格闘ゲーム編 必殺技を出してあげます! 4



「これでほとんど戦わずにプール抜けが可能です」

「そこまで露骨だと逆に清々しいわね……それで? 私はどうするの?」

「流石に2人とも不戦勝が多いと色々とまずいので、忍さんはそこそこ人のいるプールにしますね。そして店長はそのままの場所っと――――ふぅ。なんとか不正無く2人とも有利な場所に移動出来ました」

「むしろ不正しか無い気がするんだけど……」


 私は完成したトーナメント表を印刷してから時計を確認すると、どうやら丁度大会開始の時間のようでした。


「おっと、そろそろ大会の挨拶に行くから失礼するよ」

「了解です店長。では皆さん決勝トーナメントで会いましょう」

「仕方ない。あんまり自信ないけど、なるべく頑張ってみる」


 私達はひとまず解散して自分たちのプールへと向かって行きました。

 私が自分の対戦する机に到着した時にちょうど店長の開会の挨拶が始まり、大歓声の中大会がスタートしました。


 ――――さて、私の一回戦なのですが…………当然不戦勝。


「くふふ。余裕の勝利です」


 一応相手が来る可能性もあるので開始から少しだけ椅子に座って待つ必要があるのですが、予定通り誰も来ずにプール抜けへのコマを1つ進めました。

 そのまま2回戦も不戦勝でコマを進め、3回戦目でようやく私の初戦が始まります。


 ……しかし、ここで思わぬ誤算がありました。

 初戦ということもあり気持ちがあまり温まってなかったからか、初歩的なミスを何度かしてしまい勝てる試合を落としてしまったのです。


 ――――けれど今回の大会はトリプルエリミネーションを採用しているのでまだ大丈夫。

 トリプルエリミネーションとは途中で負けてしまっても負けた人用のトーナメントに移動して、そこで負けたら更に負けた人用のトーナメントに移動して累計2回負けたら大会敗退になる試合形式です。


 ルーザーズプールへと移動した私はそのまま対戦台に座ったのですが、どうやら私が対戦する予定の人は棄権したらしくルーザーズの1回戦も不戦勝で進む事になりました。

 その後もなんだかんだで私はいい感じにルーザーズプールを泳ぎきり、なんとかプール抜け目前にまで辿り着けたのでした。


「シャンティ、次を勝てば決勝トーナメントです」

「……なんかほとんど対戦してなかった気がするんだけど?」

「予想以上に欠席者がいましたからね。エントリーだけして大会に出ないのはあまり良いことではありませんが、やむお得ない事情の場合もあるので仕方ないです」

「そんなもんなのかな~。…………っと、それより相手が来たみたいだよ」


 対戦台にプール最後の対戦相手が到着したので、私は握手をしてから対戦の準備を始める事にしました。


「よろしくお願いします」

「よろしく~」


 まあ準備と言っても今日はVRゲームでは無い普通の据え置き型の家庭用ゲームなのでパッドを本体に認識して完了なのですが。

 私はゲーム機にパッドを繋いで認識する時に今から使う本体が自分が家から持ってきた物だという事に気が付きました。


「…………おや?」

「あれ? 桜。どうかした?」

「いえ、なんでも無いです」


 パッドの認識が終わりボタンのセッティングを終えてからお互いに使用キャラを選び、プール最後の相手との対戦が始まりました。

 流石に最後まで残ってるだけあって、相手の人は中々の立ち回り能力とコンボ精度を持っているようでちょっぴりピンチかもしれません。

 私が押されている事を心配してか煽っているのか解りませんが、シャンティが私の周りをヒュンヒュンと飛び回しながら話しかけて来ました。

 必要以上に飛び回っているので少し気が散ってしまいそうです。


「桜、桜、ほらゲージが溜まってるよ。早く超必殺技を出さないと!」

「あ~もう。うるさいですね…………超必殺技ならすぐに出してあげるので、じっとしててくだ――――ひゃうっ!」


 シャンティに気を取られてしまったせいで超必殺を出すタイミングを逃してしまい状況はさらにピンチになってしまいました。


「…………しかたありません。ここは――――」


 私は超必殺コマンドを入力しコマンド完成と同時にガードボタンを押しました。

 するとコマンドが成立した瞬間、数フレームだけ無敵になる超必殺が発動して相手をカウンターヒットで吹き飛ばしました。


「お~。桜、良いパナしじゃん」

「まだ行けます!」


 吹き飛ばした相手は地面に激突する瞬間受け身を取り、速いテンポで体制を立て直してジャンプ攻撃を繰り出してきたので、私はもう一度超必殺コマンドと同時にガードボタンを押しました。

 相手の人は攻撃をしないで私の超必殺ぶっぱなしを誘った様ですが、私のキャラはガードモーションをしただけでお互い何もしない膠着状況になり、私は何も攻撃をしてこない相手を投げ飛ばしました。


「お~。桜、よく我慢したね~」

「ま、まあこんなもんです」


 これはガードモーションキャンセルと言い、相手が攻撃をしていたら超必殺で反撃し、何もしてなかったらガードになるズル技です。

 本来は今日のパッチで修正されて使えなくなる技なのですが、私はアップデートをするのを忘れてしまっていて、1つ前のバージョンで持ってきてしまっていたのでした。


 今回のパッチはこのズル技の修正だけなので、誰も前のバージョンだとは気付かなかったみたいです。

 まあ今日の大会はアップデート記念日大会とは言いましたが、誰もアップデート版で大会するとは言ってませんから大丈夫でしょう。

 つまり、今回の大会はアップデート版が配信された日にするただの非公式大会なので前のバージョンが1つくらいあっても全く問題ない………………はずっ!!


