第12話星祭り


「待降星祭!?」


「まさか知らないの!?」

「まさか!この城でもお祈することにびっくりしたのよ!!」

「私たちお祭り騒ぎは絶対見逃さないの。お祈りはまあ、思い出した人だけね」


リマの瞳が喜びに輝く。


もう、祈ることなどできないと思っていた星まつり!

信じられない!思わずぐっと胸が詰まって喜びを噛みしめる


五月の新月、夜空のすべての星が零れ落ちる。

愛する人を失った神の涙

神の復活を願って、祈りを捧げる夜


春の香りに馬小屋の猫が甘い声を上げる

春に心ざわめくのは雄猫だけではない

こちらの獣の方はもっと重傷だ

初めて味わう心の春


「さっ、最近まあまあいい雰囲気だと思うんだ…!キスも…」

「キスしたんすか?」

マアリが乗り出す

「身体中にした! 唇は、寝返りを打たれて避けられたが……」


「……。そもそも寝込みを襲ったんすね…」


とにもかくにも五月の新月がやってくる。

ローマンティックな星祭り


***


地平線が痛いほどの紅に染まって、夜はもうすぐそこ


気の早いものたちが陽も沈まぬうちにキャンプファイヤーをおっぱじめる。


酒樽をひっくり返して浴びるおちゃらけもの

きっと、星が流れる頃には夢の中だろう

リマとマトーも、仲良く並んでパチパチ燃える焚きびに混ざる



スライが右の国と左の国の戦線を石ころで並べている。正確で見事な再現。残念なことに誰も見ていない


空がゆっくりと橙から紫に衣を変える。


素晴らしい夕焼け!


けれどすぐに沈んでしまう


もっと素晴らしい星空のために


高く澄んだ大気。楽しげに星がチカチカ輝き出す


ガヤガヤ賑わって囲む火のなんと心踊ることだろう!

好きな人が隣となればなおさら


皆が火にお好みの串をくべている。ぐるぐるソーセージやトロトロチーズ。


「串リンゴが焼けましたよ」


リマがあつあつ焼けた林檎にトロトロ蜜をかける


「ん」

大きく口を開けるマトー


あせあせ

あーん


お返しにリマにもあーん。

懸命にもぐもぐするリマ


こっ、これは結構いい雰囲気じゃないか!?

いい雰囲気なのに…


あたりめを炙ったバカは誰だーーーーー!!!!?


そこら中がイカくさい!!!

干物にしてやる!


「リマちゃん、はいっ!」

マアリが花冠をリマにバフッとかぶせる


「ねえっ、リマちゃんってどんな男の人がタイプ!?」

切り込んだ質問をぶちかます


「えっ? よくわからない。男の人をどうこう言う気は無いわ…。強いて言うなら、私なんかでも、好きって言ってくれる人、かしら…?」


(うおおおおおい、マトー様!マトー様、大チャンスっすよおおおお!)


マアリの瞳がメラッと燃えあがる。

いけっ!いけっ!と必死で目配せするスライ。アスクレーはあたりめと格闘している


「リ…リマッッッ!」


人生でありったけの勇気をひり出してマトーはリマの手を取った!


「は、はいっ?」

「……ショールに蜜が垂れてる」


ずごっ!


ギャラリーが見事に崩れ落ちる。


「ちょっ!バカじゃないんすか!!!バッ、じゃないんすか!」

「見損なったよ!君はもっと見境なく女を手篭めにして孕ませる男だと思っていたよ!」

「ちょっとこっちに来い!」


問答無用でズルズル引きずられる。主従もへったくれもない。宵闇にスクラムが組まれて作戦会議が開かれる


「なんで好きって言わないんですか!なにヒヨッてんすか、あの子誰でもいいっていってるんすよ!」


「むっ、無理だ!あんな誰でもウェルカムイージーモードで億がー振られてみろ。俺は一生立ち直れない!!」

「大丈夫っすよ、いけますよ絶対」


「だめだ、世界中の男ども全員オーケーでもおれだけは断られるだろうことは今までの嫌われぶりから導き出された揺るぎない結論…!」


「ぎーっ、もどかしいなあ!君、断食何日め?僕見直しちゃったなあ。マトー様は襲った村の女を全員食わないと気が済まないんだと思っていたよ。」

「黙れ飯を食ったこともないくせに」


「いいからアタックして来い。今夜はチャンスだ。こんなにロマンチックな夜はない。世界中でキスが乱れざく夜だ。星が流れるあいだに唇を奪え!」


戦場でもここまで鬼気迫ったスライは見たことがない

ばしばし喝を入れられまくって散会する。


「あの、一体なにをお話しされて…?なんだかお背中を凄く叩かれていたような…」

「何でもない!丘へ登って星を待とう!」


マトーがリマの手を引く。

あっ、握っちゃった!!!


