街で迎える初めての朝

 目を開けると、そこには綺麗な女性が眠っていた。

 透き通るような金髪に、整った睫毛、それなりに性欲を刺激する身体をしていた。

 彼女はかつて妖精王だった者。自身の身体の形もそれなりに変えることが出来る。

 つまり、俺が何を言いたいのか。

 それは、彼女が俺の好みを完全に把握しているという事である。

 隣の寝台にはレイナとアリアが眠っている。

 恐らくエリューシアは誘っているのだろう。その手には乗らない。

 身体を起こして隣の寝台に視線をやる。まだ眠っているようだ。

 という事は、今日はもう少し眠れるという事だ。

 隣で眠る美女を抱え、また意識を手放した。



 …


 ……


 ………


 …………幻術の類だろうか。

 何者かから、俺の意識に干渉されているのを感じる。

 俺は普段、眠っている時に夢を見ない。

 理由は簡単だ、必要が無いのだ。

 眠る必要のない俺が意識を手放し、日々を惰性に過ごす為に眠りにつく。

 そこに夢という意識の介在は必要無いからだ。

 だから、夢を見させているのは誰だ?

 手放した俺の意識を、態々夢の中で目覚めさせたのは誰だ?

 聞こえているんだろう?

「聞こえていますとも」

 その声は女性らしく、とても凛としていた。

 俺の意識を夢に起こす事は難しい事ではない。何故なら、その方が面白いからだ。

 俺の意識を起こすのは簡単だっただろう?

「ええ、とても」

 用は何だ?

 何かを救って欲しいか?

 それとも、何かを倒して欲しいか?

「…お見通し、と言った所ですか」

 いや、お前の考えがわかる訳じゃない。こういう状況だと、藁にもすがる思いで助けを求められる事が多いだけだ。

「…魔王を倒して欲しいのです」

 魔王を?

 ガリューレンから聞いただけで、後は実際に見て確かめようと思っていたが…

「…ガリューレンとは、ガリューレン・ハルバルトの事でしょうか?」

 竜の長である彼の事だ。

「彼を呼び捨てるとは…

 もしや、貴方は私より上位の存在…」

 お前が誰なのか、俺にはわからない。

 興味があまり無いから聞かなかったが、自己紹介の一つでもして見たらどうだ?

「…遅れて申し訳ない

 私は戦女神のヴァルナと申す」

 それが素なのか。

 俺はアードラ、異界から来た者だ。今はガリューレンの元で居候をさせてもらっている。

「異界から、それなら私も聞いた事が…」

 俺の事を知っているか否かはどうでも良い。

 魔王を倒して欲しい…それを、態々ヴァルナが頼みに来る理由がわからない。

 理由は何だ?

「魔王と呼ばれている者は、私の眷属だった者の中で最も強かった存在だ」

 つまり、自身の尻拭いか。大方、神の過干渉が許されておらず、ヴァルナが直接手を下すことが出来ないのだろう。

「…その通りだ」

 今一度訊ねる。倒せば良いんだな?

「ああ」

 その依頼、受けよう。報酬は後で決めてもらおう。

「本当か…!?

 報酬は私が与えられる全ての物を約束しよう!」

 戦女神の全ての物…か、それは面白いな。

 …どうやら、レイナが目覚めた様だ。執拗に目覚めを促されているのがわかる。

 どうやら、今はここまでの様だな。

 戦女神の返事を待たずに、俺の意識は現実に覚醒した。



「おはよう」

「おはよう、旦那様?」

 目の前にはレイナが居た。

「きゃっ」

 レイナの腰に手を回し、抱き寄せてみる。

「ちょっ…」

 理由は無い。彼女も嫌がる訳でもない。ただ「そんな気分」だった。

 この世界に来てから、段々と俺に人間らしさが戻って来ている気がする。

 凍っていた感情が溶けていく。

「ごめんな」

 謝って、彼女を離した。

「えっ…いや、ええ、大丈夫よ」

 彼女はとても驚いた顔をした。何か変な事を言っただろうか?

「エリューシアは?」

 アリアは遠巻きに俺達を見ている。が、エリューシアの姿は無い。

「彼女なら、どっかに飛んで行ったわよ」

 いつもの放浪癖だろうか。エリューシアは俺に何も言わずに何処かに行ってしまう事が多々ある。それが悪い事だとは思っていないし、そもそも、俺が彼女の動きを制限出来るとも思っていない。

「取り敢えず、レイナだけでも聞いて欲しい」

 エリューシアには後で伝えておこう。

「…どうかしたの?」

 改まって言うと、変な雰囲気になるな。そこまで重たい話でもない。

「魔王を倒しに行こうと思う」

「え、ええ…」

 とても困惑した表情で、彼女は口を手で覆った。

「倒すって…負けたら死ぬのよね?」

「そうだろうな。まあ、負ける事は無いから安心して良い

 ただの指標だ。この旅のな」

 魔王、一見強そうな名前だが、その名前の強さだけを見ても、案外上には上が居るのだ。

 俺もそうだな。エリューシアもそうだろう。

「貴方がそう言うなら、私は文句は言わないわ」

 また、彼女は不満を飲み込んでくれた。

「…それにしても、急ね?」

「眠ってる間に色々とな」

 細かい事を説明するのは、来る時が来た時で良いだろう。

「夢魔にでも出会ったの?」

「凡そ合ってる」

 彼女の予想はかなり的を射ていた。

「どこの世界にも夢魔っているのね」

 俺も彼女も、少なからず怪異に触れてきた。仕事柄であったり、体質の問題であったりと理由は様々だ。

「その話はもう良いんだ。それより、エリューシアが帰ってくる前にやっておきたい事がある」

「魔王討伐?」

「流石に片手間に倒せはしない。そもそも居場所がわからないからな」

 居場所がわかれば不可能ではないかもしれない…な。

 それをやろうとも思わない。

 魔王と名の付く程の存在を、顔も見ずに、言葉も交わさずに倒してしまうのは、勿体ないだろう。

「取り敢えず、外に出よう」

 アリアの服を買わないといけないからな。

 軽く身支度をした。

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