でもね。表情を見れば気持ちぐらいは分かります。……美嶺さんのジェラシー、とても可愛いですね」


 ヤバイ。


 一触即発の空気を感じた。

 背の高い二人が戦いだしたら、きっと誰にも止められない。

 それこそ、クマ打倒のために拳を鍛える美嶺と、クマ殺しの格闘家・五竜校長の孫の対決だ。


 怪獣大決戦。

 このマッチングだけで格闘技場の観客席が埋め尽くせそうだ。



 私がハラハラしていると、千景さんがキョトンとした表情で「ジェラシー?」とつぶやいた。

 その一言に興味を示したのか、五竜さんはぬらりと動き、千景さんに顔を合わせる。


「そうでしたね、伊吹千景さん。あなたはそういう感情にうとい人だ」

「……うん」

「ジェラシーとはですね、自分の愛する人が別の人に心を寄せることを恐れ、ねたむ感情の事です。胸がざわめき、しめつけられ、自分こそが一番に愛されたいと思う感情です。……美嶺さんのように」

「コラ、やめろ。ア……アタシのはそういうもんじゃねぇ。た、た、ただの友情だ!」


 美嶺は顔を真っ赤にしている。

 真面目に聞いている千景さんの耳をふさぎ、五竜さんを威嚇いかくし始めた。


「ふふふ。お認めにならないのですね。そういう未熟さも美味しいですが、関係の発展にとまどっているようでは、わたくしたちに勝てませんよ」


 五竜さんも五竜さんで引く気がないようだ。

 私は意を決して二人の間に飛び込んだ。


「あぅぅ~。よくわからない理屈で混乱させようなんて、ダメですよっ。私たちは私たちのペースでやるんです。勝利がすべてじゃないと思うんですよ~」

「勝利がすべてではない……と?」


 五竜さんは不思議そうな顔をしている。

 そう言えば「勝利以外に楽しいのは百合だけだ」と言っていた。

 百合好きな部分が目立っているけど、五竜さんにとっては勝利という結果がすべてなのだろう。


「一番大切なのは、楽しむことだと思ってるんです。勝ち負けは結果でしかないし、それしか原動力がないと、頑張れないと思うんですよっ」

「そうですか。……では、ありがたく勝たせていただきます。ねぇ、ましろ先生」


 ヘビのような冷たい目が私を見下ろしてくる。

 恐ろしくなって、くじけそうになった。

 ……その時、ほたかさんが私と五竜さんの間に割って入る。


「五竜さん! ましろちゃんとどんな約束をしたのか分からないけど、嫌がることはやっちゃダメ! 大会はまだまだ続くし、勝利宣言は早いんだよっ!」

「ほたかさん……っ」

「わたしは頼りない部長だけど、みんなは本当にすごい仲間なの。わたしはわたしにできることを精一杯するし、この先どうなるかなんて、まだ決められないと思うよっ」


 その頼もしい姿に、私は涙が出そうになった。

 五竜さんはというと、なにやら興味深そうにほたかさんを見つめている。


「……おや。梓川あずさがわさんの一人称や呼ばれ方が変わっていますね。まさか、こんな短時間で関係性の変化が……」


 そして私とほたかさんを見比べ、にやりと笑った。


「ふむ、面白い。面白くなってきました。……残りの日程、楽しみにしていますよ」



 △ ▲ △ ▲ △



 五竜さんが立ち去った後、私たちはザックの重さを調整し始めた。

 特にほたかさんのザックの中から重い荷物を出して、軽い荷物と入れ替えていく。


 テントのポールやペグ、シングルバーナーなど、金属製の道具がたくさん詰まっている。こんなに重い荷物を背負っていたとは、寝不足とはいえ、ほたかさんのパワーには目を見張るものがあった。


「寝不足は大変。ほたかのザックを……なるべく軽く」

「寝袋をいっぱい詰めるってどうですか? 軽くなりますよ~」

「ましろちゃん……っ! そんなことしたら、わたしだけズルいよぉ……」


 ほたかさんは抵抗するけど、私は聞く気がない。

 休憩して顔色が良くなってるとは言え、寝不足は簡単に回復するものではないのだ。


「みんなで背負いましょうって、言ったばかりですよ! ほたかさんにしかできないことがあるんだから、荷物を持つぐらい、私にもやらせてくださいよ~」

「体力的なところはアタシに任せとけばいいんす。普通にできることを普通にできるように、体力を残す。……悔しいけど、その点は五竜の言う通りっすね」


 そこまで言われてようやく観念したのか、ほたかさんは抵抗をやめてくれた。


「みんな……本当にありがとう。わたしは体調の回復に専念しつつ、絶対に読図も記録も、そのほかのことも完璧にやってみせるねっ!」

「みんながそれぞれ、できることをやればいいんですよ~」


 頑張り屋のほたかさんが愛おしい。

 私はたまらず抱きしめた。


「ま、ましろちゃん?」

「えへへ。もう『お姉さんだから』って無理する必要はないんですよ。みんなで一緒にがんばりましょう!」

「……ありがとう」



 すると、横で見ていた千景さんが、再び胸をさすり出した。


「また……胸がムズムズ……します」


 なんだろうと思って、千景さんのそばに行く。

 すると、小さな声で私の耳にささやいてくれた。


「これは……ジェラシー、です」

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