遭遇

第28話

私が保健室で話している間にも、

放送は止まらず進んでいた。





《B組28番 橋本大貴はしもとたいきくんの好きな人は……》





……まずい。



もうB組の28番まで来てしまった。




榊原の彼女は何番だったか。



確か藤田といったから、

橋本とだいぶ近いはずだ。




自分の番号まではまだまだだが、榊原の放送がされた場合、榊原のことが好きな私はどうなるのだろうか。



榊原の放送がされた時点で、私の放送を待たずしても、榊原が私を好きじゃないことが発覚してしまう。



そうなると、私は……?



放送の前に殺されてしまうのか、はたまた放送まで死に怯えて待っていなければならないのか……



どのみち、私は死んでしまう。



レンアイ放送に、殺されてしまう。




……やめよう。



考えるだけ無駄だ。



今は何も分からないのだし、自分で自分の不安を煽ることには何の意味もない。



それに、私は今から榊原を殺すんだろう?



殺せなかった場合のことなんて、

考えるだけ無駄じゃないか。



私は絶対に、榊原を殺すんだから。





そう思って3階へ行くと、

ぽつりぽつりと人影があった。



みんな、それぞれ誰かを捜している様子だ。



この中に榊原がいるかもしれない。



そう思って目を凝らすが、

それらしき人物はどこにもいなかった。




榊原がどこにいるか分からない以上、端の教室からしらみつぶしに見ていくしかない。



そう思って、化学実験室から理科室の類をすべて覗いて行った。




どの教室にも人影らしき人影はない。



あっても、よくある人体模型だ。



生身の人間は、どこにもいなかった。




一体、榊原はどこにいるのだろうか。



そもそも榊原は、この廊下にいる人たちのように、誰かを捜さなければならない理由なんてどこにもないはずだ。



こうして教室から離れて身を隠している理由は、私の殺意に気付いたから、だとしか思えない。



それならば、ただ逃げただけでなく、

どこかに隠れているのだろう。



机の下や、ロッカーの中など、

もっと入念に調べた方がいい。




そう決めて生物実験室を覗くと、ホルマリンの匂いと血の匂いが混ざって、とてつもない悪臭がした。



その匂いに、うっ、と口を押さえて教室を出ようとすると。





「おっ、榊原じゃん。」





クラスメイトの男子、

酒井琢磨さかいたくまの声がした。




「榊原」という単語に、

思わず教室の机の下に身を潜める。



なぜ隠れたのか、

自分でもよく分からなかった。





「榊原、誰か探してんの?」



「ん?いや、別に誰も探してないけどさ。なんか、気分転換的な?」



「ハッ、何だよそれ。」




数時間ぶりに聞く榊原の声に、

なんだかとても泣きそうになった。




どうしてこんなにも、愛おしい。



本当に、私はこの人を殺せるのだろうか。



声を聴くだけでも愛おしくて仕方がないのに、顔なんて合わせたら。



殺さなきゃダメだ、と義務のようなものになってしまった恋心が、再び私の心に戻ってきてしまったような気がした。





「いいなー榊原は。彼女いるから、こんな非リア殺しの殺人ゲームとかヌルゲーっしょ?」



「……まあ、確かに殺したり殺されたりとかいう危険とは関係ないな。」



「まじかよーいいなー。俺の好きな人なんかどこ探しても見つかんなくてさ、今超必死よ。」



「……お前、殺すのか?」



「はいはい、リア充に止められても説得力ないですから!無駄な説教すんなよ!」



「……だよな。お前のことは嫌いだけど死なれるのはごめんだから、まあ頑張れや。応援してるわ。」



「うわー出たー。リア充の余裕。俺もお前嫌いだけどな!お前も一応気を付けろよ。」



「おう、じゃあな。」



「これが終わったらまた会おうぜ、じゃあ。」







会話が、終わった。





今だ。



今、出て行って殺さなきゃ。




榊原がすぐそばにいて、彼女がいるから大丈夫だという余裕もある。



榊原が油断している今なら、

男女の対格差があってもきっと殺せる。




こんなチャンスはもう巡ってこない。



今しかない。



今、やるしかないんだ。





……それなのに。



私はその場から一歩も動けなかった。


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