第三章 第十六話「ペグ打ちは大事です」
遊んでいるうちに、いつの間にか日が傾きつつあった。
腕時計を見ると、もう午後四時になっている!
キャンプ場に来たのに、遊具で遊んでばかりだった。
「ほたか先輩……。ぼんやりしてたら、もうこんな時間に……」
「大丈夫だよぉ~。ここに着いたのだって一時間ぐらい前だし、今からテントを張っておけば夕ご飯にも間に合うよっ」
「あう? 今日は登山をしないんですか?」
「今回のキャンプはテントの張り方と料理の予行練習が目的だからねっ! 登山は明日、テントを片付けてから北山に登ろうと思うんだ~」
ほたか先輩は笑いながら、ザックから大きな袋をいくつも取り出す。
その袋は確か、部室で準備していた時に見たことのあるテントの袋だった。
「じゃあ、さっそくテントを張ってみよっか!」
ほたか先輩は黒いシートを手に持って、テントサイトの中央に広げる。
「場所を決めるよ~。このシートはグランドシートって言ってね。テントの下に敷いておくと地面からの湿気も防いでくれるし、テントの床も守ってくれるの」
すると、
「料理することも考えると、流し台の近くに入り口を向けるのがよさそうっすよ」
「
「まあ。親がキャンプ好きなんで……」
地面に広げられたグランドシートの上に、折りたたまれた大きなシートのような物や金属の棒が並べられていく。
大きなシートはテント本体に違いない。化学繊維の丈夫な布で、雨ガッパのような手触りだ。
「テントは黄色いんですね~。これはやっぱり、ほたか先輩の好きな色だからですか?」
「さすがにお姉さんの好みで選んだテントじゃないよぉ。このテントは何代も前の先輩が買ったものらしいの。……さすがにお姉さんも当時のことは知らないけど、きれいに使われてるから、お姉さんも大切に使いたいなって思ってるんだよ」
「そっか……、卒業した先輩たちの思い出も詰まってるってことなんですね。じゃあ、大切にしないとですね!」
私はしみじみと思いふけりながら、金属の棒を手に取った。
棒は筒状になっており、中を通っているゴム紐でいくつかの棒がつながっている。
なんとなくヌンチャクのようだなって思いながら短い棒同士をつなげて組み立てていくと、合計で五本の長い棒が出来上がった。
「ほたか先輩。この棒をテントの穴に通していけばいいんでしょうか?」
「そうそう。通したら、端っこをテントの隅にある穴に固定するの。ポールがしなることでテントが膨らむんだよ」
「すべてのポールを……一気に固定するのが、大事」
そう言いながら、
「なるほど、『棒』っていうよりも『ポール』って言ったほうがかっこいいですね! えっと、……この穴に差し込めばいいのかな?」
私も千景さんのやり方を見ながら、ポールの先端の突起をテントの角にあるベルトの穴に差し込んでみる。
「みんなで一斉にポールを押し込むよ~。お姉さんの掛け声で押し込んでねっ」
「私のほうはいつでもオッケーです~」
私は手元のポールがうまく固定されていることを確認し、返事をする。
すると、いつの間にか剱さんが私の手元を覗き見るように、背後に寄り添っていた。
「って、剱さん? 私のほうは間に合ってるから、対角線のほうを固定してよぉ」
「す、すまん。うまくできてるか、心配でな」
剱さんは慌てたように立ち上がり、言われるままに私の真向かいに移動していく。
「じゃあ、アタシが反対側を押し込むからさ。そっちのポールが外れないように押さえておいてくれ」
「うん……」
「な、なんか共同作業って感じだな」
剱さんがよく分からないことを言って照れている。
仲間とか絆が面倒くさいって言ってたのに、みんなでポールを差し込むだけでうれしいのだろうか。
「じゃあ行くよ~。いっせーの!」
ほたか先輩の掛け声で一斉にポールを押し込むと、ポールが湾曲しながらテントを膨らませていった。
さっきまでペタンコだったシートが、一気に立体物に変わっていく。
そして、ちょうどお椀をさかさまにしたような丸い形のテントが出来上がった。
「なんか、丸くて可愛いですね! 黄色と銀色っていうところもきれいだし」
テントの入り口に描かれているロゴには『スタードーム』と英語で書いてある。
ポールを組み合わせた形が星に見えるからなのかもしれない。
「じゃあ、ペグを打って固定する人と、フライシートを固定する人に分かれよっか」
そう言いながら、ほたか先輩はもう一枚のシートを地面に広げている。
「あ、もう一枚重ねるんですね」
「これはフライシートっていうの。……テントにとってのカッパのようなものなんだよ。防水はもちろんのこと、テントの中が
「どういうことですか?」
私は興味
すると、千景さんがテント本体の天井部分を指さした。
「ここ。天井は穴をあけて、メッシュだけにできる。……中から湿気が逃げてくれるし、フライシートをかぶせておけば、雨が入らずに、済む」
「へぇ~。かなり機能的にできてるんですね!」
そう言うと、千景さんは嬉しそうにうなずいてくれる。
さすがは道具屋さんの娘さん。道具を褒められるだけでも嬉しいのかもしれない。
私たちが笑いあっていると、剱さんが間に割り込むようにやってきた。
「あの。次はペグを打つんすよね?」
剱さんは何本もの金属の棒とプラスチックのハンマーを握っている。
剱さんはその棒を何本も、強引に私の手に握らせた。
その棒は、端っこがフックみたいに丸くなっている。
「これがペグ……? 地面にさすんでしょうか?」
「そうだよぉ~。ペグ打ちは大事な仕事だから、ましろちゃんに覚えてもらおっかな」
「……ペグを打たなかったせいで、テントを壊したお客さんが……いた」
千景さんが深刻な顔でつぶやくと、剱さんも同意する。
「ペグを打たないまま強風にあおられると、テントに変な力が加わってポールが折れちゃうんすよね。地面にちゃんと固定してれば、こういうドーム型のテントはかなり風に強いはずなんすけど……」
なんか、三人がかりで圧迫してくるので、ペグ打ちがすごく責任重大なことに思えてくる。
「あぅ。なんかプレッシャーですよぉ……」
「失敗したら、明日にはテントが壊れてるかもしれないぞぉ~」
「あはは、美嶺ちゃん……。このキャンプ場は林に囲まれてるし、そんなに強い風は吹かないから大丈夫だよぉ~」
「あぅぅ……。がんばります……」
すると、剱さんが私の背中をバンと叩く。
「ははっ。アタシが手取り足取り教えるから、心配すんな!」
そう言って、剱さんは歯を見せてニカッと笑った。
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