魔王が居ないこの世界で※更新は不定期

珍王まじろ

プロローグ ―変わる世界の始まり―

 その少年は重苦しい空気と不気味な瘴気しょうき漂う巨大な宮殿の中を走り、次々と立ちはだかる魔族を蹴散けちらしながら、ようやく宮殿の最奥部さいおうぶへと辿り着いた。

 高く広い部屋に漂う、今までとは比べものにならないくらいの冷たく凍りつくような空気。そこには人知を遥かに超える力を有し、魔族の象徴たる角が頭の左右にある大柄の男が、真っ黒な石のような材質で作られた玉座に鎮座していた。


「お前が魔王か」

「いかにも」


 魔王は短く答えると玉座からスッと立ち上がり、やって来た少年の方へ歩み始めた。


「エオスに住むみんなの平和のため、俺はお前を倒す!」

「……我を倒せば平和な世が訪れると、お前は本気で思っているのか」

「ああ、恐怖による支配をしているお前を倒せばエオスに住むみんなが真の自由を手にし、平和に暮らせるようになる」

「ふっ、そのような幻想理想を本気で信じているとは、ここまでやって来れた実力は大したものだが、心の内は見た目のまま子供のようだな」

「なんだと!?」

「よく聞け、このエオスに暮らす者どもは学ぶことを知らぬ愚かな生き物たちばかりだ。己が欲のために相手を騙しおとしいれ、ついにはその命を奪い、挙句あげくの果てに嘲笑あざわらう。今は我の恐怖という鎖に繋がれることで鳴りを潜めてはいるが、その鎖が外れるようなことがあれば、エオスは今よりも混沌としたものになるのは目に見えている」

「お前の言うように酷いことをする奴は少なからず居る、だが多くの者は平和を望み平和に生きたいと願っている。そしてその思いを踏みにじる権利はお前にもない!」

「あくまでも幻想理想を語るか……ならば我とお前は戦う以外に道はない。さあ、かかって来るがいい!」

「言われるまでもない!」


 強い口調で答えた少年は素早く両手を突き出し炎の魔法を放った。しかしその魔法は魔王の眼前で掻き消え、豪炎ごうえんによって急速に高まった空気が魔王の肌を撫でながら通り抜けて行く。


「お前の力はこの程度か」

「まだまだっ!」


 少年は魔王に向かって再び魔法を放ったが、すぐさま魔王が放った魔法とぶつかり合い、瞬時にその場で弾け飛んだ。

 そこから少年と魔王の激しい戦いは繰り広げられ、宮殿の壁や天井は2人の激しい戦いに耐えられず徐々に崩壊を始めていた。


「――我を相手にまだ立っているとは、ここまでやって来れただけはあるようだ」

「そりゃあどうも」

「……お前、我とどこかで会ったことがあるか?」

「さあな、だがこんなヤバイ奴と出会ってたら覚えてないはずがないさ」

「そうか、お前には何か懐かしいものを感じたのだが、どうやら思い違いだったようだな」


 そんな会話を交わしていると、玉座の間の出入口から銀髪赤目の二本角がある魔族の青年が走り込んで来た。


「魔王様!」

「お前にはこの大陸から出ろと言っておいたはずだ」

「私は魔王様に加勢したくせ参じました! どうかこの場で戦うことをお許しください!」

「余計な手出しは無用だ、即刻この場から去れ」

「で、ですが――」

「今すぐこの大陸から出よ!!」

「……わ、私は魔王様をお守りするのが使命です、ですから魔王様のお言葉とは言え、こればかりは聞けません!」


 青年は少年に鋭い視線を向け魔法を仕掛けようとした、すると魔王は素早く右手を上げ、その指先を青年へ向けた。


「ダークネスストーム」


 指先から放たれた漆黒の嵐が青年を捉えて浮かせ、その体を宮殿の壁へ吹き飛ばした。


「ぐあっ!? ま、魔王様、どうして……」


 打ちつけられた壁から石床へ落ちた青年は、驚きと悲しみを秘めた瞳で魔王を見ながら気を失った。


「要らぬ横やりが入った」

「いいのか? せっかく加勢に来てくれたのに」

「眼前の敵を相手に我は誰の力も借りぬ」

「その言葉、後悔しなけりゃいいけどな」


 こうしてお互いの死力を尽くした戦いが繰り広げられ、その激しい戦いの後に勝者は決まった。

 そしてこの戦いの結果が、これから先のエオスの在り方を大きく変えることとなった。

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