火星の夕焼け
香枝ゆき
第1話
火星には、夕焼けがある。
地球の夕焼けは赤いが、火星では青いのだ。
「まさか、ユーリがあんなセリフ言うとはな。意識してたのか?」
クルーのエージがおちゃらける。
ヤポン人クルー、ユーリの名前は、やっぱり地球は青かったの言葉とセットで知られている宇宙飛行士にあやかってつけられている。
「火星の夕焼けはやはり青いのだ。ユーリは青に縁があるってことでしょ?」
カモメがさらに囃し立てる。
「ただ感想をのべただけだよ」
「でも、それがずっと残るんだぜ!すげえよなぁ」
「シリト、みんなも。ユーリをからかうのはこれでおしまい。みんなも思い思いの言葉、漏らしたでしょ?」
ナジャーがたしなめる。
「そうそう、これから帰るっていう最後のミッションがのこってるんだから、最後までがんばりましょ!」
リーダーのヴェロニカが場をまとめる。
ユーリらクルーは、それぞれの持ち場に戻っていった。
火星の昼間の空が赤く、夕焼けが青いことは、昔の火星探査機が送ってきた写真で知っていた。
宇宙に出はじめた人間が、例え、本当に見たことがなくとも、地球が青いと知っていたみたいに。
それでも、実際に見るのは、格別だった。
ああ、これで心残りはない。
そう思ったくらいに。
計器に警告音。
「なんだ!?」
「状況確認。カモメ、
計器を調べて。シリト、ユーリと組んで船外確認の準備を。ナジャー、データベース出しておいて。エージ、地球と交信準備!」
ヴェロニカはベテラン飛行士だ。
年齢を重ねているが、そのぶんトラブル対応で右に出るものはいない。彼女は放射線量の関係で、今回が最後の搭乗となる。
「こちら、WAXA。チームレイリー。状況報告を求める」
「こちらレイリー。コマンダーニカ。トラブルが発生した模様。そちらでも確認願う」
「こちらWAXA。了解した。……少々軌道を外れている。現地の状況を報告願う」
「こちらレイリー。コマンダーニカ。各自の持ち場から報告してもらう。順番はこちらから指定する。まずはカモメとナジャー」
「こちらレイリー、カモメ・メリー。計器の故障ではありません。わずかですが当初予定と進路に齟齬があります。詳細データ、ナジャーにお願いします」
「レイリー、ナジャです。データによると、航路に問題はありませんが、スペースデブリの可能性があります。船体に傷がついている、または衝突で軌道がずれた可能性も否定できません」
「こちらWAXA。了解した。このままでは地球に帰れない可能性がある。火星に戻り救援を待て」
「こちらレイリー、シリト。WAXAへ、意義あり。それはAI自動操縦機能を使用した場合だ。手動運転に切り替えれば帰還は可能と推測する」
「レイリー、無茶はよせ。こういった場合は半数は冷凍保存装置で眠り、半数は活動する。そして一定期間の交代を繰り返すというマニュアルだ」
「一度も実践したことがないマニュアルだな。WAXA」
「こちらWAXA。コマンダー。チームの統括を求める」
「レイリー、ニカ。承知した。ブルー、発言していないのは君だけだ。エース、アースは地球への帰還を希望している。ブルーはどう考える」
「……僕たちがきたのは、火星からではない。Uターンするべきは、地球だ」
ヒュウ、という口笛がエージから放たれた。
「レイリー、ニカ。WAXA、我々は地球への帰るミッションに移行します」
「レイリー、コマンダー。ありえん。なぜ安全策をとらない」
「WAXAへ、パイロット、メリー。あなたがたがすぐ諦めるからでは?」
「貴公らの命を思っているのだよ」
「では、救援はいつ来ますか?我々は、世界戦争の終結記念事業として、戦後再開された国際共同宇宙開発の、特命チームです。世界の平和を醸し出すために打ち上げられた、成功を前提にされた政治的判断が動いたミッションだ。宇宙開発に予算がないことはわかる。救援は、地球で3世代ほど変わるまではきっと来ない。緩慢な死を待つだけなのは、生きていないのと一緒だ」
ヴェロニカはふっと笑った。
「こちらレイリー。WAXA、みなさまが難しい判断を迫られていることはよく分かる。これで墜落したり、行方不明になったら、メンバーの誰かが工作員で、平和など望んでいなかったなどと難癖をつけ、また泥沼になりかねない。だからこそ、我々は生きて帰らなければならないんです」
「………ニカ」
「伊達にあたしは死線をくぐりぬけてきたわけじゃない。…………ユーリ、シリト、船外活動に入る。噴射パーツを取り付けること!エージは手動運転に切り替え、船の航行に専念!ナジャ、ユーリとシリトのバックアップを!取り付け位置の計算を頼む。カモメ、エージの補佐を」
「こちらWAXA。噴射パーツを利用し、手動で地球へ帰還すること、承知した。多少手荒な着陸になろうと、事前に連絡があれば避難とバックアップ部隊を向かわせる。
チームレイリーの健闘をいのる」
「こちらレイリー、ニカ。恩に着る」
そうして僕らのUターン作戦が始まった。
必ず生きて帰って見せる、
そう心をひとつにして。
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