第八話「おかげで個人的な取材を進められそうだ」

 朝日が目覚まし変わりとなった。ベットから抜け出して、寝癖だらけの髪を撫でる。

「そうだった......私は昨日から一人暮らしを始めたんだった」

目覚めてみると、ここが私の部屋なのかと一瞬疑問に思ってしまう。この現象は慣れるまで続くんだろうな。


 洗面所で顔を洗い、今日の朝食の準備に取りかかる。おかずは......とりあえず卵焼きにチャレンジしてみようかな。

 調理を進めていく中で、洗面所の排水口が視界に入る。昨日、無数の手が出てきた排水口である。


"......コノ街ノ影ニハ、人ニ戻レナカッタ化ケ物ガ身ヲ隠シテイル。上宮、オマエハアトモウ一人ノ化ケ物ト出会エ"


 昨日、路地裏で出会った亀の化け物の言葉を思い出す。あいつの言葉に従うのなら、無数の手を持つ彼に出会うのが手っ取り早いだろう。いきなり手を握ったのを許してくれるかが問題だろうけどね。

 卵焼きの味は......味付けがよくなかったなあ。すこし醤油を入れすぎたか?




「あれ? 上宮さん、取材かい?」

大谷さんが、車を出そうとしているとしている私に話しかけてくる。

「まあそんなところです。ところで、昨日は大丈夫でしたか?」

「ええ! 歩ちゃんが言っていたストーカーに狙われる気配もなかったから! でも、昨日だから来なかったかもしれないから、油断出来ないけどねえ」

確かにそうだ。歩さんのお父様(刑事)がいたら、ストーカーは退散するしかないだろう。

 そうだ、せっかくだから聞いておこうか。

「そういえば大谷さん......聞きにくいかも知れないけど、かつて私の住んでいる部屋に住んでいた人ってどんな人でしたか?」

「あぁ、手島テジマさんのこと? あの人はねえ......」


 手島さんはラジオ局でDJを勤めていた人らしい。一度はラジオ局を辞めていたが、今度は自分でラジオ局を立ち上げると語った。彼が失踪したのは、準備を進めていた頃だったらしい。




「DJの手島さんねえ......」

森の中の駐車場で車を止めて呟いてみる。あっさりした答えになるが、私の部屋に現れた腕たちは手島さんなのかも知れない。

「とりあえず、いつものを買いにいくか」

車の扉を開けて、外に出て思い切り背伸びをする。どうせ目的地は最後まで車で行くことができないんだ。この辺りで置いていっても問題ないだろう。


「よし、やっぱりここだ」

私は目の前に自販機を設置されていることを確認すると、いつものカフェオレを購入し、それを持って後ろを振り返る。


 三ヶ月前には、ここでかつての愛車が激突していた。




 シロナちゃんと会うのはあの時以来だ。風通しの良すぎる元病院はまったく変わっていない。そういえば、シロナちゃんは毛布一枚の姿だったけど......風邪引いていないといいけどなあ......

 玄関から中に入ると、相変わらず誰もいない受付がお出迎え。またあのジョークを言えばシロナちゃんが出てくるかな?

「すみませーん! 診察を受けに......」


「......モシカシテ、上宮サン?」

うおっ!? 後ろを取られていた!?




 人間だった実感を確かめるために、誰かの落とし物を探していたシロナちゃんと再開した私は、前に取材をした診察室で一島町に引っ越してきたこと、そして腕の化け物と亀の化け物の話をした。引っ越しの話の時に、シロナちゃんが少し嬉しそうに頬を上げたのが可愛らしかった。


「それで、シロナちゃんなら何か知っているかなって思って」

「亀ノヨウナ化ケ物ハ見タコトナイケド......腕ノ長イ化ケ物ナラ見タコトガアル」

ビンゴ! やはり化け物の噂は化け物から聞いた方が早い。

「どこで見たの?」

「エット......コノ廃墟カラ......地下ノ下水道ガ見エテ......」

なるほど......廃墟から地下の下水道が見えて......んん?

「この廃墟って、下水道まで続く穴とか空いてるの?」

「イヤ......ソウイウ訳ジャナクテ......実ハ私......壁ノ向コウ側モ見エルノ......」

「へえ......それで床下の下水道が見えたってわけか」

「多分目ガコンナコトニナッタカラダト思ウ......」

シロナちゃんの目は、眼球の変わりに触覚がついている。


「その腕の長い化け物は、どんな感じの特徴だった?」

「ウン......球体デ......身体中ガ腕デ巻カレテイタ......」

「なるほど......声とかまでは聞こえないよね?」

「ウン......見ルコトシカ出来ナイカラ......デモ、何カヲ探スヨウニ手ヲ動カシテイタ」

事前情報はこれでバッチリだ。確か車を止めたところにマンホールがあったはずだな。

「ありがとう。おかげで個人的な取材を進められそうだ」

「ウン......ア、チョット......」

立ち去ろうとしたところで、シロナちゃんに止められる。


「私モ連レテイッテ......今マデ、私以外ノ化ケ物ニ会ッタコトナイノ......ダカラ......モット化ケ物ノコトヲ知ッテオキタイ......何カ......思イ出スカモ知レナイカラ......」

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