出立と到着

 彼と別れて、一夜が明けた。

『起きろ』

 土塊で出来た建物の外から、彼の竜言語が聞こえる。

 寝床から起き上がると、エリューシアもレイナも、もう既に建物の中に居ない事に気が付く。

 レイナは朝食を用意してくれているのだろう、それは予想出来るのだが、エリューシアが何故居ないのかはわからない。

 言葉に従って、俺は建物の外に出た。

 ん…ん!?

 思わず内心で驚いてしまった。レイナが革鎧らしき物を着ていたからだ。

 彼女の後ろには、彼が悠然と佇んでいる。

「おはよう」

「おはようございます。旦那様」

「おはよう。その鎧は?」

『それは我が答えよう

 大分昔に、我らを攻撃した不届き者を素材にした鎧だ

 身体の大きさ、そこの妖精王から聞いた』

 だから、エリューシアが隣にいなかったのか。俺もそうだが、確かに彼女は睡眠が必須という訳では無い。

『それは助かる』

 レイナは俺やエリューシアとは違ってか弱い存在だ。こういった好意は本当に助かる。

『我らが持っていても意味の無い物だからな』

 何から何まで至れり尽くせりだな。…何かあれば、恩を返すとしよう。

 二体の竜が、俺達を囲む様に降り立った。

『彼らに送って貰う』

『ありがとう。よろしく頼む』

 二体の竜は、どちらも元気な返事をくれた。あまり歳もいっていない個体なのだろう。とても若々しかった。

『それから、これを』

『…これは?』

 二つの笛を彼から投げられる。…これはなんだ?

『我々を呼ぶ為の笛だ

 これを鳴らせば、竜族がお前達を迎えに行く』

 帰る時に使うやつだな。何から何まで至れり尽くせりで、彼に頭が上がらない。

『じゃあ、行ってくる』

『ああ、報告を楽しみに待っている』

 彼との話を区切り、彼女達を見る。

「レイナ、エリューシア、行こう」

「ええ」

「承知しました」

 念の為に指輪をレイナに渡す。エリューシアが居れば、彼女に何があっても大丈夫だろう。

 俺とレイナは、お互いに竜の背に乗った。

 竜らは一声無くと翼を広げた。身体が浮遊感に襲われた次の瞬間、俺達は空に飛び立った。

 制限の無い空を、俺達は気持ち良く横切る。竜の翼は彼の指示に従って、一切の遊び無く飛ぶ。

 竜の背に乗っていれば、大凡一日程で到着するらしい。

 空の旅は、特に何かある訳でも無く、あっという間に終わりを迎える。

 空から、大きな人街が見えた。ちょうど出発から一夜明け、人街に入ろうとしている旅人が数人見えた。

 俺達も彼らの後ろに列べば良いのだろう。

 二匹の竜は人街の門に、人々に見える様に降り立った。

 竜を見て、並んでいた旅人達は右往左往して逃げ惑う。如何に竜が恐怖されているのか、よく理解出来る。

 しかし、二匹の竜は逃げ惑う人々に対して、一切の興味も見せず、俺達に地面に降りる様に促した。

 俺は堂々と竜の背から降り立った。降りて来ないレイナの方を見ると、逃げ惑う観衆に戸惑い、降りる事に抵抗を感じているようだった。

「レイナ」

「あ、ええ」

 手を差し出すと、彼女は手を取り地面に降り立った。竜族が溜め込んだ大金を貰っているので、入場料に困る事は無い。人のルールによって門前で止められる事も無いだろう。

 散り散りになってしまった旅人達のおかげで、人街の門番までの距離がとても短かった。

『これで入れるだろう?』

 竜言語を使い門番に訊ね小金を渡す。竜言語は問題無く通じている様で、門番は強く首を縦に振った。

 門を潜り抜けると同時に後ろを振り返る。そんな俺を見て竜らは頷き、空へ帰って行った。

「楽しい旅になると良いな」

「とても楽しくなるとは思えないわ…」

 レイナは頭を抱えた。その気持ちはよくわかる。ああまで見事に逃げ惑う姿を見てしまったら、俺達に対して何もせずに置いておくとは思えなかった。

「竜言語の方は大丈夫か?」

「大雑把な言葉なら伝えられるわ

 細かいのは無理よ」

 レイナも竜言語を覚えている。完全に使える訳では無いが、意思表示ぐらいは出来るようだ。

「で、最初はどうするのかしら?」

「取り敢えずは宿屋だ

 他の事はそれから考える」

 色々とやって置くと楽な事はあるが、別に急ぐ必要がある訳では無い。

 それにしても、この街は案外寂れている印象を受けるな。

 街を囲う壁は石積みになっているのに、街道の大半は土畳で、正直に言えば全くと言っていいほど綺麗では無く、家の構造も全てが木である。石積みの家や、石畳が一切見えない。

 前の世界に比べると、とてもとても文明レベルが低い様に思える。

 ガリューレンと話している時にそんな印象は受けなかった。この世界の文明が際立って遅れているという訳でも無いだろう。

 この街が単に遅いだけかもしれない。

 困ったな、宿が何処にあるのか全くわからない。街中に書かれている文字も読めない。

 こういう時は、暇な人を見つけるに限る。

 辺りを軽く見回して、暇そうな人を…この街にもスラムがあるのか。ボロ切れの様な服を着た子供が、何やら美味しそうな匂いのする屋台を見つめている。

 …盗む気だな。

「レイナ、あの子供に話し掛けてみよう」

「…好きにしなさいよ」

 当然、レイナもどの様な状況であったか理解出来たようで、あまり良い顔をしなかった…と言うよりも、嫌そうな顔をした。

『そこの少年』

 子供の後ろに周り肩に手を置く。逃げ出さないように肩に体重を掛け、プレッシャーを掛ける。

『屋台から盗みをするくらいなら、俺の道案内をしてくれないか?

 もちろんお金は払う』

 実際にお金を見せびらかして、子供を誘ってみる。頷いてくれた。

『この街のオススメの宿を教えてくれ』

 所詮子供が知っている範囲のオススメだ、過分な期待はしていない。

 だが、時間を省略出来る事に変わりは無い。

 すると、子供は恐る恐る俺達に付いて来いと言い、とある宿の前まで連れて行ってくれた。

『ありがとう

 これが報酬だ』

 子供の布切れのポッケらしき場所に、他から見えない様に入れてやる。

『狙われない様に気をつけろ』

 子供は俺に用が無いとわかると否や、路地裏に逃げ込んで行った。

「取り敢えず入ろう」

「…ええ」

 レイナと共に建物の中に入ると、恐らく宿主であろう女に宿泊か食事かと聞かれた。

 宿泊だと答えると、女は何泊だと訊ねてくる。

 取り敢えず五日だと答えると、女は銅貨5枚だと言った。…少年に渡したのは銅貨十枚、随分と奮発してしまったな。

 それとも、ここが単純に格安な宿なだけか…

 考えても意味は無い。女から部屋の鍵を貰い、用意された部屋へと俺達は向かった。

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