さっ、さりげないよな!?思わずごくっと唾を飲む。


夜はもうすっかり深まって、星の天下。

新月でよかった


月の光があれば、俺の真っ赤な顔がバレてしまう

早鐘の鼓動が聞こえていないといいのだが


夜に溶けた大樹のしたに腰掛ける。

さわさわ木の葉の音が心地よいが、マトーはそれどころではない。

ごうごうなる血の音で何も聞こえない


闇が深まって空が一段近くなる。火が落とされたのだ。紫の天に走る白。天の川。皆星を待つ

スライの命令がぐるぐる回ってぶっ倒れそうだ。


唇、くっ、唇…くちびるくちびる唇を奪う…そのふっくらと艶めく唇を…さっき林檎をもぐもぐしていた可愛い唇を…おれの唇でおれのおれの…俺のものに…


「くっ、唇…」

「はい?」

「なんでもない!」


だめだ、意識してしまってまともに息ができない


ええい、ままよ!

ぐっと身を乗り出して襲い掛かる


「リマ!」


すかっ


意を決したマトーの顔は見事に空ぶった


ちょうど一筋流れた星にリマが身を乗り出したから

一筋、大きく弧を描いて山峰に瞬く星


白々走ってシュッと散る


一つこぼれ落ちると一気に星たちが夜空に溢れだす


「……!」


息をも忘れて夜空に見入るリマ

を睨む恨みがましそうなマトー


温度差がすごい。


ロマンティック!?

世界で一番キスが乱れ咲く夜?


こんな懸命な娘の祈りをどうやって遮れと言うんだ


リマの意識は星空に磔になって、俺には見向きもしない!


大体今日は聖夜なのだ

敬虔な祈りを捧げる姿こそが正しい


今キスを交わしている不埒な輩は速やかに死ね


ほぅっと、リマがため息をつく。

「この流星は神の涙。本当でしょうか。だとしたら、なんと神の涙は美しいのでしょう」


一心に祈りを捧げる


「どうか神がこの地に蘇りますように…そして我らにご加護を…」


「……。」


知りすぎている事は残酷だ

星流れなど、太古の人工衛星の燃えかすにすぎない


神など……


神の福音が俺だと言ったらどんなに絶望するだろう?おれはリマの憧れる神からはほど遠い、下卑た悪党なのだから…。


リマ……。


神は俺なんだよ

俺を見て


星が流れる間に

口づけしなくては


震える手をそうっと伸ばす

闇に咲く花へ


瑞々しい頬に指先が触れる

掬い上げる


「!」


リマの夜空に電流が走って意識が地上に戻る

包み込まれた熱の先を見上げて

まともにそれに捕らえられる


ギラギラ煌めく真剣な瞳に


リマ、星など見ないで、その瞳に俺をうつして

星空よりも君の瞳はずっと美しいのだから。

星空の瞳に黄金の獣が映りこむ


手の中でリマがとくとく脈打っているのが判る

あと少し、首を傾けるだけで。

一番欲しいものが手に入る


けれどマトーは動けない。筋肉が凍りついたようだ


なぜだ


欲しい!


今まで欲しいものは全て奪ってきた!

吸い寄せられるほど魅力的なのに


凍り付いた二人を笑うかのように、いくつもいくつも星が流れた


「…こんなに美しい星は初めて見た」


手を、ゆっくり離す。


これでいい。

この距離で構わない。

怯えられたくない


可愛いリマ


見つめ合うだけで心臓が破裂しそうなのに


口づけなど!


スライよ、ヘタレと罵るがいい…

俺が一番驚いているさ


幾筋も溢れる星を仰ぎ見て自嘲する

戦場では勇猛なマトーも、惚れた少女の前では世界一意気地なし


本当にこんなに美しい星空は初めてだ


***


リマは、主人がもう一度こちらを見ないか伺う


恐ろしい主は星を見上げて、首が固定されたかのようにこちらを見ない

祈らなければいけないのに、なんだかドキドキしてそれどころじゃない。

唇を…唇を奪われるかと思った


あんな瞳で見つめられて

この城に囚われて何夜もたった

身も心も捧げろと言われて


なのにまだ何一つ、奪われていないのだから!


…どうして、少し残念な気がするのだろう?


家畜に口付けする飼い主などいないのに

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