第一章 第十五話「鬼ごっこはオシマイ」

 扉を開け放たれたロッカーの外には、つるぎさんが息を乱しながら立っていた。


「学校中を探したって言うのに、こんなところにいたのか……」


 そう言いながら、私と千景ちかげさんが逃げられないように出口をふさいでいる。

 女子高生が放課後の昇降口で、しかも掃除用具のロッカーに入ってにらみ合っているのだ。

 これはかなりシュールな光景なのかもしれない。


「と、と、取込み中なんだよ! エッチだなあ!」


 千景さんの手を握ったままのポーズが気恥ずかしくて、思わず変なことを口走ってしまう。

 慌てて千景さんの手を放し、剱さんの出方をうかがって身構えた。


「な、なんでバレたのかな?」

「あれだけしゃべってて、見つからないとでも思ったか?」

「えっと……そんなに声、大きかった?」

「熱い思いがどうとか、こうとか……聞こえてたけどな」

「あうぅぅ……。私のバカァ……」


 私が失敗しただけだった。千景さんとの話に夢中で、剱さんのことを忘れてしまってた。

 本当に、私の悪い癖だよ……。

 ひとつのことに夢中になると、まわりが見えなくなるなんて。


 うめく私に呆れたのか、剱さんは深いため息をつきながら、私の目の前に拳を突き出す。

 その手には私の妄想ノートが握られていた。


「これを描いたのは……お前か?」


 このやり取りは何度目だろう。

 剱さんが何が知りたいのか、わからない。

 「ハイ」と言えばどうなってしまうんだろう?

 剱さんの目がやたらと鋭いので、にらまれるだけで私の心は小さくしぼんでしまう。


「ち、ちが……」


 反射的に否定の言葉が口からこぼれそうになったけど、私はそれを飲み込んだ。

 どんな趣味でも否定しないって、誓ったばかりなんだ。

 それは私の趣味だって同じ。

 自分の作品を無条件で守れるのは、自分しかいないんだ!


「そ、そうだよ! 私が全部描いたんだよ。わ、悪い?」


 はっきりと断言した。

 どんなことになっても、作品を守ろうと覚悟して。

 ところが、そんな覚悟がポッキリと折れそうになるほど、剱さんは顔を真っ赤にして震えていた。

 何かを言おうとしているように、口をパクパクと動かしている。


 あ、あぅ、ぅ。怒ってる?

 なんで?

 私のイラストって、そんなに罪だったの?

 妄想ノートを持つ剱さんの拳が強く握りしめられたのを見て、私は自分の死を確信した。


 その時。

 廊下の奥から、のんびりした声が聞こえてきた。


「千景ちゃ~ん。おまたせ~!」


 妙に人懐っこい呼び声。

 声の方に視線を送ると、そこには手を振るほたか先輩の姿があった。

 さらには、その隣には登山部の顧問・天城あまぎ みどり先生もいる。


「ほたか先輩……。なんでここがわかったんですか?」

「千景ちゃんが教えてくれたんだよ~。昇降口でましろちゃんと一緒だって!」

「千景さんが?」


 密着したままの千景さんに視線を落とすと、千景さんはポケットからスマホを取り出す。

 どうやらロッカーの中に隠れた後、ほたか先輩を呼んでいたらしい。

 そういえば、暗闇の中で千景さんがスマホをいじっていたことを思い出した。


 先輩同士の見事な連携プレーだったわけだ。

 私は観念するしかなかった。

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