 大会の注釈にも何らかの事情でアップデートが間に合わなかった場合、バージョンが異なる場合がありますの注意書きもありましたし!


 ――――私はズル技を駆使してなんとか勝ち上がり、プールを抜けて決勝トーナメントに進む事が出来ました。

 くふふ。店長にお願いして決勝からはバージョンが1つ前の私のゲーム機を使ってもらう事にすれば、私だけが有利な状態で対戦する事が出来そうですね。

 ただ決勝は大型モニターで配信するのでズル技は少なめにした方がいいかもしれません。


「あっ、桜。結果どうだった~?」


 私が対戦の後片付けをしていると忍さんがやってきました。


「ルーザーズに落ちてしまいましたが、プール抜けは出来ました」

「そうなんだ。こっちもギリギリでプール抜けは出来たわよ。ちなみに何勝出来たの?」

「ふっふっふ。5勝2敗で余裕の勝ち越しです!」

「4勝は不戦勝だったけどね~」

「実質負け越してるじゃない!!」

「勝ちには変わりないので問題ないです」

「まあ桜が満足ならそれでもいいけど……そういえば店長も勝ち残ったみたいよ」


 さすが破壊神と呼ばれてゲームバランスの壊れた部分を見つけるのが得意なだけあって、どんなゲームでも安定した強さのようです。


「そういえば店長はどこにいましたか?」

「え~っと、受付の辺りでみたけど」

「では私は少し店長と話したい事があるので、ちょっと行ってきます。それと忍さんにお願いがあるのですが、このゲーム機を決勝トーナメントの壇上に運んでおいてもらえますか?」

「これって桜が持ってきたやつ?」

「はい。慣れたハードで決勝をやりたいと思って」

「別にどれでやっても変わんないと思うだけど……まあ、誰のでやるか決まって無かったし別にいいけど」

「ではお願いします」


 私は店長の元に急ぎ決勝トーナメントで使うのを私の持ってきたゲーム機で行う事を告げました。

 そして数分後。

 壇上にゲーム機がセットされプール抜けを果たしたベスト8の8人が司会の人に呼ばれた順に壇上に登場します。

 1人1人舞台裏から壇上に出ていき6人目が出ていった後、舞台裏に私と忍さんだけが残りました。


「忍さん。もし決勝で当たったら最初のセットは本気でやって、次のセットからは流れに任せた必要のない対空多めでお願いします」

「なんでいきなり八百長の相談するのよ……決勝なら別にどっちが勝ってもいいんだし、本気で対戦してもいいでしょ」

「むぅ。それはそうなのですが、私が優勝しないとガイドブックが……」

 そうこうしてるうちに忍さんの名前が呼ばれて壇上へと出ていく事になりました。

「あっ、そういえば桜。あんたの本体、ゲームのバージョンが古かったからアップデートしといてあげたわよ」

「……えっ!?」

「まったく。桜の事だからどうせアップデート忘れてるだろうと思って確認してよかったわ。今回は細かい修正だけだったから良かったけど、今度から注意しなさいよね」


 その細かい修正部分が凄く重要だったのですが……。


「そんじゃ。おっさきぃ~」


 忍さんはそそくさと要件だけ伝えて、壇上へと向かってしまいました。

 普段協力ゲームをする時は私の事をよく分かっているので非常に助かっているのですが、今回はその事が少し裏目に出ちゃったかもしれません。

 ……まあ過ぎた事は仕方ないので気を取り直して対戦に備える事にしましょう。

 これまでの対戦で色々と布石は撃ってきたので、まだまだ使えるネタはあるのですから。

 舞台裏に1人残された私はなにやら得体のしれない怖さと緊張感に押しつぶされそうになりました。


「こ、こんな時は伝説のゲームSGAの番号を言って落ち着かないと。…い、13869948………13869948…………いちさん……」

「そして最後に、桜選手入場です!」


 3回目の詠唱の途中で私の名前が告げられました。

 まだ心の準備は完璧とは言えませんが、覚悟を決めて胸を張って舞台裏から壇上に向かうことにします。

 今回のは公式大会では無いのですが、大勢の人のが見守る中でゲームをするという事は思ってる以上に緊張して意識が飛んでしまいそうになります。

 今のうちに少しでもこの感覚になれておく事にしましょう。


 ……と、思いつつも結局頭の中が真っ白になってしまい、なんだがよくわからない挨拶をしてから壇上から降りました。

 壇上を後にした私はすぐにベスト8の決勝トーナメント表を確認すると、忍さんがAの1で店長がAの3、そして私が反対側のBの4になっていました。

 Aブロックは忍さんと店長のどちらかが残ってくれたらいいのですが、Bブロックは私が勝ち上がらないといけないので責任重大です。

 時間も押しているようなのですぐに忍さんの試合が始まりました。


 ここからは1回負けたら終わりのルールになっているので、慎重な立ち回りでゲームをしないといけません。

 流れで大会に参加したとはいえ、忍さんも色んなゲームを得意とするマルチプレイヤーなのでかなりの熱戦を繰り広げています。

 忍さんのプレイスタイルは遠距離からビームを撃って相手を近づかせずに倒すといった、普段の忍さんの性格とは真逆の丁寧なプレイスタイルだったのでちょっと笑ってしまいました。


 相手との距離管理が完璧で、甘えた飛び込みは全て対空ビームで撃ち落としていたので思うように動けない相手の人はちょっとだけイラついてるようです。

 最後に忍さんの超必殺ビームが相手の体力を削りきり、決勝の1回戦は忍さんが見事勝利を収めました。

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